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他ならぬきみ/オマエへ
登場人物一覧
- 赤羽・大地の関係者
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●文学青年の恋煩い
赤羽・大地は、自由図書館の司書、管理人、館長だ。
とはいえ、あくまで私設のもののため、公的な支援を受けていない。ローレットでの稼ぎ、領地で得た収入、善良なる協力者による寄贈によって、本の仕入れや、建物の修繕費などを賄っている。
『寄付ならいつでも大歓迎、むしろこちらから頼みたいくらいだ』とは、主たる彼の口癖だ。
さて、その自由図書館には、彼以外にも住人が居る。
大喰らいの黒猫ーー正確にはキャトラトニーなる魔物なのだが、今やただの猫と相違ないので、敢えてこう呼ぶーーウルタール。
自由図書館のカウンターに鎮座する、愛らしくも小憎たらしい黒兎、リコリス。
図書館外の厩舎にも白馬のスーホが居るのだが、こちらの世話は、普段は外部に委託している。
そしてつい最近、この自由図書館に迎え入れた住人にして、最も『彼』の心を悩ませる存在。
『To ◆7』
先程から羽ペンを弄ぶ指は、そこから先の文字をちっとも記してはくれない。
紅玉のような輝きを秘めた瞳は、先程からずっと、机上のそれに注がれている。
「良いねェ、青いねェ」
その時、悩まし気な顔に似合わぬ、ヒュウ、という軽快な口笛がいきなり飛び出した。
「茶化すくらいなら添削して欲しいんだけど」
「そんな真っ白けな紙ニ、ンな大層な事が書かれてるかヨ」
「赤羽……」
そう、この赤羽・大地は、『赤羽大地という人間ではない』。
大地の困る顔を見ては笑い転げる、天の邪鬼な魔術師『赤羽』。
赤羽の気まぐれに付き合っては、心身を振り回されてきた青年『大地』。
この二人が合わさり、一つの身体を共有しているのだ。
そんな彼等(正確に言うなら、悩んでいるのは大地だけだ)が、なぜ便箋と向き合い、唸っているのかと言えば。
「もう『ダイヤ』のヤツに渡すモンは決まったんだロ? だったラ、別にいいじゃねぇカ」
「贈り物は決まったのに、肝心のメッセージが書けないんじゃあカッコ悪いだろ」
「なラ、いい殺し文句があるゼ。『今夜、甘いチョコと一緒に、お前を味わいたい』ってナ」
「最っ低」
そう、今混沌は、グラオ・クローネに湧く季節。
『大切な人』にチョコレートを。場合によっては、更に特別な贈り物を添える。想いを伝えるきっかけとなる日だろう。
故に、大地もまた、『ダイヤ』への贈り物を準備していたのだ。
チョコレートは、失敗のないよう、再現性東京のパティスリーのもの。
贈り物は、大地オススメの一冊と、金属製の栞。そこまでは決まった。
しかし、どうしても、その先が書けないのだ。
だって、半端な事は書きたくない。
契りを交わしたのも、身体を『預ける』のも、大地にとっては初めての経験で。
自分は、口下手な男だ。きっと、いざという時になるとろくに声も出ないのだろう。
けれど、どうにかして、この思いを、形に残したい。
この混沌の世は、常に目まぐるしく変化を遂げる。だからこそ、ちゃんと伝えておきたい。伝えずに後悔なんてしたくない。
だって、俺とダイヤは……。
「……デ、大地? 今夜もあいつに『啼かされる』んだロ?」
「いい加減にしないとどつくぞ」
「おォ、怖い怖イ」
赤羽はまだまだ、大地で遊ぶ気なのだろう。
どうやら、彼の筆が進むのは、もう少し先になりそうだ……。
●道化師の物思い
