PandoraPartyProject

SS詳細

穏やかな午後、温かな陽だまりと悪戯と

登場人物一覧

恋歌 鼎(p3p000741)
尋常一様
ミーシャ(p3p004225)
夢棺

●午後一時の怠惰

「はふぅ~」
『尋常一様』恋歌 鼎(p3p000741)の自室内。部屋に漂うカレーの香り。洗い場には、二人分の食器が洗われて水きり場に置かれている。
 ソファに腰を下ろし、読書の時間に興じる恋歌の膝の上。『夢棺』ミーシャ(p3p004225)はそこで満腹感と幸福感に包まれて頭を預けていた。ちなみに、冒頭の「はふぅ~」はミーシャの声である。その声はひたすらに怠惰に塗れており、「一日三食三寝」の標榜は伊達ではない。
 穏やかの午後の昼下がり、窓から差す日差しは柔らかい。部屋は静けさに包まれ、時計の針が刻む音と時折恋歌が本のページを捲る音だけが響く。
「れ~ん~か~さん~」
 膝の上でゴロゴロしていたミーシャがそんな声を上げて、恋歌の読書の邪魔をせんとする。呼ばれた恋歌がその言葉に視線を変える。
「おや、どうしたのかな?」
 その声に応えず、ミーシャは枕もとい恋歌の太腿に頭をうずめて「うりうり~」と言って堪能している。単に読書の邪魔をしたかっただけのようだ。
「仕方ないなあ」
 自身の灰色に近いけど違う真白な髪を梳いてやると、ミーシャは甘えるように喉をゴロゴロと鳴らす。その様は猫を彷彿とさせる。羊だけど。
 髪を梳く手を止めて再びの読書に戻ろうとするも、その度に「もっと」と言わんばかりに服をつまんで撫でることを要求し、恋歌もそれを呑むので結局読書は全く進まない。
 さながら恋人のような、それも甘ったるい関係のような二人だが、その実二人の関係は「友人」である。ミーシャが醸造する人との距離感がやや近すぎること、そしてそれを甘受し受け入れる恋歌の存在があるからこそ、今の関係が築かれたと言える。
「……スゥ」
 そんなやり取りが何度かあったのち、満腹感からかミーシャがすやすやと寝息を立てる。午後の日差しが降り注ぐ恋歌の部屋はとても温くて、眠くなるのも仕方ない。
 実に幸せそうな寝顔を一瞥してから、暫し誰にも邪魔されることのない読書タイムに耽る。

●午後二時 甘味と読書

 暫くの間恋歌の私室に響くのは、時計の針と紙を捲る音、そしてミーシャが寝返りを打つ際に立てる衣擦れの音と寝息のみ。恋歌はミーシャの重みをまるで意に介さず、分厚い小説を読み進めていく。
「……んぅ」
「……おや、目が覚めたかな?」
 もぞもぞと動くミーシャに優しく問いかける恋歌。熟睡から目を覚ましたミーシャはとろんとした瞳で恋歌を見つめている。焦点が合っていないその眼は、深い眠りに陥っていたことを何よりも雄弁に語る。
「顔を洗ってくるといい」
「……ふぁ~い」
 間の抜けた返事をして、一時間以上ぶりに恋歌の膝から離れて洗面台へと向かうミーシャ。その髪にはしっかり寝癖が付いていて、やっぱり熟睡していたことを物語る。
「おはよ~」
 戻ってきたミーシャの髪から寝癖は消え、代わりに少し湿っていた。その手にはお菓子の箱がいくつか。どうやらキッチンからいくつか見繕って拝借したようだ。目敏いな、と恋歌は思う。元々、ミーシャの為に買い置いておいたから文句はないのだが
「一緒に食べよ~」
「喜んで」
 恋歌が言うと、ミーシャが蕩けそうな笑顔を浮かべる。デスクの上にどさどさと大小様々のお菓子の入った袋もしくは箱を置き、手近にあったキャラメルの箱を取って中身を取り出す。そしてそれを、
「あーん!」
「おや?」
 恋歌の方に向けて差し出した。意図を汲んだ恋歌が口を開けると、ミーシャがキャラメルをその中に放り込む。ミルク味とキャラメルの苦みが解けるように口の中に広がる。
「おいしい」
「ほんと! じゃあボクも食べる!」
 ほぼ言うと同じタイミングでミーシャもキャラメルを一つ口に含む。「おいしい!」とまた笑顔になるミーシャが隣に腰掛ける。
「ねえ、ボクも本を読みたいなあ。何かおススメの本あるかな?」
「そうだね……」
 少しだけ逡巡するそぶりを見せた恋歌だったが、おもむろに立ち上がって書斎から本を一冊持って戻ってきた。
「この前借りた本だけど、ミーシャ君にも読みやすい本だと思うんだ」
「へええ、どんな本かな……?」
 手渡された本のタイトルは『英雄王の物語』……絵本だ!
「ちょっと、ボク21歳だよ? 子ども扱いしすぎじゃないかな?」
「……そうかな?」
 素知らぬ顔して揶揄う恋歌に、少し拗ねた表情を浮かべるミーシャ。年齢的にはミーシャの方が年上なのだが、この部屋の二人の関係を見るとそう見えない。
「それじゃあ、別の本を取ってこようかな。少し待っててね」
 もう一度部屋に戻り何か本を取ってくる恋歌。次はどんなからかいが待っているのか、もう騙されないぞと鼻息の荒いミーシャだが、その後恋歌が持ってきたのは分厚い本。ミーシャが表紙を捲ると、混沌でも人気のある冒険活劇だった。
「最新作だよ。読みごたえもあるし、どうかな?」
「うん、読んでみるね」
 そうしてミーシャはまだキャラメルの香りが漂う指で冒険の世界へ歩みを進める。

