SS詳細
リュカシスVSカイネス
登場人物一覧
●番長への花道
「お前の父ちゃんに似てお前も雑魚闘士に違いなグベッ――!?」
少年の顔面に鋼の拳がめり込み、スローモーションな世界のなかでゆっくりと顔を歪めていった。
戻った時間と共に、高速で回転しながらブロック塀へと飛んでいき、コンクリートブロックを粉砕しながらバウンドしていく少年。
鋼の拳の持ち主は……くろがねのごとき肌の少年は……リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は、拳を振り抜いたまま強く目を開いていた。
「ボクは決めてるんだ。カチンとくることを言われたら、それが誰であろうと顔へ思いっきりパンチを叩き込もうって。
その時誰にも邪魔されないように、ちゃんと当たるように、ちゃんと吹き飛ばせるように、ちゃんと黙らせられるように……鍛えておこうってさ」
拳と融合した重機ショベルのようなアームパーツから熱い蒸気が二方向に吹き出し、見開いたリュカシスの視界を僅かに曇らせた。
そうなってからやっと、後ろに立っていたクラスメイトのジェイビーとホランドがオイオイオイといって止めに入る。
これがリュカシス少年。
通称『無敵鉄板暴れ牛』『コズミックライダー』……そして、『いずれ番長になる男』。
時間は激しく巻き戻り、お話は約一週間前。
リュカシスの通う軍学校で終業のチャイムが鳴った金曜日のこと。
生徒たちはそれぞれの部活に出たり単位目的で教師にカチコミをかけたり校舎裏でデュエルをしたりといつも通りの放課後タイムを始めよう……というなかで。
学生鞄に教科書を放り込んでいたリュカシスを、どんと机に手を突く音が止めた。
顔を上げると……。
「なあに、ジェイビー」
「おまえ知ってるか。学年選抜」
リュカシスの目がスッと細くなった。
学年選抜。それは学年ごとにトップファイターを決める闘技大会において、その出場選手を決める『裏の戦い』をさす。
リュカシスの軍学校は鉄帝に存在するいくつもの学校の中でも闘技者育成に力を入れており、あらゆる意味で一流の闘技者輩出のため様々な制度を定めている。
そのひとつが、学年別闘技大会の出場者が『逆指名制』であるということだ。
つまり、出場させたくない選手を一人まで指名し、それが一定数たまるとその選手は出場できないという仕組みだ。
生徒たちは派閥を作り、そのトップをお互いに指名しあうことで牽制をかけられる。
だがもう一つの制度『デュエル制度』によってそれが阻まれる。
デュエル制度は互いに勝利条件と勝負内容、そして勝敗時に賭けるものを定めてデュエルを行なった場合、その結果に背いてはならないというものだ。
各派閥はその組織力を活かし、他派閥の面々から『○○の除名を行なわない』という条件をもぎ取るべくデュエルを繰り返すのだ。
そのデュエル全般を、学校では『学年選抜』と呼んでいた。
「リュカシス。カイネス派閥がお前の除名を狙ってるって情報が入った。ホランドからだ」
「そっか……ホリーはいつも情報が早くて助かるね」
「のんきに言ってる場合かよ。カイネス派閥のたまり場に乗り込もうぜ。下っ端が出てきたところを取り囲んでさ、デュエルを強制して……」
ジェイビーが身振り手振りで話すのをよそに、リュカシスは学生鞄をもって立ち上がった。
「おっおいリュカシス」
「行くんでしょ。早く行こうよ。明日はローレットの依頼で海洋にいかなくちゃだからさ」
鉄帝スラムの高架下。
不良のたまり場になっているというここが、リュカシス派閥(とよそからは呼ばれてる)と敵対関係にあるカイネス派閥のたまり場である。
積み上げられたコンクリートブロックの影から中の様子をうかがっていた小太りな少年が、遠くから歩いてくるリュカシスやジェイビーたちに気づいて手を振った。
ホランド。体型から分かるとおり戦いはからっきしだが情報収集能力や五感の鋭さでリュカシスたちから頼りにされるいわゆる『チームの目』だ。
ちなみに悪巧みやイベントの企画が大好きなジェイビーは自分で『チームの頭脳』と名乗っている。
そしてリュカシスが何かといえば……。
「おっ、来てくれましたか特攻隊長」
「ん」
この『特攻隊長』という字面の並びが好きなリュカシスである。
「見てくださいよ、カイネスとその子分たちが次の闘技大会について話し合ってる。ネズミを仕込んで聞いてますけど、やっぱりリュカシスを逆指名するつもりみたいだ」
「よしよし、いいぞ。一人ずつ出てきたところを俺ら三人で取り囲んでデュエルを強要するんだ。で――」
ろくろを回すポーズで語るジェイビー。
すたすたと高架下へ歩いて行くリュカシス。
「ってリュカシーーーーーーーーーース!!」
「こうなると思った」
ホランドが黒縁の丸めがねをちゃきっとかけ、しかし物陰からは出ずに様子をうかがい続けた。
「カイネス」
こちらの様子に気づいて振り返るカイネス派閥の生徒たち。
全体的に不良っぽい見た目の少年が多く、顔にドクロのタトゥーをいれたカイネスという不良がこの派閥のリーダーだ。
「ほーお、誰かと思えばリュカシスぼっちゃんじゃねーか。幻想の変人どもと遊びにいかなくていーのか?」
カイネスが言うと、周りの子分たちが汚い声で笑い始めた。
「おい知ってるか? こいつの父ちゃんラド・バウの闘技者だったんだとさ。聞いたことあるか? ないよな? だって試合で負けて引退しちまったんだからよ」
汚い笑いの中で、カイネスが立ち上がってゆっくりと近づいていく。
「お前の父ちゃんに似てお前も雑魚闘士に違いなグベッ――!?」
そして、冒頭に至る。
「リュカシス! 一人で突っ込んでいくやつがあるか!」
「ああでも……効果はあったみたいですね」
リュカシスの両腕を二人がかりでそれぞれ掴んで拘束するジェイビーとホランド。
まわりを見渡すと、カイネス派の手下たちは小刻みに震えていた。
「へへへ……デュエル、しましょうか」
目をかっぴらいたまま言うリュカシスに、その場の生徒たちが手を上げて降参の姿勢をとる。
「い、いや。俺たちの負けでいい。あんたは除名しない。それでいいだろ」
「ん」
リュカシスは腕を下ろし、高架下を後にする。
闘技大会は、もうすぐだ。