PandoraPartyProject

SS詳細

そして二人で踏み出す一歩

登場人物一覧

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
祈りの先
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫

 グラオ・クローネの夜。雪降る街の中に、マリアとヴァレーリヤの姿があった。
 二月の夜は、まだ寒さを感じさせている。マリアは白のコートを着こんでいたし、ヴァレーリヤはふかふかの帽子やマフラーをつけて、二月の雪に対抗していた。
 そんな厚着で着こんでいたからだろうか。二人の頬はほんのりと赤かったし、身体もなんだか、火照ってドキドキとしてしまう。いや、本当は、二人ともわかっているのだ。シャイネンナハトの夜に、お互いはお互いへの、恋心と言うモノを自覚した。それは、たまらなく幸せな時の始まりでもあったけれど、同時に不安と隣り合わせの日々でもあった。
 今の二人の関係は、気の置けない間柄として、深い親友としての二人の間柄は、一見すれば、理想的な関係であったはずだ。でも、二人の心に生まれた恋心は、そこからもう一歩、共に近づくことを要求する。
 でも、一歩踏み出した時に、相手が一歩、離れてしまったら?
 そう言った不安は、きっと恋する乙女なら、誰もが持ち合わせる当たり前の不安だろう。そう、この時二人は間違いなく、好きな人を想い、恋する二人の乙女であったのだ。ドキドキする幸せな時間。そわそわする不安な時間。十二月の終わりからずっと、二人は会うたびに――表面上は今まで通りだとしても――内心では、そんな不安と幸せの混ざり合った、灰色の時間を過ごしていた。
 成熟した大人であれば、その灰色の想いを、駆け引きとして立ち回ることができただろうか? でも二人にとっては、とりわけマリアにとっては、その初めて生まれた灰色の幸せが、目まぐるしく変化して心をぐるぐるとかき混ぜるような思いがして、気が気ではなかったのだ。ヴァリューシャと話したい。触れ合いたい。以前はきっと、気にせずにできていたそれに、ワンクッションおいてしまう。それはマリアの心の成長の代償でもあったが、当人にしてみれば、少しばかり、ひと月と少し、辛い日々を過ごしたかもしれない。
 ほう、とマリアは息を吐いた。体に渦巻く熱を、吐息にして放出したかった。頬が熱い。真っ赤かも知れない。ヴァリューシャに気づかれてないかな。……それに、今日の服は、変じゃないかな。髪型……寝ぐせついてないかな。ヴァリューシャに、嫌われないかな。ぐるぐると渦巻く乙女心。それを無理矢理、軍人としての鍛錬の日々で培った平常心で押さえつけた。でも、何かのきっかけで、あの厳しい訓練の日々の果てに得た平常心さえ、この心は吹き飛ばしてしまうのだろうと、マリアはなんとなく思っていた。
 グラオ・クローネの夜に、会おうと言い出したのは何方だったか。きっとどちらともなく会おうと言って、二人とも笑顔で了承したのだろう。グラオ・クローネでなくたって、いつでも二人で会いたいのだ。だからどっちが誘ったかなんて些細な事は、この際どうでもいい事だった。
「マリィ?」
 傍らにたたずむヴァレーリヤが、マリアに声をかける。「ん、なんだい?」と、マリアは微笑んだ。何気なくかけられる言葉すら、マリアにとっては愛おしかった。
「ふふー、今日は何の日か覚えていまして? 実はプレゼントがありますの!」
 ヴァレーリヤは、悪戯っぽく笑って、バッグから大きな包みを取り出した。赤いハートの形に、白いリボンが飾られたその包みは、
「じゃーん、チョコレートですのよ! 今日はグラオ・クローネ。大切な……人に。チョコレートを渡す日ですわ!」
 その言葉に、マリアはドキッとした。もちろん、グラオ・クローネの知識は、マリアにも当然ある。大切な人に、チョコレートを渡してお互いの繋がりを祝う日。大切な、とヴァリューシャは言ったよね、とマリアは思った。大切な……大切な、私は何なのだろう? 友人? 戦友? 仲間? 同志? それとも……。
 それとも、とマリアは思う。でも、マリアが思う『その先』の言葉を聞くには、きっと一歩を踏み出さなければならない。本当は、踏み出さなくてもよいのだ、と思っていた。でも、ヴァレーリヤの事を知れば知るほど、彼女の事を深く、深く、愛するようになっていた。
 今日、踏み出そう、とマリアは思った。きっと、今日はそのための日なんだ、と。でも、一歩を踏み出そうと思った瞬間、心の中で、ヴァレーリヤとの距離が酷く遠くなったように思えた。