●午後三時 悪戯遊戯

 そのまま二人で隣に腰を下ろしながら、本のページを読み進める音だけが進む。
「ん~~~」
 時計の針が直角を成す頃、飽きてきたミーシャが背伸びして冊子をぱたんと閉じる。少し傾いてきた筈の日差しはまだ窓から入り込んでいるが、その量は幾分か減っている。日暮れにはまだ時間があるが決して長くは残されていない。
「恋歌さん、おやつ食べよう?」
「うん?」
 本から視線を外した恋歌の目の前には、ミーシャが選んだお菓子の箱。恋歌もその中身は知っている。スティック状のクッキー菓子で、大部分にチョコレートのコーティングがされている。クッキーだけの部分を持ち手として使うという発想に目を見張ったものだ。
 ミーシャはその菓子の入った箱を勢いよく開けて、中身のお菓子の端を歯で挟む。そうして、
「……何しているんだい?」
 珍しく首を傾げる恋歌に向けて、意地悪っぽい笑顔を浮かべながら反対側の先端を向けてきた。二人の顔はそれなりに近い距離で、歌詞を挟んで真正面から向き合っている格好だ。
「んん? 恋歌さん知らないの?」
 ミーシャが言う。因みにお菓子を加えたまま喋るので多少聞き取りにくい。
 知らない、と答える恋歌に対し、ミーシャは説明を始める。どこかどや顔をしている気がするがきっと気のせいだろう。
 曰く、仲の良い友人や恋人達が、一本の菓子を両端から食べ進めていくゲームがあるのだという。菓子を食べ進めていき、先に口を離した方が負けというゲーム。
「……食べ辛そうだね」
「ゲームだからね……」
 シビアな物言いに、ミーシャも困惑する。
「でも、折角だしやってみるとするかな」
 そう呟くと、恋歌はもう一端に歯を立てる。そしてほとんど間を置かず一口噛み進める。
(おや、思ったより乗り気だね)
 ちょっと意外な気もする。目の前の彼女はまだ未成年だが、とても大人びており実際その辺の大人より冷静沈着であることが多々ある。
 それ故、というわけでもないがミーシャはどこかで「誘いには乗ってこないだろう」と思っていた。
 だが実際はその逆。むしろどこか悦に入った素振りさえ見せる恋歌に内心面食らいつつも、ミーシャはほんの少しだけ齧りを進める。
(!?)
 次の瞬間、ミーシャは驚愕に目を剥いた。恋歌はあろうことか一気に食べ進め、チョコの部分まで歯が届いている。
(食べるの早い……というか)
 顔が近い。見慣れている金色の眼も、美しく手入れの行き届いた灰色の髪も、こうも近くにあると心臓の鼓動を早める要素にしかならない。
(恋歌さん、よく見ると睫ながい……)
 そして今また発見されていなかった特長を見つけてしまい、心拍数アップ。完全に墓穴を掘ってしまった。
 恋歌は素知らぬ素振りでもう一口食べる。ミーシャの顔は平常を装っているが、最も如実に変化を訴える部位――耳たぶは、もう真っ赤で見ていて可愛さを覚えるほどだ。勿論それを指摘しない。だってその方が面白いから。
(うう……恥ずかしい)
 勝負を申し出た手前負けるのも嫌だ。別にミーシャは負けず嫌いでもなんでもないが、今ここで敗北を認めるのは何か別のものを失う気がする。意を決して、もう一口。しかし恋歌は表情一つ変えず、淡々と顔を近づけてくる。
「~~~~~~っ!」
 声にならない悲鳴をあげそうになる。二人の顔はもう至近距離というにもあまりにも近く、お菓子の残りも半分以下。互いにあと3口程度食べたら唇が触れあってしまいそうな距離。それはつまり、
(き、きき、キス……!)
 このゲームはお菓子から口を離したら負け。ただ、どちらも負けを認めず最後まで食べ進めた場合、自ずとキスを交わす運命にある。だからこそ恋人同士でのゲームに発展するのであるが、こと今回の場合ミーシャがそれを強烈に自覚したのは今。
 脳内はちょっとしたお祭り騒ぎになっているが、それを悟られるわけにはいかないと、努めて冷静に――というのは勿論ミーシャの主観で恋歌にはバレバレである――もう一口食べる。
(さあ、どう出る!)
 願わくばこの辺で止まってくれと祈る気持ちがあるのが本音。だが。
「ん」
 恋歌はまたも表情一つ変えず、一口食べ進めた。食べ進めてしまった。これにより、もう二人の距離はコンマの領域。手番はミーシャ。ちょっとでも動こうものなら未来は確定する。動かずに離しても未来は確定する。
「んんんん~~~!!」
 悩んだ挙句、目の端に涙を溜めつつミーシャは意を決する――

