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大人への階段を一歩
登場人物一覧
●思いを込めたプレゼント
シャイネンナハトの晩、二人で作ったご馳走を食べた後はプレゼント交換。
上谷・零 (p3p000277)からは特別なパンを。
「わぁ……! 凄いね零くん! これお花だよね!?」
透明な袋に入ったのは花を模したパン。練りこんだ餡がパン生地と混じっていたり、上に乗せたジャムが少しはみ出たりしているけど、大切なアニー・メルヴィル (p3p002602)のために何度も練習して作ったパンだ。
理想にはまだ遠いけど、目の前で目をキラキラさせるアニーの姿に零はほっとした。
味は自信があるけど、自分で成型することの難しさに何度か挫折しそうになったが、諦めなくて良かった。
「あぁ! アニーをイメージして作ったんだ!」
アニーとは言え素朴な、だけど見てほっこり癒される花のような少女。そんな彼女をイメージして作ったパンは、ふんわりふかふか美味しそう。
「嬉しいけど、食べるの勿体ないね」
飾っておきたいけど食べなきゃダメになる。そんな苦悩をするアニーに、零はまた今度作るから、食べて欲しいと告げた。
「本当!? じゃぁ、明日の朝に食べるね?」
大事そうにパンを膝の上に乗せると、今度はアニーの番。
「えとね、零くんが良く眠れるようにってこれにしてみたんだ」
そう言って差し出したのはふかふかの包み。
早速開けてみると、そこにはふかふかの枕が。
「あのね、この枕で寝ると良い夢を見てぐっすり眠れるんだって。零くん、最近あんまり眠れてないみたいだから……」
「アニー……」
心配そうに目元を撫でるアニーの温もりに、零は嬉しいけど少し申し訳なくなった。
だって、ここ最近寝不足だったのはアニーとの初キスの事を考えていたからだから。
初めてのキスだから思い出に残るキスにしたかった。その為にいつ、どこで、どのタイミングでどんな風に。と考えていると恥ずかしさでもだもだごろごろしてしまい、睡眠時間が減っていたのだ。
「有難う。今日から早速使わせてもらうよ」
「うん。どんな夢を見たか教えてね!」
記念すべき初キスも最高のシチュエーションで出来た。きっと今日は良く眠れるに違いない。
それじゃぁお休み。
なんて言いながら、抱きしめ合って、お休みのキスをして別れた零とアニー。
お風呂に入ってさっぱりした零は、早速今まで使っていた枕を、アニーが暮れた枕と交換した。今まで使っていた枕はキャトラリーのキャニーが空かさず占領。イヌスラのライムも乗ろうとしているが、丸まったキャニーは動く気配がない。
じゃれ合う二匹に苦笑しながら灯りを消すと、零は枕からふんわり香る花の匂いにストンと眠りに包まれた。
●甘い、甘い、君との一日
先日までの冬模様と一転して、今日は小春日和。
日差しがぽかぽかとあたたかく、二人はお弁当を持って出かけることに。
「俺が持つよ」
アニーが作ってくれたお弁当の入った荷物を片手に持ち、もう片方の手でアニーと手を繋ぐ。
「零くん……このほうが嬉しいな」
だけどアニーは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、指と指を絡める恋人繋ぎに繋ぎ方を変えた。
いつもより触れる面積の多い、ぴったりとくっつく温もりに二人の耳が赤くなる。
「い、行こうか」
「うん……」
ぽかぽかどきどき。暖かな日差しに背中を押されて向かった先は、咲き始めの花が並ぶ小さな公園。
二人以外誰もいない公園を、手を繋いだままゆっくり他愛ない話をしながら歩いて行けば目の前にはブランコが。
「ブランコか、懐かしいな」
子供の頃はよく乗って遊んだ遊具だけど、最後に乗ったのはいつだろう。
「乗ってみようか」
二人以外誰もいないのだから、童心に帰っても大丈夫。思いっきりはしゃいでみるのもたまには良いだろう。
「うん!」
二人で並んで初めはゆっくり、いつの間にかどちらが大きく漕げるかなんて競争してみたり。
まるで子供の頃に戻ったみたいにはしゃげばお腹も空いてくる。
「そろそろお昼にしようか」
今日のお弁当は何だろう。
サンドイッチ? おにぎり?
