SS詳細
素敵なパーティを開こう
登場人物一覧
名も知らぬ小鳥が囀ずり、太陽が山の稜線からようやく顔を覗かせ始めた頃、彼女――ルミエール・ローズブレイドは目を覚ます。
小さい口にふたをしてもなお漏れるあくび。
はしたないと思われるかしら。けれどそれは生きているなら当たり前の事だから仕方ない。
だって、私は『ニンゲン』だから。――少なくとも姿かたちは。
大好きな大好きなお父様の娘。彼を守る剣。彼の眷属。
そして……彼の無聊を癒す為の
「おはよう、ルクス」
傍らで未だ寝息をたてているのは身の丈以上の体躯の狼だ。
昨晩共に物語を読み、語り合った彼を撫でれば、少しくすぐったそうに身をよじった。
その姿がなんだかおかしくて笑みがこぼれる。
さぁ、今日は何をしよう。やりたいことは沢山あるけれど、それをやってしまうと
冷たい水で顔を洗い、ブラシで髪を梳かしながら悩む。悩む。
「そうだ」
青天の霹靂。アイディアというのは突如天から降ってくる物のようで、それを思い立った次の瞬間にはお気に入りの洋服を身にまとって部屋を飛び出していった。
……部屋に白狼を一人、取り残したまま。
深夜から降っていたらしい雨はこの時間には上がり、水溜まりや草木に滴る露は太陽の光を反射してキラキラと煌めいて見えた。
雨によって洗われた空気を吸い込む。生まれたてのこの世界はどこか新鮮だった。
そんな街並みを縫うように、踊るように。足取り軽やかに少女が街を駆けていく。
彼女が街を駆ける理由。眠気で動かない頭を駆け抜けた一筋の電流。
何が必要だろうか。思い浮かべながら指折り数える。
(美味しいお茶と、甘い甘いお菓子。それから……)
早く早く。退屈な毎日を彩る一時。何でもない日を祝う『お茶会』を開く準備をしなきゃ!
次から次へと思い浮かぶ
それだけが失策だったな、なんてことが頭を過ったけれど後悔してもどうしようもないし。
(最低限のものを揃えるだけにしよう……)
最近見つけたお気に入りのお茶屋さんの紅茶と、以前に偶然通りかかったパティスリーのお菓子。
お気に入りとお気に入りを組み合わせたらとても素敵なお茶会になるはず。
「……そうだ!」
更にひとつ思い立って、フフフッと笑みが零れる。
思い付いた。思い付いてしまった、素敵な事!
荷物は増えていくが、彼女の歩が重くなることはなかった。
『全く……気まぐれなのはいまに始まったことではないけれど……』
ルミエールが戻ってきて早々に聞かれたのは小言だった。
せめて一言、声をかけて欲しかった、と。
深く長い溜息をついた
「気まぐれだなんて失礼ね、やっぱりあなたは意地悪だわ」
そんな口は塞いでしまおう。キャロットケーキを彼の口元に持っていけば、暫く無意味な攻防が繰り広げられた結果、観念したように大きな口を開けてそれを頬張る。
「おいしい?」
『まぁ、うん……いや、そうじゃなくて』
ニンゲンでいうところのツッコミを入れる。
そもそもルミエールよりも体躯の大きな彼だ。開かれた口は彼女を飲み込みそうなほど大きく、骨を砕いてしまいそうなほど牙は鋭利だった。
しかし彼はもちろんそんなことはしないし、彼女もそんなことにならないことは識っている。
『……それで、今回はどんな素敵な案を思い付いたんだい?』
暖簾に腕押し、猫に小判。あるいは、豚に真珠……無意味という意味を持つ言葉は数あれど、それはきっと今の彼女のことを指すのだろう。
「ほら、お父様は休むのが下手でしょう?」
確かに。肯定する代わりに尾をパタリ、と下ろす。
「だからお父様に休んで貰いたくて、少しでも休んで貰いたくて」
一時でも羽を伸ばしてほしい。そう思って、そうして思い立ったのがお茶会だった。
美味しいお茶とお菓子と、語らう相手がいればいくらか気が休まるというものだ。
それから……それだけではない、『とっておき』の準備も万端だ。
なるほど、一先ず理解はした。納得はしていないが。尻尾を再びパタリ、と振った白狼は『ところで』と話を振る
――今日、その人物は遠くへ出ているのではなかっただろうか?
