PandoraPartyProject

SS詳細

芽吹きの園

登場人物一覧

ストレリチア(p3n000129)
花の妖精
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド

 一羽の鳥が舞い降りる。
 屋根の半ばほどもある巨大な翼を折り、嘴で幾度か羽毛を繕った。
 鳥は温かな日差しに瞳を細め、翼を大きくひろげて小刻みに飛び跳ねる。
「おい、そう揺らすなよ。迷惑だろう」
 眉をひそめた妖精――サイズは、追い払うようにひらひらと片手をふった。
 鳥はくりくりと首を捻ると、手のひらほどの羽毛を数枚残して飛び去っていく。
 身の丈ほどの鳥を前にしても、誰一人驚くことはない。
 実のところ、それはたかが小鳥であり、この地に住まう者達の姿は驚くほど小さかった。

 ――ここは妖精郷アルヴィオン。
 夏の暑さも、冬の寒さも知らぬ、常春の都である。

 半年ほど前、この妖精郷アルヴィオン魔種デモニア共によって蹂躙されていた。
 魔種共はあろうことか、この地に眠る大精霊『冬の王』を目覚めさせ、一時は滅亡の危機にまで瀕してしまったのだ。だが危機は救われた。魔種を討伐し、冬の王を鎮め、絶体絶命の妖精郷を救ったのが、サイズ達ローレットのイレギュラーズなのである。
 より厳密に述べるならば、冬の王そのものは魔種に与する旅人ウォーカーに持ち去られてしまった。だが、残滓だけでも妖精郷を凍てつく不毛の地に変えうるほどのエネルギーをもっていたのだ。
 妖精という存在に並々ならぬ熱意を抱くサイズは、誰よりも積極的に作戦行動に参加し、多くの名声を勝ち得ている。この妖精郷で最も有名なイレギュラーズといっても過言ではなかろう。
 妖精郷での激闘の傷痕は深いものであったが、サイズはその後も献身的に復興を支えている。
 しかしサイズ自身は、その傷痕を己が無力の結果であると、罪悪感にも似た心境を抱いている。だから妖精達と話す際には、些かばつのわるい気持ちになることも多い。
 そんなサイズ当人の想いはさておき、少なくとも妖精女王ファレノプシスをはじめ、妖精達は深い感謝を抱いているらしかった。何人もの妖精達や女王当人から、そのように聞かされていたのだ。
 態度からもあきらかに好意と分かるが、実際にどう受け止めるかはサイズ当人次第という訳である。

 ともあれサイズがここ妖精郷へ領地を得たのは、そんな戦いが終わって少したった頃だった。
 妖精達を守り続けるためサイズは妖精郷に居住地を求め、妖精達もまたサイズを頼りにしたのだ。
 どちらの求めが先かといった経緯は定かでなく、また重要でもない。けれど結果として、妖精達はこの辺り一帯の管理をサイズの手に委ねる事になったのであった。
 そしてここ『秋の都』は、そんな領土の一角である。
 妖精郷を包み込む常春は、ある意味では季節感が無いとも言える。けれど春と秋の気候はよく似ているものだ。だからあえて秋の花々を咲かせたこの一帯は、妖精達にとってはかなり新鮮なものらしい。秋の都には、既に人気のスポットがいくつも出来ていた。
 周辺のアクアリバーやフィオーレロード、波打つ泉などを含め、この辺りはかつて、いくらかの妖精達が住まう遺跡であった。だが今では妖精郷で最も大きな町であるエウィンに匹敵するほどの発展を見せている。
 あるものをあるがままに使う妖精達と比べて、堅実な都市計画を遂行しているサイズの手腕は大きい。
 それに道具を作り出す能力にも優れたサイズは、実に様々な利便品を妖精達にもたらしていた。