●午後四時 代償と日常
 
 さて、午後三時のちょっとした悪ふざけから少し経った。時計がまた時を告げる。部屋に差す光は少し量を減らし、その分橙色を増している。全てが黄昏時に包まれる中、
「……」
 ミーシャは不貞寝していた。三時間前と同じように、恋歌の脚を枕にして。違う所があるとすれば、そっぽを向いて恋歌と目を合わせようともしなければ、口もきかないことだろう。
 恋歌は恋歌で、そんなミーシャを乗せたままゲームの時と何一つ変わらない表情で相変わらず本を読んでいる。その口には、ミーシャとゲームする際に用いたお菓子。器用に口だけで少しずつ食べ進めている。
「……」
 ミーシャの心は複雑だ。正直な所、安易なゲームの代償としてミーシャの心中はこの穏やかな室内には相応しくないほどに落ち着かない。それは今も続いていて、目を合わせようとするのも難しい。だからと言って目を強く瞑ると今度はさっきのゲームでまじまじと見た恋歌の顔が脳裏にフラッシュバックして離れない。文字通りの袋小路。
 内心追い詰められたミーシャの髪を、不意に細い指が撫でる。ミーシャは気付いていなかったが、恋歌はいつの間にか読書を止めて、またミーシャの髪を梳く。先程は気付かなかったが、その手は暖かい。陽だまりのようだった。
「機嫌は治ったかな?」
 恋歌の声。冷静でいつも通りの声。きっと自分の動転っぷりも、彼女の慧眼なら見抜いていて、それでこんなことをしてくれたのだろうか。
 だとすれば敵わない。
「……うん」
 機嫌が悪かったわけではないけど、そういうことにしておこう。
 もぞもぞと起き上がり、またソファにちょこんと腰掛ける。隣には、自分を優しい眼差しで見ている恋歌の眼。
「どうぞ」
 そう言って差し出されたのは、ゲームに使ったお菓子の残り。ミーシャは「ありがと!」と言うと、一本取りだして一息に食べる。
 食べきったお菓子からはチョコレートと、恋歌の香りがしたような気がした。

●短い黄昏時の短い会話

「今日は楽しかったね」
 ミーシャが恋歌の膝の上に腰掛けながらそう呟いた。椅子になった格好の恋歌は嫌がる素振りもなく「そうだね」と答えた。
「また遊びに来るね」
「歓迎するよ。お菓子も買い足しておこう」
「やった!」
 ミーシャが笑っている。今の恋歌の位置からでは見えないけど、確信を持って言える。
 ミーシャが楽しければそれは恋歌にとっても「良いこと」だ。
 けれど、ちょっとだけ自分の為に「楽しいこと」をほんの少しだけ足してもいいだろうきっと。
「ところで」
「???」
 そう切り出した恋歌に、ミーシャがクエスチョンマークを大量に浮かべる。何の話だろうと思ったミーシャだったが、次の瞬間には嫌な予感が去来する。
 振り返った先にある恋歌の顔は、ちょっと意地の悪さを想起させる笑顔を浮かべていたから。
「さっきのゲーム、もう一度やる?」
「……恋歌さんのばか!」

 日が落ちかけて、紫色に変わりゆく空。薄暗くなる私室。
 ずっと比較的物静かだった部屋の中に、とても焦りを帯びた大声が轟いた。

  • 穏やかな午後、温かな陽だまりと悪戯と完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2021年01月21日
  • ・恋歌 鼎(p3p000741
    ・ミーシャ(p3p004225

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