あっ、と。小さく漏らした声が大きく響いた。
ルミエールが『お父様』と呼び慕う人物が運営する商人ギルド
そこに出入りする
故に今の状態の彼女を苦笑い半分、微笑ましく見守る半分と言った風に見守っているのがほとんどだった。
彼女をよく知らない人物からしてみたら、かわいらしい少女がふてくされているように見えるだろう。
実際、そういったように見えるよう仕向けているのだから間違いはない。
彼女は
だから彼女は時折いたずらを仕向ける。
それは物の置き場所を変える程度の小さなものから、相手に
嫌いな人に小さないたずらを仕掛けて困っている姿を見るのは楽しいし、好きな人達に酷い事をするのも嫌いじゃない。
自分がしたことに
以前……、あるいはつい最近だったか。顔見知りか、それとも赤の他人だったか忘れてしまったがこういわれたことがある。
――君の本質は『良い子』だね、と。
思いつきで色々やってみる。それが不意であれ故意であれ。結果、おもしろ可笑しいことになればそれを喜び、ひとしきり笑った後に決まって、心の中に靄のようなものがどんよりと立ち込めるのだ。
自己嫌悪、と言うのだろうか。それが自分の中に残った良心で、本質であることは『お父様』から教えてもらった。
何にも興味を持っているようでいて、何にも興味を持たないヒト。
人間の在り方をただただ愛するヒト。
今回のお茶会だって、――本人がここに居れば見透かされてしまうかもしれないが、そのヒトの為だった。
何時も人を観て、人を視ている彼に、ほんの少しの休息をプレゼントするためのお茶会。
……だというのに。
「お父様がいないなんて、チョコレートの入ってないチョコレートケーキだわ……」
魔法のかからないファントムナイト、果てがすぐに訪れてしまう迷宮。読んでも読んでも終わらない物語……は、すこし気になるけれど。
思考をあちこちに飛ばしながらも、ギルドの一角に置かれた椅子にちょこんと座って机に臥せ、ブツブツと文句を言う。
『だからせめて、思いついた時に私に一言声を掛けてくれればよかったのに』
これほど落ち込むなんて、思ってもいなかった。言わなければよかった。いや、言わなくてもいずれ気付いたことではあるだろうが。
寄り添う白狼が、その耳をわずかに下ろしている。よく見れば尾も力がないように見える。
責任を感じているのだろうか。そんなこと、あなたが感じる事はないだろうに。
「……あー、もう!」
暫しの沈黙ののち、ルミエールはガバリと上体を起こす。
「もう! もう! それなら待つわ! 帰ってくるまで寝ないで待ってるんだから!」
バタバタと慌ただしく靴音を立てながら、2階の自室へ戻っていく。
その様子を見つめる人影があったことを、彼女は気づけなかった。
意地の悪いヒト、と言うのはこういったモノの差す言葉なのだろう、と白狼は思った。
時刻は深夜。待ち続けていた少女は結局眠気に勝つことができなかったようで、自室の窓辺に置かれた椅子に座ったまま眠りの世界へと旅立っていってしまった。
その傍らのテーブルは、やや不器用な包装がされた小さな包みを乗せて。
そんな彼女の、ブロンドの髪を梳く白く細い指。銀色の糸のような髪の隙間から覗く柘榴色の瞳はただただそれを愛おしそうに見ていた。
『わざと、でしょう』
本当はもっと早く、戻って来れたはずだ。否、戻ってきていただろう。
それなのにこんな時間まで姿を見せなかったのは、故意にではないか。白狼が問えばソレはカクリ、と首をかしげて笑うだけだった。
寂しい思いをさせてしまったのだろうか、彼女の目元でとうに乾いてしまった涙のあとをそっと拭ってソレは言う。
――愛しい愛しい
そして近いうち、今日の埋め合わせとして君の大好きなヒトたちと共に、盛大な
何でもない日を祝う、特別な