 そんな日常の一コマ――ある昼下がりの事だ。
「――女王様。どうかこちらへ」
 サイズのエスコートに従って、貴婦人然とした妖精が、お供を引き連れ小さな庭園へと舞い降りた。
 微風を浴びた草花が、お辞儀するように揺れ動く。
「サイズ、さん。こんにちは、です!」
「こんにちは、フロックス」
「じゃじゃーん! ストレリチアなの! 今日はもう、こんばんはなの!」
「ストレリチア……こんばんわじゃないですよ……」
 サイズは溜息をこらえた。
 妖精女王ファレノプシス一行の御前である。
 あの飲んだくれの花金妖精ストレリチアも、今日は一応女王陛下ファレノプシスのお供だと、肝に念じて。
「お招き頂き、ありがとうございます。見事なお庭ですね……この花はなんと呼ぶのですか?」
「これはコスモスといって、レガド・イルシオンでは秋に咲くものです」
「可憐な花ですね」
 しばらく花を眺めてから、そっと手のひらで撫でたファレノプシスは、今度は庭園の中央へゆっくりと飛び、そこに咲くゆりかご草のつぼみをつつく。すると花がふわりと開き、花弁のふちがぴんと張った。
 小さな妖精達からすれば、身の丈をゆうに越えるほどの大花である。
 ファレノプシスはそこに背を向けると、静かに腰掛けた。
 無辜なる混沌に住まう多くの人々は、それを不思議な光景だと感じるかもしれないが、ここではそんなことを疑問に感じる者は、誰一人として居なかった。
 ここはそんな場所なのである。

「こうしていると、まるで外の世界を見ているようです」
 感慨深げに呟いたファレノプシスだが、その眼差しはどこか遠い。
 妖精郷は虹の架け橋アーカンシェルと呼ばれるゲートで外の世界と結ばれているが、妖精女王となった者は、二度と外に出ることは叶わないらしい。
 つまるところ、妖精の女王は代々虹の架け橋アーカンシェルの管理人を担っているという訳だ。
 好奇心旺盛な妖精達にとって、外の世界に遊びに行けないというのは寂しいことに違いない。
 それに外の世界には、妖精郷以上の危険もある。
 ならば、あるいは。
 そんな妖精達が楽しめる場所の提供も、外の世界を良く知るサイズの役割なのかもしれなかった。

「この町は、ほんの少し前と比べると、見違えるほどです」
「しかしまだ発展途上、これからです。そうだ、すぐにお茶を煎れましょう」
「そうかしこまらなくとも良いのですよ。お土産を持ってきましたので、皆で頂きましょう」
「……かえって気を遣わせてしまったようで、申し訳ありません」
 歓迎する側なのだから準備したい所だが、ファレノプシスはこういった所でなかなかに強情だ。
「サイズさん、それじゃダメ、です! サイズさんも座るです」
 侍女フロックスが、丁寧に腰を折ろうとしたサイズの額に、ぴたりと指をあてた。
「それではお言葉に甘えて……」

 フロックスが草で編んだバスケットには、小さな花のつぼみが入っていた。
 彼女が両手を使ってつぼみを傾けると、温かなお茶がティーポットに注がれる。
「これは三日月の香りをつけたお茶と、こっちは花蜜を練り込んだマドレーヌ、です!」
「三日月?」
「三日月の晩に、月の光で着香したです」
 サイズの問いに胸を張るフロックスだが、なるほど訳が分からない。
 きっとそういうものなのだろう。
 ふわりと立ち上った香りは優しく、どこか妖精女王を思わせるもので――

 今日の名目は、一応のところ視察である。
 発展してきたサイズの領土を女王が見聞するのだ。
 侍女フロックスが同行するのは頷けるところだが、妖精郷での戦いで力を付けたストレリチアが護衛として同行することになったのだ。
 護衛ならばサイズとて買って出たい所であったが、生憎と身体というものは一つなのである。
 さすがに女王が来るとなれば、歓迎の用意をしなければならない。
 この庭はそういったことのために、誂えたものであった。
 妖精の庭師達が自慢の腕を振るい、色とりどりの花が咲く美しい庭園に仕立て上げている。
 そこのこれを鎌で斬って下さいだとか、ずいぶんとこき使われたものだけれど――それはさておき。