 当然、実距離では、ヴァレーリヤはすぐ隣にいる。すぐ踏み出せる。すぐ隣にいる。でも、なんだかヴァレーリヤとの距離が、遠い。それは、マリアの不安と恐怖の表れであった。一歩を踏み出さなければならない。その踏み出すための一歩。それが堪らなく重く、遠い。はるか遠くにいるヴァリューシャ、私と彼女の間には峻厳の谷が広がっていて、一歩を踏み出せば瞬く間に転落してしまいそうだった。そしてヴァリューシャは失望の顔を見せ、私から永遠に去っていてしまう。
 そんなのは嫌だ、とマリアは思う。想像しただけで、泣きそうになってしまう位だった。「だったら、ねぇ、マリィ」と、心のヴァリューシャが囁くように感じた。「このままでいましょう。このままの距離で、このままの関係で。ずっと壊れぬまま、二人素敵なお友達でいましょう」。それは甘い誘惑だった。一歩を踏み出すな。今が幸せならそれでいいじゃないか。何故わざわざ、リスクを冒す必要があるのだ。
 うぅ、とマリアは胸中で唸った。そこに、普段から自らを虎だ、とたとえる勇敢な彼女の姿はなかった。今彼女は、小さな女の子だった。生まれて初めて感じる、恋の不安。目の前に広がる崖。そこを歩けずにいる、小さな女の子。
 「ちがう、こんなのは私じゃない」とマリアは胸中で叫んだ。私は、虎だ。それ位勇敢な、マリア・レイシスなんだ。今のままじゃ、皆に猫だなんて言われたって文句は言えない。私は勇気を出せる。私は、一歩を踏み出せる。どきどきして、めがまわって。今すぐ逃げ出したいくらいの窮地だけど、私は、マリア・レイシスは。軍人……ちがう、勇敢な恋する乙女なんだから!
 その葛藤は、現実世界ではものの数秒にもみたいなものだったから、ヴァレーリヤはマリアの葛藤には気づかずにいた。マリアは「嬉しい……!」と頷いて、大きな包みを受け取った。二月の気温にさらされたチョコレートは冷たかったけど、マリアにとってはたまらなく温かなものに感じられた。それは、ヴァレーリヤの心が温かいからなんだ、と思った。
「ありがとう! …………そ、その! あのね! 私も渡したい物と伝えたいことがあるんだ!」
 マリアはバッグから、長方形の包みを取り出した。赤い包み紙でラッピングされた、プレゼントの包み。マリアはそれを、大切なもののように両手で包んで、まず胸の前に抱きしめるように置いた。
「私はね……」
 マリアが、ごくりとつばを飲み込んだ。口の中はからからで、熱病に冒されたみたいに顔は熱かった。変に思われてるかもしれない。嫌われるかもしれない。様々な不安が浮かんでは消え、このまま「やっぱりなんでもない」と逃げてしまいたいくらいの衝動にかられた。でも、もう逃げないと決めていたから、勇敢な乙女は、次の言葉を紡いだ。
「私はね…………君が好き……大好き。友情とかじゃなくて……恋とか愛とか……そういう意味で……好き……!」
 恋と愛を告げる言葉を紡ぎながら、マリアはヴァレーリヤの事を想った。ヴァレーリヤのかかわった事件、鉄帝で起きたギアバジリカの事件についても、その報告書を読んでいた。いつか、ヴァレーリヤから直接聞こうとは思っていたものの、その胸に高まる思いを抑えきれなかった。
 報告書を読むたびに、胸が締め付けられる思いだった。あの事件でヴァレーリヤは、何を想っただろうか。きっと、辛い思いをしたに違いない。でも、それをおくびにも出さずいられるヴァレーリヤを、マリアは強く、優しく。そして素敵な女性だと思っていた。
 そんなヴァレーリヤの、力になってあげたかった。守ってあげたかった。自分の気持ちを何も告げずに、逃げるのは容易い。でも、この素敵な女性に対する恋が叶わないのならば、いや、自分の想いを告げることができないならば、それはマリアにとって、どんなことよりも一生後悔し続ける出来事になると、確信していた。
 だからマリアは、今日一歩を踏み出そうと決意していた。どんな言葉が返ってきても、良い。自分は受け入れよう。この想いに嘘をつきたくない。だからマリアは、少しだけ震えながらも――あの勇敢な彼女が、震えたのだ!――真っすぐにヴァレーリヤの目を見て、視線を外さずに、言葉を紡いだ。
「君が落ち込んでいる時、挫けそうな時……傍で支えるのは私でありたい……。君が泣いている時、涙を拭うのは私でありたい……」
 ぎゅ、と胸に抱いていたプレゼントを強く抱きしめた。潰れてしまうかもしれない、なんてふと思った。いや、私達の恋心は、こんな力で潰れたりはしない。
「だから……私のヴァリューシャになって欲しい……。君のマリアにして欲しい……」


