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伽藍洞の心
登場人物一覧
――
そう自覚したのはいつだったか。
物心がついた時から自分の異質さは身に染みていた。
あとから聞いた話だと立ち上がるのも言葉を話すのも人一倍早い赤ん坊だったらしい。
普通は3歳で身長の何倍もある木を登ったりはしないらしい。
普通は5歳でかけっこで大人の男に勝てないらしい。
普通は7歳で剣で大人を打ち負かすことはないらしい。
そして普通の人は両眼が開いている。
――でも私の左眼は生まれた時からずっと開かない。誰も見たことがない私の左眼。それはどんな色をしているのだろう。
私がそれを知ることはきっと――ない。もしもその色を知ることができたのなら。私はほんの少しだけ変われるかもしれない。
こんな普通じゃない私の全てを個性だと言って愛してくれた祖父母と両親。育ててくれたメイドと武術を教えてくれた師匠には感謝してもしきれない。でも私は私自身を愛してあげることが今の今までできていない。
だって私の一番嫌いな人は私だから。普通じゃない私が私は嫌い。
お母様とメイドが褒めてくれた容姿。師匠と頑張った武術。お父様に教わった鍛冶。それは全部大好きだが私は自分自身が嫌いなのだ。誰だって理解のできないモノは怖い。
そうしてできたのが今の私。外側だけ強固な鎧を身に纏い、その内側では常に何かに怯えている。見た目だけ取り繕った伽藍洞。誰かに褒められることこそあれどその中身は何もない。
でも普通じゃない私だからできることもある。
武術の腕はもう師匠にも引けを取らない。ちょっとした賊の一派なら一人で退治できるし、迷宮だって一人で潜れる。むしろ独りの方が効率がいい。私なんかの力が誰かの為になるなら私はいくらだって頑張れる。感謝されると私はここにいて良いんだと実感できる。だから私は人助けをする。その上で誰かを疑うくらいなら喜んで騙されよう。私だけが被害を被るのならそれでいい。私の選んだ結果で私以外の誰かが損をするのなら私は私が損をする答えを迷いなく選ぶ。私だけの損で誰かが得をするならいいだろう。
もちろん普通じゃない私はできないことの方がきっと多い。
恋なんてその中でも最たるものだろうし、そもそも私は人とのコミュニケーション自体あまり得意な方ではない。なまじ見た目はお母様とお父様譲りで良いものだからパーティーでは声をかけられたけれど、みんな私の話を聞くと気づいたらいなくなっていた。
みんなは口を揃えて『君の言っていることは理解できない』と言っていた。そうしていつも残るのは疎外感と孤独感だけ。それにはもう慣れた。
いつかきっと運命の人が訪れるとお父様やお爺様は言うけれど、私にあるのはきっと不運だけ。私みたいな女を娶りたいと思う物好きなんていないだろうし、見た目だけで求められてもきっと失望しか残らない。だから私はこのままずっと独りでいた方がいい。
跡継ぎが産めないのは申し訳ないが、もう少ししたら養子でもとろうと思う。私なんかの子どもになってしまう子には申し訳ないけれど、できるだけ愛してあげたい。私がしてもらったことをその子にもしてあげるのだ。それがきっと私にできる恩返しだから。お父様とお母様にはちょっと悪いかもしれないがきっと許してくれるだろう。
結局普通じゃない私は人の心がわからない。それが今まで生きてきて私が理解したこと。
会話をした相手の機嫌を損ねたのも一度や二度ではないし、何がいけなかったのかもわかっていない。根本的なところでどこかズレているのだろう。
嘘をつく理由がわからない。取り繕っても自分は変わらないのに。
誰かを怒る理由がわからない。怒ったところで何かが変わるわけでもないのに。
誰かの為に泣く理由がわからない。それは私のことじゃないのに。
嬉しいことはわかる。誰かが喜んでくれのはそれは嬉しいこと。
楽しいことはわかる。誰かが笑っているならそれは楽しいこと。
愛することはわかる。それは何かを大事にするということ。
恋という気持ちは知らない。それは縁のないものだから。
友達という相手は知らない。それは縁のないものだから。
名誉という記録は知らない。それは縁のないものだから。
人の心がわからない普通じゃない私はきっと人のフリをしたヒトモドキ。頑張って人のフリをしているヒト。
この身は今日も誰かの為に。何かを為すために。そのためだけに動き続けるたった一つの
今日も、これからも、たった独りで歩いていく。