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かのじょがうまれた日

登場人物一覧

紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
真打
紫電・弍式・アレンツァーの関係者
→ イラスト

●とある『世界の終わり』
 隕石が飛来し、海は荒れ狂う。
 火山は石を噴き――大地は激しく揺れている。
 氷と雪に閉ざされた地上には、もはや生命が芽吹く余地はない。

 一つの世界が、今、終焉を迎えようとしていた。

 発端は些細な行き違いだった。
 人の姿を借りてお忍びで遊びに来ていたさる高貴な魔族が、不慮の事故により命を落とした。
 人と魔族が友好的な交流を持っていたのは遙か昔――若い魔族は人の世界のルールを知らなかった。
 対価として差し出した魔力の石は、人にとっては石ころに思えた。どういうつもりだと武器を向けられ、魔族は護身のために魔術を使った。
 人と魔族の危うい均衡は、脆くも崩れ去った。
 小国家同士の小競り合いは、次第に周辺の国々を巻き込んだ戦争へと発展していった。
 森の奥に息を潜めていた妖精たちも。海の底のセイレーンも――地上に生きるものすべてを巻き込んだ最終戦争は、明確な勝者のいないままに、ただ、犠牲者の山を築き上げていった。
 大地は枯れ、空は翳り、国は滅び、やがて星の命が尽き……世界は終わる。
 そこには魔王を討つ勇者も、勇者を屠る魔王も等しくいない。

●勝者のいない戦い
 大量の尸の散らばる戦場。
 この世界最後の竜。氷河竜リディニークを、暗黒騎士アグリア・ヴィルトヘルツは鋭い目でにらんでいた。
「撃てーーーー!」
 号令とともに、轟音が響き渡る。
 砲弾が炸裂し、あたりに火花を散らせる。その一撃も、竜に対してはかすり傷としかならなかった。
 竜の一声と鋭い尾が、大砲と一部隊を玩具かのように叩き潰す。
 それでも、道を切り拓けるなら構わなかった。
 氷河竜を倒せるのは、もはやこの世界にはアグリアだけだ。
 アグリアは魔剣ガレトブルッフを構え、僅かに生じた隙を狙って、勇ましく突進していった。
 立ちふさがる氷柱を、ガレトブルッフは斬り捨てる。
 一撃。
 その切っ先は、確かに竜の前足に届いた。
 竜が咆哮をあげる。
 放たれる竜のブレスが、時空すらもすべて凍てつかせる。アグリアは高く飛び、直撃をかわす。ブレスは、アグリアの腕をかすめた。
 並の人間ならば耐えられない魔力の奔流。
 氷の彫像となった人間が目の前で砕け散っていく。
「アグリア様っ……! どうか!」
 氷に変えられる前に、と、付き人がその身を差し出す。
 アグリアは迷わなかった。
 アグリアの振るう魔剣ガレトブルッフが兵士を貫いた。魔剣は、命を嚥下するように震え、主であるアグリアの傷を癒やしていった。
 魔剣ガレトブルッフは、人の命を奪い取る。
 その体に生命が満ち、アグリアの傷はたちまちのうちに塞がった。一人の兵士の命を犠牲にして。
 アグリアは立ち上がる。
「アグリア様、生きて、どうか、この世界を……救ってください」
「はい、きっと……いいえ、絶対に」
 アグリアは体力が尽きぬ限り負けることはないと確信していた。
 そしてその”体力”とは自分のものだけを指すのではない――『この世界の生命が尽きぬ限り』、アグリアは負けることはない。魔剣ガレトブルッフが、根こそぎ他者の熱を奪い去って行くのだから。

 幾度ともない撃ち合いの中。
 その剣が、ついに竜の喉元のうろこを貫いた。
 竜は最後の抵抗を見せた。絶対零度のブレスが、至近距離からアグリアの肌を深く傷つける。まさしく血の凍るような冷気が這い上る。
 しかし、ガレトブルッフは竜の心臓を貫いていた。
 均衡が満ちた。
 アグリアの致命傷は、その竜の生命を奪い取ることで贖われている。
(リディニークを倒せば……この氷は溶けると。春が来るとみんな信じている)
 そう信じていたからこそ、決死の討伐隊を組み、アグリアを前線に送り出した。
(けれど……)
 けれど、それが何だというのだろう。
 魔剣ガレトブルッフが告げている。
 この大地に残った命は、もはやこの竜と自分たちだけであると。
 生き残りなど、いないのだと。
 そして、その最後の竜は、今アグリアが仕留めた。