 最後に少しだけ、か弱い乙女の姿が出てしまった。でも、それは勇敢な乙女の、恋の一撃だった。
 ヴァレーリヤは……その両手を、無意識に口元にあてていた。その目はびっくりしたように見開いていて、頬がだんだんと朱に染まっていった。よく見れば、少し目元が潤んでもいる。
 ――ああ。今日着てきた服、おかしくなかったかしら? 香水、付け忘れていませんわよね?
 なんて、疑問が浮かんでは消えていく。やがて疑問は、果たして自分が今どこにいるのか、と言う所まで到達し、ふわふわとした心地と、熱病にかかったみたいな熱さが、同時にヴァレーリヤの身体を駆け巡っていた。
 それは、たまらない、嬉しさのなせる業だった。
「……だめ、かな」
 マリアが少しだけ泣きそうな顔で、そう言った。ああ、マリィ。愛しいマリィ。泣かないで。どうしたら私は、貴女の想いに答えられるかしら。どうしたら、その勇気に負けないくらいの愛を、返せるかしら。
 ヴァレリーヤの頭の中でぐるぐると色々な思いが駆け巡って、やがてそれはヴァレーリヤに命令を下した。愛しいものにすることなんて、昔から決まっている。
 まずは、抱きしめる事。
 それから、口づけをすること。
 とん、と柔らかな唇が、勢いよくぶつかった。それは衝撃的なもので、ヴァレーリヤも、マリアも、その衝撃に頭が真っ白になるくらいのモノだった。
 ヴァレーリヤは目を閉じて。マリアはびっくりして目を見開いて。
 唇が、触れあう。呼吸が、止まる。


