SS詳細
ブリサマリナ25年
登場人物一覧
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《海洋》の港街にある蒸溜所。
そこで作り出される酒は潮が薫るとも言われている。
その秘密は使い古された酒樽にあり、樽に浸透した酒が木の風味と共に醸成の歳に溶け出し、深いコクと余韻を与えるのである。
船乗りの集まる酒場では廉価な12年ものが愛飲されるが、銘品と名高いのは25年もの。
毎年年末になると領主に献上され、領主からその年の功労者に振る舞われる。
今年も珠玉の25年ものが解禁する日が近づいてきたのだが──
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『それで私達が呼ばれたって訳っすか。ちゃっちゃと片付けて私達もご相伴に預かるっすわぁ。さあアーマデル、やってしまおしまい!』
「いや、ここで暴れたら肝心の酒樽まで破壊するだろ」
『なんてこと! 上手いこと飲んだくれの親父だけ片付けて!』
《海洋》の港街にある酒蔵から、船乗りの霊が居座り出荷を阻んでいるので助けて欲しいとローレットに依頼が来たのが数日前。
除霊だけなら一人雇えば十分と商売人のケチくささも見え隠れ。
生憎ラサ辺りで宝が出たとかで大勢が出払い、その時偶々いたのがアーマデル。
未成年を理由に辞退しようとしたが、最近アーマデルにくっついている女の霊がそれを許さなかった。
酒蔵の聖女。
アーマデルはそう呼んでいるが名前は知らない。
本人も酒以外はよく覚えていない。
透けて見える姿から元は巫女のようだが、今はただの酒クズ幽霊だ。
『私には分かる。こいつは酒への執着から成仏出来なくなったやつっすわぁ』
あんたもだよ。
アーマデルはそう言いかけたがやめた。自制心の賜物だ。
酒好きの霊同士なら上手いこと話し合ってくれるかもしれない。
アーマデルは出来ることなら除霊するより説得して大人しく成仏していただきたい派である。
『ちょっと、そこのおっさん。それは私の酒……そこを退くっすわ』
『何言ってんだコラァ。こいつはぁ俺様の褒美の酒だコラァ!』
アーマデルをけしかけておきながら、酒樽の上に鎮座する男に啖呵を切る聖女。
事態はヤンキーvsチンピラの様相を呈している。
『酒が好きと言いながら酒樽の上に座るなんて最低っすわ』
『何言われても退けねぇ。この南風を思わせる独特の香り……これこそ海の男の酒! これは俺様のもんだコラァ!』
『確かにちょっと潮っぽい? なら尚更飲まない訳にはいかないっすわぁ』
『そうだろそうだろ、こいつは船乗りの憧れだコラァ』
バトルが始まるかと思いきや、共にくんかくんかしだす霊達。
実態のない霊は酒の香りで飲んだ気になれるらしい。
『くー! やっぱり浴びる程飲みえなぁコラァ! ちょっとそこのにーちゃん、体貸せや』
「えっ」
『げっへっへ、にーちゃんも大人にならねぇとなァ。俺様が楽しませてやるぜコラァ!』
男の霊はアーマデルの背後に回り、執拗に尻を狙う。
体内に入るにも穴は他にあるのに、何故着衣にも関わらず尻なのか。
もしかすると生前そっちの趣味だったのかもしれない。
男ばかりの閉鎖的空間ではよくあることだ。
『体なら私に貸すっすわ。私が大人の味を教えてあげるっすわぁ』
酒蔵の聖女の顔が迫ったかと思うと、アーマデルに口唇を重ね合わせる。
未成年の飲酒は避けたいし、オネショタも趣味ではない。
アーマデルは咄嗟に口唇を引き結ぶも、隙間から吐息がわずかに漏れているらしい。
『ああ、コレよコレ。捩れた一翼の蛇の吐息は最高っすわぁ』
《捩れた一翼の蛇の吐息》とは石榴酒で、アーマデルら
捩れた一翼の蛇を先祖に持つアーマデルの吐息はどうやら同じ香りがするらしい。
憑依という目的も忘れ口唇を貪ろうとする。
前門のオネショタ、後門のホモォ。
正に貞操の危機に瀕したアーマデルだったが。
「褒美の酒、と言うことは、今年表彰されるはずだったんだよな? なら墓に酒をかけて貰ったら? 土の下の骨まで届いて酒浸り出来るんじゃ?」
『おお、にーちゃん賢いな! でかしたぞコラァ!』
交渉成立。
「ついでに依頼の報酬として分けて貰えばいつでも堪能出来るだろ」
『それっすわ! 早速貰うっすわぁ』
こうして貞操は守られ、未成年の飲酒を咎められることもなく、酒蔵に居座る霊も消えた。
酒蔵の聖女はヴィンテージものの酒を貰いご満悦。
報酬が酒になった分、金は値切られてしまったが彼女の知ったことではない。
口付けられて閃きましたとはアーマデルも言えなかった。
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ある港街ではヴィンテージものの酒を解禁日が近づくと、酒蔵に幽霊が現れ酒をせびるという伝説がある。
最後の航海を終えて表彰されるはずが、飲み過ぎで死んだ船乗りの霊だ。
酒を墓に浴びせると霊は消え、また翌年酒蔵に現れる。
そして健康な若い男に酒を寄越せと脅すのだ。
『酒をださねぇとにーちゃんのケツから入るぞコラァ!』
尻を差し出すか酒を差し出すか。
これは伝説の舞台裏の話である。