●空を割く一振りの剣
 巨竜の亡骸が、どうと倒れる。
 それと同時に、アグリアは崩れ落ちるようにその場に倒れた。
 これで、この世界に残っているのは、暗黒騎士アグリア・ヴィルトヘルツと、その存在に深く結びついた――一振りの魂を喰らう魔剣ソウルテイカーだけとなった。
 もはや、この世界にガレトブルッフの糧はない。
 今まで自分がどうやって動いていたのかもわからない。幾度となく致命傷を負い、その傷を他者の命であがなってきた。本来ならば何度死んだのか、アグリアはもう数えていない。
 人々を守りたいと願い、戦争を終わらせたいと奔走し、その一心で魔剣ガレトブルッフを振るい続けていた。
「どうして……」
 アグリアは絶望した。どうしてこうなってしまったのか。
 アグリアは、ただ、人々を助けたかっただけだった。
 人々を助けるためには力が必要だった。
 真っ赤に染まった両手を眺める。
 アグリアはガレトブルッフを、ガレトブルッフはアグリアを必要とした。
 いつしか、当たり前となっていた。人の生命を糧にして生きることが――。
 多くを救うために、多くの血を流した。
 少女は悟った。これが報いなのだと。
 剣の命じるまま、衝動に身を任せて、少女は動いてきた。ただ、ひたすらに、ひたすらに――。
(わたし、は)
 ここで終わりにはしたくはなかった。
 動け、と。
 少女は自身に命じた。自らを代償としても、動けと。
 だが、アグリアの意思に反して、身体の自由は効かなかった。
 取り残されたガレトブルッフだけが妖しく輝いていた。

 竜を倒し、吹雪はわずかに和らいだかに思える。
 けれど、もうこの世界は終わる。
 体温がじわじわと失われていくのがわかる。
 力が、命の灯が、どんどん消えていく。
 幾多もの死体を乗り越えて、死線を潜り抜けて――潜り抜けて、ここまで来た。
『アグリアおねえちゃん。ぼくの分まで――』
 スラムに生まれ落ち、一緒に育った孤児は、アグリアの手を握りしめて言った。
『アグリアお嬢様、どうか――お逃げください』
 敵の奇襲からアグリアをかばった侍女は、やはり、震える声で言った。
 剣に意識を乗っ取られ、かつての師と斬り合ったとき。魔剣に操られて、師を倒したアグリアに、師は――。
『生きろ』
 アグリアは目を見開いた。
 ガレトブルッフに流れ、またガレトブルッフから流れ込む魔力が、アグリアをまだ生かし続けている。
(これが、終着点だなんて……思いたくないです……)
 それが叶わないと知りながらも、少女は最期に願った。
――生きたい、と。

 キィンと、魔剣ガレトブルッフが小さな金属音を鳴らす。
 つられて、アグリアは空を見上げる。
 稲妻のような一閃が、空を薙いだ。
 それはまるで別次元の存在だった。
 黒い一振りの刀――『紫電弍式』が姿を現す。
 獲物をその視界にとらえたことで、何か考える前に、まだアグリアの右腕は動いた。他者のエネルギーを求めて。全てを奪いつくす一撃。その研ぎ澄まされた一撃は、軽く大地を真っ二つにする威力を見せた。
 大地は乾き、ありとあらゆる生命の根源を吸い尽くし、全てを砂に変える。
 しかし、あの黒い星はそれよりも規格外だった。
 落とすには距離がありすぎる。次元を渡るなど、この世界の魔術師を束にしてでも叶わないだろう。
「……って」
 少女のちいさな声は、紫電弍式には届かなかった。
 紫電に悪意があったわけではない。
 ただ、その姿は遠く。稲妻のような早さで前を見ていた。
 紫電は滅び行く世界を一瞥したが、目当てのモノは見つけられなかったようだった。いや、そもそも、この世界は旅の中継点に過ぎない。次元から次元へと渡り歩くための、飛び石にすぎなかった。
 まっすぐにその刀身で次元の裂け目を切り裂き、次へと去ろうとしている。
 次の世界へ。
――きらりと、流れ星のように、その裂け目をくぐり抜ける。
「待っ、て……!」
 少女が虚空に向かって手を伸ばしたが、星は既に去って行ったあとだった。
 届かない。
 この世界で、魔剣が初めて望んだ獲物を取り逃した日だった。
 こぼれ落ちるように、黒いしずくが滴る。

