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想い出は木漏れ日の昼寝と共に
登場人物一覧
●遥か夢路の情景
それは懐かしき故郷の記憶。
まるで御伽噺《メルヘン》な世界を旅していた頃の話である。
「ああ、暫く世話に、なる」
旅の途中、とある巨人の集落に逗留することになったエクスマリアは、その集落の長と軽く挨拶を交わしていた。巨人にとって、小躯な彼女はまるで小人のような存在に違いなかったが、集落の長はそれを快く受け入れてくれたのだ。
短くとも数日は滞在するだろうエクスマリアが不憫しないよう、長は集落内の建物を全て紹介した後、最後に一人の少年を彼女に紹介した。
「―――。お客さんだ、挨拶しなさい」
聞いたところその少年は長の子供で、巨人の子供なのだから当然巨人だ。
それも見る限り背丈は集落の巨人の中から明らかに頭一つ抜きんでており、年齢こそエクスマリアとそんなに変わらなかったが、集落一番だと言われても何ら不思議ではない。
だが、巨人の少年はエクスマリアを見るなり、不愛想にどこかへ姿を消してしまった。
長は難しそうにため息を一つ零すと、キョトンとした表情のエクスマリアに説明する。
「すまないね。彼奴は――」
巨人という存在は本来、何よりも自然を愛する心優しい種族だ。
しかし長曰く、息子は見た目通りの屈強な巨人なばかりに、その強すぎる力でうっかり他人や自然を傷付けてしまうことがあるという。
決して本人にその気は無いのに、周りの巨人たちは彼を怖がり敬遠しているそうなのだ。
「本当は優しい子なんですけどねぇ……」
それでも長はエクスマリアに、『もしよかったら逗留の間だけでも彼奴の話し相手になってくれると嬉しい』と話す。長の話を聞いたエクスマリアは沈黙をもって返答すると、静かにその場を後にした。
「やっと見つけた、ぞ」
集落近くの山の上。朝は朝日が輝き、夜になれば星が瞬く綺麗な景色が見える場所で、エクスマリアは独り黄昏る少年を見つけた。
逗留させてくれる長に頼まれたからという理由もあったが、それよりも少年の境遇が少し可哀想に思えたらしく、頼まれてからというものずっと少年を探していたのだ。
「……何しに来た」
寂しそうに景色を眺めていた少年は、少し離れた隣に座って同じ景色を眺めるエクスマリアを横目に、やっぱり不愛想な態度を見せる。もしかしたらその時は、己以外の何かを傷付けてしまうことに恐怖を感じていたのかもしれない。
だが、そんな少年にエクスマリアは調子崩さず話しかけ続けた。
「いつもここに居る、のか?」
「…………」
「綺麗な景色、だな」
「…………」
「また、くる」
最初の内は不愛想な顔のまま何も返してはくれず、ただ黙っているだけだった。
エクスマリアが一方的に語り掛ける時間は少しの間続いたが、それもそんなに長い時間ではなかった。少年はいつの間に、話に対して『そうか』とか、『その後どうしたんだ?』とか返すようになり、いつしか普通に話すようになっていた。
「それは本当に美味いのか?」
「ああ、絶品、だ」
変わらぬ景色と共に淡々と語られるのは、旅の話だったり集落での出来事。
話の内容は本当に他愛もないものだったが、不愛想で硬かった少年の表情は徐々に解れ、雰囲気も少しずつだが明るいものに変わっていっただろう。
そんなある日、いつものように少し間を開けて座っているエクスマリアに、少年は頬を掻きながらぶっきらぼうにこう言った。
「お前は小さいから、声が聞こえやすいようにもっと近くに来い」
少年の言葉にエクスマリアは何も言わず首を縦に振ると、飛び上がってその肩にちょこんと座った。その時少年はどこか驚いた表情を浮かべていたが、何も言わなかったからエクスマリアもそれ以降は少年の肩に座って話しをすることにした。
朝日を眺めて、昼に照らされた広大な景色を眺めて、星の瞬く夜空を眺めて。
楽しい時間は本当に、本当にあっという間だった。
「じゃあな、エクスマリア」
旅の再開の日、世話になった集落を出て少しの所まで少年は見送りに来ていた。
ひとまずの別れ。その筈なのに、気の利いた言葉が浮かばずただ寂しそうな表情を浮かべる少年に、エクスマリアは微笑みを見せて言った。
「マリアで、いい」
本当にいつも通りの、淡白で他愛のない会話と別れ。
「マリア、またな」
「ああ。―――、また、な」
まるで永遠のような情景が崩れ去っていく。
エクスマリアは決して振り替えることもなく、前へ、前へ――。
————眩しい光が顔を照らす。
「…………夢、か」
そこは混沌世界のどこか。
あまりに天気の良いお昼どき、金色の長い髪を輝かせる一人の少女が目を覚ました。
ぼんやり霞む思考の中、ふと懐かしい気持ちと共に、ある巨人の少年のことを思い出す。
お互いのことをあまり知らないまま、自分はこちらへ来てしまった。
だからもしも全てが終わって帰れたら、その時はもっと……。
そんな彼女が自分の本当の気持ちに気付くのは、更に暫く先の話。