「あらストレリチア。これはごきげんよう、サイズさん、女王様」
 声を聞きつけて数人の妖精達が集まってくる。
「女王様がいらっしゃられますの?」
 庭園の向こうからひょいと顔を覗かせたのは、秋の都に住まう妖精ダリア・キー・カルーナであった。
「みんな久しぶりなの! お酒もってきたから、ガチバチに優勝していくの!」
「お、おい。……なんだろうな、キミのそういうとこ」
 これまで敬語モードを崩さなかったサイズだが、ついつい溜息一つ。
 さっそく宴会に持っていこうとするストレリチアに眉をひそめ、一瞬素が出てしまったサイズに、集まってきた妖精達がころころと温かな微笑みを零す。
「サイズちゃん、いつもそうしてればいいのに」
「そうそう、それじゃ疲れちゃうでしょ。ほらにっこり笑って! ピースピース」
「あー、はい。うん、そうだね……」
 妖精達がわいわいとはしゃぎながらサイズを取り囲む。
「目にもハイライトいれるべきだと思うの」
「いやこれは元からで」
 そうこうしているうちに、テーブルに腰掛けた妖精達が、和やかな談笑をはじめた。
 楽しげな妖精達を眺めていると、ふいにフロックスが近寄ってくる。
「マドレーヌはどうだったです? 頑張って焼いた、です!」
「美味しかったですよ」
「よかった、です!」
 せっかく作ってくれたのだから、鎌に触れさせてしっかりと味わった。
 サイズの答えにフロックスは嬉しそうな表情で、他の妖精達にもお菓子をくばりはじめる。
「ありがとう、フロックスさん」
「これどうやって作ったの? レシピを教えてくださる?」
「企業秘密、です!」
「えー」
「そろそろ蜂蜜酒ミードいっとくの!
 酒しか勝たんの。テンアゲマックスハイでブチアガリぶっこんでいくべきなの」
「いつからそんな言葉使いになったの?
 でもいいじゃない、ほらサイズも飲もうよ。あまーいミード」
「いや、俺は結構です」
 花金あいつはともかく、輪の中に入ることができれば妖精達も喜ぶに違いないのだが――
 サイズは下戸でもなく、吝かでもないが、それでも酔いたくはない事情があるのだった。
 ともあれ和気藹々とした妖精達の様子に、サイズはどこか胸に温かな火が灯るのを感じていた。
 サイズはこの地が、ようやく平和を取り戻したのだと実感するのだ。

 けれどまだまだこれからだ。
 妖精郷には外の世界同様に魔物もおり、妖精達はたびたび命や生活を脅かされている。
 あの一件の後も、己が身を振るう機会は数多い。
「もしもよろしければなのですが」
 考え込むサイズに、ファレノプシスが語りかけた。
「……はい」
「この地の者達の、希望者に戦う術を教えてくださらないでしょうか?」
 ファレノプシスの提案はもっともだ。
 無論サイズ自身は、己が力で妖精達を守り抜きたいであろう。
 だがそれでも、サイズは一人なのである。
 ならばサイズが、そうと希望する妖精に戦い方を教え、鍛え上げ、自衛の手段を身につけさせることは重要に違いない。それは領地を運営する上で、既にサイズが気付き、また実行していることでもあった。
「かしこまりました。喜んで」
「ありがとうございます」
 微笑んだ女王は「本当に頼り切りですね」と呟き――

「そろそろ名前を決めても良いかもしれませんね」
 女王は、ふとそんな言葉を続けた。
「名前……ですか」
「……ええ、この町の――」
「考えておきます」
 生真面目に答えたサイズに向け、花のテーブルにそっとカップを置いた女王は語り出す。
「私達は、あなたの献身に報いたいと考えています。しかし今もこうして助けられてばかり」
「……」
「私達は外世界に住む人々のように、恩を返す術を持ちません」
「……もったいない、お言葉です」
「それでもこの町には、この町のどこかには、せめてあなたが心安らげる場所があってほしいのです」

 颯々とした涼風が庭園を駆け抜け、色とりどりの花びらが空に踊った。
 庭園にしばしの静寂が訪れる。
 今の言葉は間違いなく、ファレノプシスの本心であったろう。
 妖精達も皆、そう望んでいるはずだ。
 妖精郷は――少なくとも妖精達にとっては――大らかで、豊かで、温かな国なのだ。

 視察とはいったが、結局の所、あまり対したことはなかった。
 お茶会の後に、あちこちの散歩に終始しただけだ。
 妖精達には書類を作るとか、計画を練るとか、展望を語らうとか、そういった風習は存在しないらしい。
 遊びに来たというのが主な所で、視察というのはサイズを納得させるために選んだ言葉に違いない。
 ファレノプシスが考えそうなことだ。その奥深くに隠されたものは、あまりに仕事熱心なサイズを心配したことに加え、少し休んで、それから皆で一緒に遊んでほしかった――というのが真の目的だったのだろう。
 そんな女王の考えに気付くか、否か。どう捉えるか。
 全てはきっと、サイズ自身の心境にかかっているのだった。

  • 芽吹きの園完了
  • GM名pipi
  • 種別SS
  • 納品日2021年02月01日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319
    ・ストレリチア(p3n000129

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