PandoraPartyProject

SS詳細

「黒染めの赤」の邂逅と暗躍

登場人物一覧

エル・エ・ルーエ(p3p008216)
小さな願い
エル・エ・ルーエの関係者
→ イラスト
エル・エ・ルーエの関係者
→ イラスト


『鉄帝』北東部のヴィーザル地方には深雪に囲まれた荘厳なお屋敷が在る。
 屋敷前で『カルヴァーニ演劇博物館の学芸員』エル・エ・ルーエ(p3p008216)が雪掻きをして居ると突然の客人が現れた。

「御免下さい? ここはオペレッタ・カルヴァーニさんのお屋敷ですか?」
 身形の良い性別不詳の中年鉄騎種がシャベルで除雪するエルに話し掛ける。
「はい? そうですが……。あなた、どなたですか?」
 エルは突然と呼称されてきょとんとした。
 しかも「オペレッタ」の本名で呼び止められた為、彼女は若干の警戒をしてしまう。
「私(わたし)は『鉄帝』で『黒染めの赤』という劇団の団長を務めますアケ・ロイロと申します。実は私、劇作家のフランフォン・カルヴァーニ先生と先生の奥様である舞台女優のエリーゼ様の大ファンでしてね」
 アケと云う人物が凪の様に穏やか且つ心地良い口調でエルの両親について語り始める。
 やや不審な雰囲気もあるが何処か芸術風の教養が滲み出る不思議な人物だ。
「えっ? お父さんとお母さんの、お知り合いですか? エルにどういう、ご用件でしょうか?」
 エルは怪訝な表情で訪問の真意を尋ねた。
 もし可笑しな人物であれば即座にご退場願おうかと内心では考えて居た。
「はい。実は私、先日の事件前に存命中のカルヴァーニ先生とお会いしていましてね。博物館創設のお手伝いをさせて頂きました。オペレッタさんは、カルヴァーニ演劇博物館をご存知でしょうか? その件でお話がありまして……」
 ご存知も何も先日のシャイネン・ナハトでエルは有志と共に其の博物館へ訪問した。
 何故ならば、生前のフランフォンから遺書の形で招待状を受け取って居たからである。
「もちろん知っています。実は現在、エルは、学芸員としてお手伝いをしています。はい、お父さんに関するお話であれば、エルは、ぜひお聞きしたいです」
 先日の演劇博物館でエルは情報屋と館長に請願して運営手伝いとして採用されて居る。
 働き者のエルは今では博物館でも案内役として皆の人気者でもある。

「では、どうぞ。アケさん、エルの大きすぎるおうちで、お話しましょう」
「誠にありがとうございます。それではお邪魔させて頂きますオペレッタさん」
 如何やらアケには積もる様な土産話があるらしいのでエルは屋敷へ招き入れた。
 アケは客間に通されるとフランフォンとの数々の挿話を語り出した。


 そもそも劇団「黒染めの赤」とフランフォンは如何なる関係なのだろうか。
 エルはアケにお茶を淹れてあげると客間の座席で対面しながら事情を聴いた。

「それで……。アケさん、エルにお話というのは?」
「実は、私共『黒染めの赤』はカルヴァーニ先生に兼ねてより脚本のオファーを出した事があります」
 団長のアケによると「黒染めの赤」と云う演劇団体は斬新な表現方法に挑戦して居る。
 そしてフランフォンの画期的な脚本創作能力に白羽の矢が立ったそうだ。

「先生は素晴らしい脚本をお書きになる方で評判です。ですが、頑固な所もあるようでして、真摯にお願いを続けてやっと書いて頂けた事もありまして……」
 アケは微笑を浮かべながらフランフォンとの思い出話から切り出した。
 ちょっとした笑える小話から演劇業界での本格的な共演迄が熱意を込めて語られた。

「えっ!? 本当ですか!? うふふ、お父さんとそんなこと、あったのですか!? エルは、大変、驚きました」
 エルも亡き父親の過去の逸話を楽しそうに相槌を打ちながら聴いて居た。
 アケが調子を盛り上げて劇的に物語る部分がエルのツボを心地よく刺激した。

「ところで、アケさん? お父さんの博物館の件、どんなご用ですか?」
 アケは慇懃無礼だが何故か妖しい空気を醸し出す人物だ。
 一先ず「博物館」に関する事情から詳しく伺ってみたい。

「先日のローレットが解決された事件は有名でして、私等にも伝わっています。ご存知の通り、カルヴァーニ先生は魔種になってしまいましたが、生前の先生は博物館を世に遺されましてね……」
 何故かアケは其の事件に詳しいのだが、エルは疑問を抱いたが取り敢えず納得する。
 純心なエルはアケが勿体ぶって博物館について声調を変える様に聴き入って居た。

「実は私、あの博物館創設の構想を先生と共に練り上げた訳でして……」
 アケが神妙に詳解するかつての博物館構想の経緯をエルは耳を澄ましながら聴く。
 彼女が既に採用されて居る博物館でアケは館全体のバックに居た大物だそうだ。

「えっ!? アケさんが、あの博物館を開くお手伝い、してくれたのですか?」
 エルは目を丸くしながらアケが語り明かした真実を多分に知る。
 と云う事は、まさかアケの正体はエルの亡き父親のフランフォンにとって……。

