PandoraPartyProject

SS詳細

白い雪と黒い影

登場人物一覧

ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
エル・エ・ルーエ(p3p008216)
小さな願い

 なんてことはない大好きな冬の一日。
 雪が降る幻想の街をいつも通りエル・エ・ルーエは、お気に入りのファーの着いたコートの裾を翻しながら散策していた。
 街はもうすぐやってくるシャイネンナハトの準備で忙しく、買い物帰りなのかたくさん食材を詰めた紙袋を持って行き交う人々の姿がちらほらと見受けられる。
 その姿を見てエルもまたその日に思いを馳せた。
 当日はどうやって過ごそうか。ご馳走を並べてお友達をたくさん呼んで。
 そうだ、プレゼント交換なんていうのもいいかもしれない。
 ご機嫌なエルに合わせて彼女の周囲に降るのは雪の華。
 そうして想像にのめりこんで歩いていたのが良くなかったのだろうか。

「……ここ、どこでしょう?」
 瞬きをして辺りを見渡してみればそこは薄暗く、古い建物が多い路地裏の様であった。気が付かぬ間に迷い込んでしまったらしい。陽光が入りづらいのか、どこか鬱蒼としたその路地裏は錆びついた金属の柱だとか、蜘蛛の巣が張った窓硝子があちこちに点在し近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
 きゅっとコートの裾をエルは握りしめた。正直心細くて怖い、踏みこんだら帰れなくなってしまうのではないだろうかという恐怖。けどその怖さと同じくらい、うずうずと冒険心が疼いているのも確かで。
「えいっ」
 悩んだ末に、エルは小さな冒険に踏み出すことにした。
 ――これは白い光の少女と黒い影の少女の邂逅の物語である。

 きょろきょろと路地裏を見渡しながら進んでいく。
 ブーツの踵が固い地面を蹴る度に、その音が静かな空間へと反響しては消えていく。エル以外には誰も外に出ていないようで人通りは無く、まるで此処だけ幻想の街から切り取られてしまったかの様だ。
 びゅうと冷たく寂しい風がエルの髪を揺らして、いったん鳴りを潜めた心細さがまた顔を出す。
 やはり帰ろうかと、エルが踵を返そうとした時であった。

「……?」
 ふわりとエルの鼻孔を好い香りが擽った。
 温かくて香ばしくて、少しほろ苦い――珈琲の香りだ。
「誰か、いるのですか?」
 問いかけに答えは無い。なのでエルは踵をもう一度前に向けた。
 もしかしたら道を教えてくれる人がいるかもしれないと思ったのだ。
 珈琲の香りを辿り、右へ左へ。角を曲がって門らしき何かを潜り抜けて。
 時々躓き、石に足を取られそうになりながらも、誘われる儘に前へ前へ。

 そうして辿り着いた先にあったのは殊更に古い建物。
 廃墟と言っても差支えがないような場所であった。
 人の気配は全くしないが、珈琲の香りは確かにこの中へと続いている。
 ごくりと生唾を飲んで重々しい木製の扉を小さな手で押し開く。
 一歩踏み出すと古びた床がギシリと音を鳴らし、まだ昼間の筈なのに、世間からその姿を隠す様に幾重にも重なった遮光カーテンの所為で薄暗い。珈琲の香りが更に濃くなって頭がクラクラしてしまいそうだ。
「お、お邪魔、します」
 誰に言うわけでもなく、小さくお辞儀をしてエルは顔を上げた。
「こんにちは、お嬢さん。こんな胡乱な場所へ一体何用で?」
 エルの目に飛び込んできたのは暗闇に浮かんだ怪しく光る赤い眼だった。
「わわっ」
 びっくりして若干後退ったエルに赤い眼の持ち主――ヴァイオレット・ホロウウォーカーはヒヒヒと特徴的な笑い声をあげた。顔の半分ほどを覆うヴェールが笑い声に合わせて僅かに揺れている。
 カツカツとヒールの音を鳴らしてエルに近づいたヴァイオレットの赤い眼がエルをじっくりと見定めるようにすっと細められた。
(高い魔力を持っているのを見ると一般人ではないのでしょうが……あの無垢そうな瞳は放っておくと悪意につけこまれそうですねえ)
 この辺りは薄暗く、憲兵の目も届きにくい治安の悪い場所である。
 其処をこんな何も知らないような身なりの良い少女が一人で歩いていたら、そういう輩・・・・・にとって獲物以外の何物でもない。
 幸いまだ日は高い。少し脅かしてさっさとお帰り願おうとヴァイオレットは考えた。
 一方エルはヴァイオレットにそう思われているなど露知らず、改めてペコリと礼儀正しく頭を下げた。
「ここは、コーヒーのお店ではなくて、占いのお店だったのですね。エルは覚えました」
 相変わらず珈琲の香りは濃いけれど、店内は確かに占いの館の様だ。
 向こうのくすんだ金色のカーテンの向こうには占いをするのだろうか、魔法陣の様な物が刻印されたテーブルがあり、その上には髑髏、薄紫の薔薇の花にちろりと火が揺れている燭台。それから何か地球儀によく似た何かが乗っている。
 普段では滅多に見れぬであろう本格的な占い道具の品々にエルの星空を思わせるグラデーションがかった瞳がキラキラと輝いた。そのあともう一度、エルはヴァイオレットに挨拶をした。
「初めまして、占い師さん。エルは、道に迷ったので、ここにやって来ました」
「そうでしたか、道に迷ってこんな所まで。難儀でしたねアナタも。」
 天井から下がった星の飾りを指で軽く弄びながらヴァイオレットはエルに告げる。
「見ての通り此処は、光を拒絶した寂れた闇の館なのです。アナタのような可愛らしい方はあっという間に呑み込まれてしまいますよ。早くお帰りになられた方が宜しいのでは? 道なら教えて差し上げますから」
 わざと意地悪そうにヴァイオレットは帰る様に促す。が、エルはまったく気にしていない様だった。それどころか少し興奮した様子でヴァイオレットに詰め寄る。
「占いは、エルも興味があります」
「おや」
 思った以上に肝が据わっているのか。はたまた鈍いのか。
 警戒心を何処かに置き忘れてきたか。
 いずれにせよ、占いという言葉ワードはどうやら目の前の純真無垢そうな彼女の好奇心を刺激してしまったらしい。
「まあ、それならそれで良いでしょう。占いに興味があるのであれば受けていくと良いです。珈琲でもお出ししましょう」