開けてみればそこにはおにぎり卵焼き、唐揚げにお浸しと言った零にとって懐かしい味の数々。
最近零くんのために和食も頑張っているんだ。なんて胸を張る恋人の姿が愛おしくて堪らない。
優しい味のお弁当を食べ終えると、今度はのんびりと花を見ながらお散歩タイム。
「まだ咲き掛けだけど綺麗だね」
緑のじゅうたんの上で、白に黄色にピンクの花がちらほらと顔を覗かせる。
「あぁ。でも、一番綺麗なのはアニーだけど」
さらりと言って見せればアニーは一瞬きょとんとした後、恥ずかしそうに頬を赤く染めながら微笑んだ。
「可愛いよ、俺のアニー」
「零くん……」
抱き寄せればすっぽりと腕の中に納まる温もり。甘い香りはシャンプーの匂いだろうか?
赤くなったまま長い睫毛を伏せるアニーの頬に手を添えると、自然と目線が絡み合う。熱を帯びた眼差しに誘われるように唇を重ねる。しっとりとあたたかく、甘いのはデザートのプリンのせいだろうか。
一度のキスでは物足りなくて、二度三度と繰り返す。
「……そろそろ、帰らないと……」
離れがたいけど、もう空は夕焼け色。そろそろ帰らないと帰り道が真っ暗になってしまう。
二人手を繋いで言葉少なに歩いていると、不意にアニーが足を止めた。
「アニー?」
「あ、あのね……」
赤くなってもじもじとしながら、上目遣いで零を見上げると、アニーは繋いだ手を強く握りながら不安げに言葉を紡いだ。
「昨日、お弁当の材料買いに行ったら色々おまけして貰ったの。それで、その…… ……零くんさえ良かったら、晩ごはん、うちでどう、かな……?」
「え、い、良いのか……?」
可愛い恋人の様子に零も赤くなりながら手を握り返すと、アニーはこくこくと頷く。
「あ、でも帰ってから作ることになるんだけど……」
「俺も手伝うから一緒に作ろう」
幸い零もある程度自炊出来る。アニーの手伝いぐらいは出来るはずだ。
「零くん何が食べたい?」
「そうだなぁ……。アニーが作ってくれるものなら何でも嬉しいけど、オムライスが良いな」
ほんのり甘いチキンライスと、ふわふわの卵の織り成す優しい味。
「じゃぁ夕飯はオムライスだね! 材料あったかな……」
足りない材料を買って帰って来た二人は、協力して早速オムライス作り。
零がお米を洗っている間にアニーが野菜を切り、アニーがチキンライスを作っている間に零はサラダ作り。
二人とも言葉にはしないけど、まるで新婚夫婦みたい。なんて思いながら。
「これで完成!」
零の分のオムライスにケチャップでハートを描いたアニーは、上手に出来たと嬉しそう。お礼に零もアニーのオムライスに花を描くが、ハートに比べて難易度が高くてうまく行かない。
半分よれよれになった花を見て、零は思わず悩んだ。
アニーがハートを描いてくれたオムライスを食べたい。だけど失敗したオムライスをアニーに食べさせるわけには行かない。ここはもう一つ作って……いや、チキンライスがもうない。
ぐるぐると悩んでいる間にアニーはささっとよれよれの花が描かれたオムライスを取り、零の手元に綺麗なハートのオムライスが置かれる。
「あ!」
「いただきまーす!」
止める間もなくアニーはオムライスに手を付ける。
「零くんの愛情いっぱいで美味しいよ」
結果は失敗してしまったけど、零がアニーのためにと頑張った思いは消えないし、アニーにはその思いが嬉しかった。
「アニー……有難う。アニーの作ってくれたオムライスも美味しいよ」
オムライスを頬張って笑うと、アニーも嬉しそうに微笑み返してくれた。
優しい味のオムライスを食べた後は、二人で一緒に食後のティータイム。
「今日はアニーの手料理ご馳走になってばっかりだな」
「零くん美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があったよー」
他愛ない話をしながらハーブティーを飲んでいると、不意に訪れる沈黙。だけどそれは嫌な沈黙ではなく、すぐ隣にいるお互いの温もりを分かち合う幸せな時間。
触れあう肩から、繋がれた手から、お互いの温もりが交じり合い、溶けあう。
「帰りたくないなぁ……」
