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【新道風牙の食ノ道】王都のサンドイッチは混沌の味わい
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王都メフ・メフィート。数多の種族と数多の貿易商が闊歩するこの場所では、よっぽどのものでなければ手に入らないモノはない。安心して飲める水もあれば、ペンの引っ掛かりがない上質な紙もある。近年はさらに、神居神楽と呼ばれる新天地が見つかったこともあって、ネオ・フロンティア海洋王国経由でさらに目新しいものが増えた。
多くの文化と混じるこの場所では、新たな物が生まれやすい。そして流行の最先端とわかれば欲しがる上級貴族たちも少なくはなかった。
(とはいえ、うまいもんとうまいもんを組み合わせれば何でも上手くなるとは限らないのが料理の面白いところだな)
異国の料理がここ、王都メフ・メフィートに取り込まれたのちに進化して逆輸入することとなったレシピも少なくはないが、そこへ至るまでに何人が料理の壁に当たったことか、と肩をすくめる。だが、逆を言えば全てにおいての『元祖』たる王都メフ・メフィート由来の食品は多くはない。
だが、王都メフ・メフィートでしか食べられないものならある。『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は街角のすぐ近くにある屋台へ向かった。
「よッ! 売り上げはどーよ? おやっさん」
「よォ坊主。まぁまぁってとこだな」
屋台で売っているのは何の変哲もないサンドイッチだ。だが、違いがあるのはそのサンドイッチに使われているパンだ。とあるウォーカーがもたらしたパンがきっかけで、それまでライ麦パンや食パンなどが主流だった王都メフ・メフィートにパンの革命が起きたのだ。外側はパリッと硬くて塩気のある、けれど決して硬過ぎないふんわりとした中身が魅力的な、腹持ち抜群のパンだった。
そう、王都メフ・メフィートはギルド・ローレット本部があるということもあり、ウォーカーがもたらした文化は真っ先に此処へ集約されるのだ。ゆえに、ここ王都メフ・メフィートでしか食べられないものはこの『異世界の食べ物』のことなのだ。
「トマトと、レタスと、……んー、メインを何にするかな……おすすめある?」
「そうだな、海洋からスモークサーモンを入荷したんだが、これとかどうだ?」
「いいね! いいねェ! じゃあそれと、クリームチーズを追加で!」
「あいよ!」
新鮮な野菜と美味しい魚、そして乳製品。これらを安全かつ手軽に食べられるのは、ここが各国との貿易を密におこなっている場所だからだ。
これが他の国となれば、それぞれ事情こそ異なるものの、国によっては野菜は乾燥したものになるだろうし、あるいは魚も燻製では持たないからと干物になるだろう。乳製品も、ミルクやヨーグルトは言語道断。チーズがせいぜいだ。しかも、クリームチーズのようなものではなく、ナイフで削り取りながら何とか食べれるような硬いものだ。
ゆえに、全てみずみずしいまま口に入れることができる王都メフ・メフィートの食文化というのは料理の原点、つまりオリジナリティこそ薄くとも、大きなアドバンテージと言えた。
――そう、すなわち、このサンドイッチはまさに世界の食材が混沌と合わさってできたものなのだ。
「パンはこのまま挟むかい? それとも焼いてからにするかい?」
「んーー、焼く!」
「了解。んじゃ、ちょっと待っててくれ」
そのままでも美味だが、この細長いパンに関しては焼いた方が新道は好きだった。屋台の男はパン切り包丁でザックリと長細いパンをカットすると、トースターで焼き始めた。ジリジリと暖まる空気をそのままに、トマトをスライスし、みずみずしいレタスとスモークサーモンを重ね、最後に焼き上がったパンにたっぷりのクリームチーズを塗った。ぱらりとなにかを振りかけた後、それらをパンで挟んで完成だ。
食べ応え抜群なサンドイッチが目の前で完成すれば、包装紙に包み、新道に手渡してくれた。
「ほらよ」
「ありがと! じゃあ、またな」
新道は屋台の男と別れると、サンドイッチを齧りながら街角を歩き始める。ヒトの往来が多いこの街角は、時折、貴族も遊びに来るのだという。いつか、ここで自分もすれ違う時も来るのだろうか。
「んーっ、美味い! パンのこの、カリッカリの食感! 中身はふんわりしていて……それに麦の良い匂いがサイコーかよ! トマトもレタスもシャキシャキじゃん。スモークサーモンも、香り高いし……うわっ、これさては粗挽き胡椒と岩塩をパラっと掛けてるやがるな? チーズのコクが引き立ってるぜ……。くーっ! おやっさん、マジで良い仕事しやがるなァ……!」
食文化というのは広い世界だ。なにせ、ウォーカー達が異なる世界からもたらすのだから、召喚が行われてからは2倍、3倍、いや、1000倍は増えただろうか。食材こそそのまま使うことは難しいかもしれないが、この世界で代用できる食材を見つけようと息巻くウォーカーも多く、その結果、見つかることもあるし、作り出すものも居た。
来たる世界の滅びの日を回避するための意欲に大それた理由はまだない。だが、美味しいものをこれからも食べ続けたいというのだって、立派な理由のはずだ。
そうこうして歩いているうちに、ギルド・ローレットの前に着いた。今日は特段仕事の相談などなかった。だが、美味しいサンドイッチを食べた今、やる気は満ちていた。何よりも、美味しいものを食べるにはお金がいるのだ。そう。何事も経済とは回すものである。
「……よっし! 行くか!」
新道はギルド・ローレットの扉をノックしたのちに、開いた。新たなる冒険を求めて。