 一秒か。其れよりもずっとか。ぐちゃぐちゃにになる時間感覚の中、ヴァレーリヤはゆっくりと唇を離して、頬と頬がくっつく位に、マリアをぎゅうと抱きしめた。
「ありがとうマリィ、私を選んでくれて。喜んで、お受け致しますわ」
 ぎゅう、と頬と頬がくっつく。互いの頬の暑さが、お互いに伝わった。
 マリアはと言えば――突然のことに、思考がショート状態に陥っていた。ぎゅう、とくっつく頬。首に回されているヴァリューシャの腕。これ、抱きしめ返すべきなのか? 中途半端な位置で、マリアの腕は空中を掴んでいた。どうすればいいのかわからない。わからない……けど。
 たまらなく、心が温かい。
 そう自覚した瞬間、マリアの目から、ぽたぽたと涙がこぼれた。くっつけあった頬から、ヴァレーリヤのほほにも、マリアの涙が伝わる。二人の頬を、温かな涙がこぼれていった。
「ゆ、夢じゃないよね? 私の妄想じゃないよね?」
「当然ですわ! それにマリィ、これって私の妄想じゃありませんわよね?」
「当たり前だよ! 現実、現実なんだ、これ……」
「そう、現実、本当のことなんですのよ! マリィ!」
 お互いがそう言た瞬間、二人は力強く、ぎゅう、とお互いを抱きしめた。
「あは、あはは……やった! やった! ヴァリューシャ! 私、今とっても幸せだよ!」
「ええ、ええ! 私も、今とても幸せですわ! マリィ!」
 二人は少しだけ、腕を緩めて、見つめ合った。真っ赤な頬。潤んだ瞳。二人とも同じ、蕩けたような幸せの表情。そのまましばし見つめ合い――先に口を開いたのは、マリアだった。
「うー! ヴァリューシャ! ちゃんと出来なかった! もう一回! もう一回!」
 勇敢な乙女は、次の瞬間には駄々をこねる子供のようになっていた。いつも通りのマリアに、ヴァレーリヤはくすり、と笑ってしまった。
「もう一回? なんですの? 何がしたいんですの、マリィ?」
 少しだけ意地悪気に尋ねるヴァレーリヤに、マリアは、うう、と唸ってから、さらに顔を真っ赤にして、
「……キス」
 と、消え入りそうな声で呟くので、ヴァレーリヤはたまらなく愛しくなってしまった。
「もう、仕方ありませんわね。一度だけでしてよ?」
 ふふ、とヴァレーリヤは笑って、瞳を閉じた。マリアはすう、と息を吸って、心を落ち着けると、ゆっくりと、唇を、ヴァレーリヤのそれへと合わせた。
 柔らかく、温かな感触が、二人の唇を包み込んだ。ただ、唇を合わせるだけのキス。それだけでも、二人はたまらなく幸せで、もう一度二人は、強く、ぎゅう、と身体を抱きしめ合った。


 二人はしばらく、そのまま抱きしめ合っていた。二月の雪が、二人の頬に落ちてきて、少しだけ冷たく、心地よい。でも、それを溶かすくらいの幸せな熱が、二人の身体を駆け巡っていた。

 帰り道を、二人で手を繋いでゆく。以前にも、手を繋いだことはあったかもしれない。でも、今日ほど、心も体も繋がるくらいに近く手をつないだのは、初めてのことだった。
「ヴァリューシャ」
 マリアがふと、声をあげた。
「あのね! 良かったら……一緒に暮らさないかい?」
 と、マリアは同棲の誘いを、ヴァレーリヤに向けたのである。
 いきなりステップアップした誘いであったが、マリアにとっては、ヴァレーリヤが友人宅に居候していることについて、その友人への嫉妬の想いがあったのである。恋心が成就したならば、独占欲も湧いてい来る。告白の熱と勢いのままに、マリアはそんな提案をしたという訳だ。
 とはいえ、ヴァレーリヤは、そんなマリアの嫉妬には気づかない。突然の同棲の誘いに、
「まぁ、急にどうしましたの、マリィ?」
 と、小首をかしげて見せる。そんなヴァレーリヤの言葉に、マリアはしどろもどろになるだけだ。
「うっ! ど、どうもしてないよ! 君が大好きだから! い、一緒に……暮らしたいなぁ、なんて……」
 徐々に小声になっていくマリアの様子が可愛らしくて、ヴァレーリヤは微笑んだ。
「マリィであれば、別に構いませんわよ?」
 その答えに、マリアの表情にぱっと笑顔の華が咲く。
「やったぁ! ありがとう! これからも末永くよろしくね……!」
 その笑顔に、ヴァレーリヤもまた、幸せな笑顔を咲かせるのだった。

  • そして二人で踏み出す一歩完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別SS
  • 納品日2021年02月14日
  • ・ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837
    ・マリア・レイシス(p3p006685

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