このまま一緒にいたいと呟けば、アニーも小さく頷く。
同じ気持ちなんだと嬉しくなった零は、そっとアニーの桜色の唇にキスを落とした。
「零くん……」
白い頬を赤く染めながらアニーからもキスをすると、二人抱きあって触れるだけのキスから一歩進む。
時計の秒針が進む音が微かに響く中、キスの合間に零れる甘い吐息が混じる。
「もっと、して……?」
何度も繰り返される濃厚なキスでとろりとした眼差しのままアニーが甘く囁く。
「アニー……」
「だめ?」
小さく首を傾げる愛しい恋人の願いを断れるはずがない。
小さくて柔らかな体を抱き上げると、零はアニーの私室へと向かった。
ベッド横に置かれたテーブルランプをつけてアニーをベッドに下すと、所在なさげに視線を彷徨わせるアニーの頬を撫でる。
「俺もその、初めてだから……」
知識だってろくにないから手探りで、痛い思いをさせてしまうかもしれない。それでも――。
「精一杯愛するから」
「うん……。零くんの愛で、いっぱいにして……?」
耳まで真っ赤にしながらはにかむアニーにキスをすると、しゅるりとアニーの身を飾るリボンを紐解く。
布擦れの音がする度に白い肌が露わになっていき、下着姿になったアニーが恥ずかしそうに目を伏せる。
「綺麗だ……」
「そんなに、見ないで……」
「ダメ?」
羞恥で赤く染まった白い肌を撫でると、それだけでぴくりと震える。そんな姿も可愛くて、愛おしくて、首筋に、鎖骨に、胸元にと口付け、キスマークをつけていく。
「零くんも、脱いで……?」
自分だけ脱いでいるのは恥ずかしいと唇を尖らせると、零はアニーの頬にキスを落としてから服を脱いだ。
「愛してるよアニー」
「わたしも……愛してるわ」
小さく甘い囁きと共に、二人の影が一つになった――。
●夜露と消えた甘露
「あぁああああああああああああ!!!!?!?!?!?」
がばりと身を起こした零は、真っ赤になって周囲を見回した。
見慣れた自分の部屋。隣には零の叫び声で起こされ不機嫌そうなキャニーとのんきに寝ているライム。
「ゆ、夢……?」
自分の部屋だし、隣にアニーがいるわけもなく。
あんなにも明確ではっきりと思いだせるのに、あれは夢だったのか。
「あとちょっとで……! い、いや、まておま、いや俺……!」
夢とは言え、あとちょっとでアニーの裸を……。いや、夢とは言えアニーの裸を見るなんて許されるはずがない。
ふるふると頭を振って年頃な青年としては健全な願いを振り払う零。だがそのおかげで思い出してしまった。アニーに、貰った枕を使った結果どんな夢を見たか教えるという約束をしていたことを。
「……え、この夢、え、教えないといけないと……? というか俺相当欲求不満……え、え!?」
言えるわけがない。でも約束だから言わなくてはいけない。
赤くなったり青くなったり。零の百面相は、アニーが来るまで続いていた。
アニーが入れてくれたハーブティーを手に、零は赤くなって視線を逸らしながら見た夢のことを話す。
「あー、え、っと、だな……。アニーに貰った枕を使って寝たら、その……こんな、夢でした、はい」
夢の中のアニーを思い出して、もごもごと口ごもりながら夢の内容を伝える零。
ピクニックや一緒に夕飯まではちょっと恥ずかしいけど問題ない。問題は、その後だ。
「それで、その……夢だけど、凄く、綺麗でした……!」
真っ赤になって顔を逸らしながらも馬鹿正直に夢の内容を伝えると、それを聞いて今度はアニーが真っ赤になる。
「な、なんだかスゴイ夢だったんだね……?」
途中までは笑顔で聞けていたのに、途中から大人な流れになってアニーとしてもどう反応して良いのか分からない。ただ、零がそのまま夢を見続けていたらその後どういう展開になってたんだろう、こっそり想像して慌てふためく。
――なんで俺馬鹿正直に伝えたんだ……?
――恥ずかしくて零くんの顔が見れない……!
真っ赤になったまま顔を逸らした二人だけど、ちらちらと相手を見ては、視線が合うと真っ赤になって盛大に顔を逸らす。
夢の原因がプレゼントされた枕だと気づくまで、零の幸せ――いや、恥ずかしい苦難は続くのだった。