幻想のとある通り。行き交う人々が足を止め、そっと息を呑む。
皆の視線の先には、何かに怯え震え上がる、華奢な女性。
それに相対する道化師の、血のような赤が、月のような金が、彼女を睨みつける。
そして懐から、鈍く光を跳ね返す、銀の刃を出したなら。あろう事か、彼女目掛けそれを投げつけた。
突き刺さるナイフ。どよめく野次馬達。しかし、そのナイフが突き立ったのは、彼女の身体ではない。
その、手の上。真っ赤に色付いた、艷やかな果実。
「あの『お兄ちゃん』、すごい……」
「あんなに遠くから、リンゴを射抜くだなんて!」
先刻、あれほど厳しい顔で女性を睨んでいたのが嘘のように、『彼』は観客に向けてお茶目に手を振り笑う。
拍手、そして大歓声の後に、『彼』……ダイヤモンド・セブンのショーは幕を下ろした。
通りに静けさが戻った後、ダイヤは。
「フゥー……今日もいっぱい、ご褒美貰っちゃっタナ」
観客から貰った『おひねり』を、大事にポーチへしまい込む。
芸は身を助けるとはよく言うが、全くもってその通りだ。
少なくとも、今こうして、磨いた技術を通りで披露し、観客に目に見える形で、評価されているのだから。
あの頃の暮らしが最上だとは言わないが、そういう意味では、『赤の女王』に感謝するべきなのかもーー
そう思った所で、突然ダイヤの足が止まる。
本屋の前。一番目立つ場所に置かれている、真新しいハードカバー。これは、確か。
「『大地』が好きって言っテタ……」
ミステリー小説、その新作だ。
特徴的な風合いの表紙と、箔押しされた背表紙。
シリーズ通してこういう装丁をしているのだと、そう語る声が、自分の耳孔を爽やかに通り抜けたのを、今でも覚えている。
きっと彼は、まだこれを手にしていないだろう。
ローレットの仕事。豊穣とかいう所の領主。学生。
多忙を極める彼には、とてもそんなものを買う余裕など無い筈だ。
ポーチの中身を確かめる。
先程の観客達からのチップは、本一冊買うには十分すぎる程にあった。
本を手に、会計へと進み。そしてふと、思い出したように、ダイヤはこう口にする。
「ラッピング、お願いシマス!」
「おや、誰かへのプレゼントかい、『お嬢さん』」
店長たる好々爺は、その申し出をにこやかに受け止め、丁寧に本を包み始めた。
それにしても、『お兄ちゃん』。『お嬢さん』。一体、自分は『どちら』なのだろう。
わからない。わからないが、しかし。
ーー俺ときみは、同居人であり、つがいであり、恋人。
綺麗な字で綴られた宣言。愛の告白。日陰に生きてきた自分を、優しく照らす光明の言葉。
……そうダ、『赤羽』『大地』は、オレを選んでくれたンダ。
オマエはちゃんと男なノニ、中途半端なオレを、愛すると言ってクレタ。
だったら、オレは、オマエの『妻』にも『夫』にもなってヤル。
ああでも、オマエは初心だからオレがしっかり『仕込んで』やらナイト……。
そんな事を思い返している間に、ラッピングも済んだらしい。店主が、笑顔で語りかける。
「はい、お待たせ。喜んでくれるといいね」
「ン、アリガト!」
屈託のない笑みでそう返せば、ダイヤは今の自分の家……自由図書館へと、その歩を早める。早く、早く愛しい彼の元へ。
自分とお揃いの赤い瞳を、赤と黒に分かたれた髪を、痛々しくも神々しいあの首を。
触りたい、愛でたい、なぞりたい、舐りたい味わいたい吸い上げたいめちゃくちゃにしたい早く早くオレだけの手で、オレの手でぐちゃぐちゃにしてヤりタイ。
その口から白く漏れ出る吐息は、寒さと興奮、どちらのものだったろう。
兎にも角にも。
彼らのグラオ・クローネは、もうすぐ始まろうとしていた。