……そして少女は事切れた。生涯を共に戦った魔剣に寄り添うように。
 最期にドス黒い魔力の塊を、瞳に焼き付けて。

●誕生
 さて、世界には一つのルールがある。強い力の行使には、それなりの代償が必要であるということだ。

 滴り落ちた雫が、少女の死体を濡らす。
 塗りつぶすような闇が眼前に広がる。
 一面の氷の世界は、真っ暗な闇の世界となった。

 漆黒に染まった「悪意」。
 それは、次元を渡る紫電が、世界を渡るたびに代償として失い続けてきたものだった。
 魔剣と、少女は、「誰か」から零れ落ちた闇に染まり、融合し、息を吹き返した。……いや、「乗っ取られた」。存在は、あの一振りの剣に、真っ黒に塗りつぶされている。
 そこに、誇り高き暗黒騎士アグリア・ヴィルトヘルツの影はもういなかった。彼女は、新しく生まれた感情に浸り、ぼんやりと虚空を眺めている。
「しでん……」
 名をつぶやいてみると、かけたピースのようにその存在がはまる。
「ああ、しでん……♪」
 それが運命の人の名だと、疑いようもなく確信できた。
 アグリアの瞳は、今やらんらんと輝いている。誰から教えて貰わなくとも、「これからやるべきこと」が何であるのかわかった。
 しでんが忘れていった、わたし。
「いけないですね、しでん……」
 こんなにも大切なものを、うっかり忘れていってしまうなんて。

 もともと、わたしたちは同じものなのだ。なら、一つにならなくてはならない。
 しでんはわたしのもの。
 わたしはしでんのもの。
 体がうずく。
 星が引力にひかれるように。それは本能としてアグリアの身に刻み込まれていた。
「しでん、もとどおりになりましょう……」

 どうしたらいいかわかる。
 あの裂け目をもう一度こじ開けて、くぐり抜ければいい。「紫雷」がやったように。
 今のわたしならば、それができる。
(だって、わたしとしでんはもともとひとつですから。しでんができることは、わたしもできますよ……そうでしょう?)

●二人の運命
 紫電は、幾多もの世界を渡り、旅を続ける。
 自分を打った刀鍛冶を探して。
 自らより零れ落ちた、闇に気づかぬまま。
 ……それが長く殺しあう、運命の宿敵との、最悪の出逢いになるとも知らずに。

 崩壊する世界を背に、アグリアは旅を始めた。
 紫電とひとつになるため。
 紫電と、子を成すために。
……自らの闇を受け入れてくれる、もう一人の「わたし」に、出会うために。
 自らの中に押し込めた少女が叫ぶ。生きたいと。
 それを塗りつぶすように、アグリアは叫ぶ。「しでん」と。
「しでん」。ああ、その名前の響きは、なんと甘美であることか!
 全てを奪えと言ったのは、あの魔剣の声だったか。
「ええ、そうしましょう……♪」
……たとえ、「あなた」の体を殺してでも。
 わたしは、しでんがほしい。

 ガレトブルッフ=アグリア。
 その体は黒い金属、そして、一振りの剣からこぼれ落ちた悪意でできている。
 すべてを奪いつくす魔剣ガレトブルッフの呪い。そして、誰かを守りたいと思った暗黒騎士アグリア・ヴィルトヘルツの魂と混じり合った。
 彼女はその場に存在するだけで、周りの可能性を食らう。
 世界を劣化させ、あらゆる災厄を引き起こし、奪った命で永遠を生きる。
 あふれた魔力がアグリアをしでんと一つになれるのに問題のない年齢まで体を若返らせた。
 心の底に残った「生きたい」と願う心は、アグリアを僅かに慎重にさせる。敵をなぎ払うときに、まるで、弱者をかばうようなたまの気まぐれは――いや、アグリア・ヴィルトヘルツは死んだのだ。
 かのじょが生まれて、かのじょは死んだ。ガレトブルッフ=アグリアは生まれた。

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