「左様です。フランフォン先生は既に演劇業界でご活躍される事が大変難しい所まで衰退されていました。しかし、尊敬する先生の為に私共は身を粉にする覚悟で力の限りを尽くしました」
「そうなんですか……。あのお父さんが……。アケさん、エル、大変に感謝します」
「その結果、業界から利権を勝ち取った私共が先生のご意向を汲む形で博物館構想を現実化させたのです」
「へぇ……? アケさんって、すごい方、なんですね……」
 やはり此の人物はそう云う大物であったのかとエルは相槌を打ちながら聴いて居た。
 アケこそが亡き父の復興を支援して全幅の信頼を置かれていた逸材だと確信した。

「ふむふむ、なるほど。と、いう事は、まさかエルに、招待状を送って下さったのは?」
 エルは何としても此の重大な問題について確認を取っておきたかった。
 彼女はフランフォン本人が送付した物と思って居たが実はアケ経由であったのだ。

「いえいえ、招待状の送付ぐらいは大した事ではありませんよ。演劇博物館の学芸員活動の事でもそうですが、私生活でも何かお困りの事がありましたら、ぜひ私を頼って下さい。よかったらこれをどうぞ。私の連絡先が書いてある名刺です」
「わぁっ! い、いいのですか? え、エルに、こんな親切にして、頂いて!?」
 アケから有難い名刺と温かな気持ちを受け取るとエルの頬からは熱い涙が滴る。
 笑顔で励ますアケに対してエルは紫と青の混ざる美しい瞳を潤ませて感謝の心を伝えた。


 アケ・ロイロの登場によって救われた様な心持に成って居たエルだったが……。
 一体、彼の人物は何をする事が目的でわざわざエルの屋敷まで足を運んだのだろうか。

「全てはお姉様の脚本があったからですわ!」
 其の日の晩、古城の会議室で愉悦に満ちた甲高い笑い声が木霊して居た。
 奇声を発するアケは細い目を煌々とさせて半オクターブ上がった口調で語る。
 密会の相手である女性は「オリヴィア」とも呼称されて居るが……。

「ふぅん……? 面白いわね、その話? ご苦労様」
 安楽椅子に長い脚を組んで着席するミステリアスな女性が冷笑する。
 其の女性は報告にあったエルの一挙一動を興味津々に聴いて居た。

 さて、『お姉様』と呼称されて居る其の女性の正体は?
 乙女の様に嬉々と跳躍するアケの傍らの彼女はやけにエルの事を気に掛けて居るが。

「次の『脚本』は出来ていますの?」
「ほら、こんなに沢山あるわよ」
 アケが愉快な表情で「次回作」をせがむとオリヴィアが素気なく「脚本」を渡す。
 其の「脚本」は渋い革鞄から何冊もの厚いノートが取り出された。
 ノートにびっしりと記載された「脚本」は『脚本』よりも『計画書』に相応しい。

「まあ、なんて素敵ですの!?」
「まだまだあるわよ?」
 アケが好奇心を押さえながら猛速度でページを捲る毎に権謀術数が展開される。
 今迄のエル及びローレットの行動原則が計算されて完璧にシミュレートされて居た。
 もはやアケは恍惚の笑みを浮かべながら必死に解読に勤しんだ。

「これ、どういう展開ですの? オペレッタの行く末は……?」
「そうね。娘の性格や傾向からすると、おそらくこうなるでしょうね……」
 時に二人は一連のフランフォン事件をロイロ家子飼いからのリーク情報で知って居る。
 実の所、オリヴィアはアケのゴーストライターである一方でエルの実の母親でもある。

「筆が乗ったわ!」
「あら、トレビアン!? こういうお話ですこと!?」
「大ファン」であるアケの情熱に感心しながらオリヴィアが「脚本」に筆を足す。
 此処の計画は詰まりこう云う話であると詳しい注釈や図解をした。
 オリヴィアの丁重な解説を受けてアケは感激して頷き質問もしたりする。

「まあ、『魔種』ですの!? 実に最高ですわ!?」
「そうよ。ここにあの『魔種』を投入するとこうなるわね……」
 今後、起こり得るあらゆる「作戦」の状況を検討して居る二人のノートには……。
『魔種』と云うキーワードが無数にも多元的に散りばめられて居た。
 しかし「狂気」を意味するはずの禁句には冷徹な精密さが冴え渡る。

「くくく……。お姉様の『脚本』通りに事が進めば……まさか、あの様な展開に!?」
「ええ。あなたの言う通りね。フランフォン事件の再来を起こせる自信があるわ!」
 此れはローレットを相手取って此度、事を起こそうと云う「脚本」だ。
 二人からすればあのフランフォン事件は演劇における格別の研究材料である。

「いよいよ私(わたくし)達の悲願が叶いますわね。お姉様の演劇の進歩ですわね」
「ふふ、楽しみで仕方ないわ。魔種を模倣する演技の研究に腕が鳴るわね!」
 エルについて改めて詳細な調査をした二人の目指すべき帰結は鮮やかであるだろう。
 人種の辛辣な狂気を形成する有様を演劇で応用する事こそが其の野望であるらしい。

 斯くして、エルとアケ・ロイロが邂逅を果たす事で「黒染めの赤」は正に動き出す。
 そして、アケの背後に居る黒幕「オリヴィア」も跳梁跋扈の暗躍をして居た。
 カルヴァーニ家を巡るエルの新章は未来へと向かって拓かれる……。

PAGETOPPAGEBOTTOM