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『』
登場人物一覧
●『
いつも「夢を見ていた」という感覚は残っている。思い出すべきだと本能が呼び覚ますけれど、それがなんであるのかは覚えていない。
覚えていたとしても、その内容が真正だと自ら進んで断言しようとは思わない。
その夢が全面的、あるいは部分的に忘れてしまっていい事だと結論づけるものがあるのだから。
だから順序を追って、夢を辿っていきましょう。
始まりは常に古ぼけた館の一室から。それが昔の記憶なのだとしたら、きっと何処ぞの貴族の生まれ。
だけどそれは歓喜だの、自尊だの、そんな立派な感情を呼び起こすものではない。白昼夢のように館を出歩いてみれば、部屋の隅には埃だの塵だのが積もっている。
物心宿った頃は家政婦さえ雇えていなかった。されど貧乏は幼い子供にとって些細な問題だった。
もちろん、「金銭に余裕がない」という切実な事情はあったけれども、それ以上にもっとサシ迫った事情というものがあった。
――――――――――。
屋敷の中を歩き回っていると、次第に蛙が鳴くような声が足下から聞こえてきました。
きっと生き物が水道に入り込んだのだと、姉はこんなところに幼い弟を置いておけないと手を引いて、ずっとずっと遠くにある森の小屋へ住処を移しました。
「なんであんな鳴き声がしたんだろう」
「分からない」
「お父さんやお母さん達は館に置いていっちゃっていいんだろうか」
「分からない」
小屋への行く途中、自問自答じみたやり取りを何度も繰り返した。どちらが聞き手でどちらが受け手なのか――あるいは両方とも同じだったのかもしれないけれど――そうしている内に、姉弟で小屋まで辿り着いた。
ところで両親の元から無理矢理連れ出した姉は、弟にとって
えぇ。
その時は、少なくともそう振る舞っていました。
姉さんは両親が何をやっているか知っている。けれど、幼い弟は両親の仕事が何であるかなんて
だから、
それから、姉弟は仲睦まじく森の奥でひっそりと暮らしていました。
無論、そんな暮らしをしている姉弟にとっての暮らしの糧は自分達で採ったいくらかの山菜と、両親からの仕送りです。
僅かながらのおくりものと採集した分を足して、それを折半してようやく人並みの暮らしが出来るかどうかというところでしょう。
ですが、姉さんはその大半を弟の方に分け与えました。弟は日増しに見窄らしくなっていく姉の事を心配していた事でしょうが、姉は「可愛い弟の為だもの」と
その頃から
そんな暮らしが数ヶ月か、数年か、ともかく長い間続いてからその状態を堰き止めていたものが壊れました。
……大丈夫?
まるで、瘧に罹ったような出来事でしょう。心を保って。さぁ、先を紐解きましょう。それから先の夢は、酷く悲惨なものだから。
姉さんは、両親が無惨に殺された事でとうとう心が保てなくなり。弟に対する八つ当たりの感情や、自分が親の家業を継ぐという強迫観念に囚われていました。
家業というのは、要人の暗殺、略奪、捕虜への拷問や洗脳、とにかく、表立ってやるに憚られる後ろ暗い事。そんな事に手を染めても、家計を維持するのに手一杯だった。
……「私ならもっと上手くやってみせる」なんて、姉さんは、きっとそんな事を思い込んでいたのでしょう。
だから、弟を使って苦痛を与える事を訓練する事を思いつきました。どれが痛めつけるにもっとも効果的で、どれが物事を聞き出すのにもっとも効率的か。それは単なる建前で、心のどこかでは
手始めに
次第に
それから
真っ当な家族愛だとか、それには程遠い人形遊び。
そんな事を続けていたら、
だから、ねぇ、アルヴィ。
貴方は私の弟、
●』
異様に酷い夢を見た気がする。傍らにあった、同じような夢を見て目覚めた時に持っていた布紙を手に取る。血で書かれた『アルヴィ=ド=ラフス《Alvy=de=Lafs》』。おそらく自分の本名。
「…………」
本能的に「名乗ってはいけない」気がした。まるで大切な誰かの言いつけを破るような気さえして。
夢の中ではその名前を誰かから呼ばれていた気がするのだが、それがなんなのかよく思い出せない。
「……まぁ、大切な事ならいつか思い出すだろう」
そう自分に言い聞かせるようにして、アルヴァは朝餉の支度を始めた。