 物怖じしないエルに興味が引かれたヴァイオレットはコーヒーミルの下敷きになったタロットカードの束を雑な手付きで引き抜いた。一旦それらを横に適当に除けて、珈琲豆の詰まった硝子瓶を取り出す。
「珈琲はブラック派ですか? それともミルクとお砂糖はいりますか?」
「あ! 欲しい、です! ブラックは、苦手、です……」
 前半は元気良く、後半はしょんぼりと小さくなったエルに微笑みながらヴァイオレットは硝子瓶から豆を匙で掬い、銀色のホッパーに入れて一定のリズムで回す。
 自分が飲むときは割と適当に挽くことも多いのだが、今回はお客様・・・に出す物なのだからと。彼女の善性が丁寧にゆっくりと挽くことを選んだ。
 惹かれた瞬間に強くなった珈琲の香りにエルはそわそわとし始める。
 エルはエルで目の前のヴァイオレットに興味津々であった。
 年の頃は自分とそう変わらないだろうか。なのにスラリと脚が長くて、褐色の肌と白い雪のようなサラリとした長い髪は同じ女性であるエルから見てもとても綺麗だ。
 童話に出てきた魔女の様な出で立ちが良く似合っている。
 何故こんな廃墟ところに一人でいるのかはわからないが、悪い人ではないのであろうとエルは素直に思った。
 その様子を横目に見ながらヴァイオレットはドリッパーの上にフィルターをセットし、挽いた粉を零さぬ様に入れる。沸かしておいたお湯をまた一定のリズムでゆっくりと入れ続ける。
 抽出された珈琲がゆっくりと溜まっていき、ドリッパーの中に少し液体があることを確認してヴァイオレットはドリッパーを取り外した。
「全部出さない、ですか?」
 いつの間にか近くに寄って見ていたエルが興味深そうに尋ねてきた。
「最後まで出し切ってしまうと雑味が入ってしまいますので。この位で止めるのですよ」
 質問に答えてやりながら、ヴァイオレットは今度はソーサーとティーカップを取り出す。
 月と星が描かれ、取っ手に繊細な細工が施された其処に珈琲を注いで、ミルクと角砂糖を入れてやった。
「さ、どうぞ」
「いただきます」
 両手でそうっとカップを持ち上げてゆっくりとエルは口づけた。
 熱くてちょっとだけ大人な味わいの珈琲はとても美味しくて、寒さに凍えた指先を溶かしてくれる様であった。ほう、とエルの口から安堵したような溜息が漏れる。
「美味しい、です。あったかくて、ほわっとします」
「お粗末様です……では、本題へまいりましょうか」

 一旦除けておいたタロットカードをヴァイオレットは手に取った。
 何枚か床に落ちたソレを拾い上げトントンとテーブルに打ち付けて向きを揃える。
 アンティーク調の革張りのチェアに腰かけ、エルにも座る様に促した。
「さて、何を占いましょうか?」
「うーん、うーん……占って欲しいことが、すぐに思いつきません」
 椅子に座ってから難しい顔で唸り出したエルにヴァイオレットはくつくつと喉の奥で笑う。
 真剣に考えている表情はころころと変わって見ていて面白い。
 真似しようと思っても皮肉れた自分には到底無理だろう。
「うーんうーん……じゃあ、明日の運勢を、お願いします」
 暫く悩んだ末の答えがなんとも可愛らしい物で、ヴァイオレットはその純真さに今度は眩しそうに目を細める。疑うまでもない、彼女は善人だ。そしてヴァイオレットは善人は嫌いではない。
 手慣れた様子でカードをシャッフルし、魔法陣の上に規則正しく並べていく。
 行儀よく並んだカードを第三の瞳で見下ろし覗き込んだ。
 黒い影を纏ったタロットが映し出す運命、ソレを支配するヴァイオレットの細い指。
 占いの行方を見守る緊張した面持ちのエルの周りに少しだけ勢いを強めた幻想の白い雪が降る。
「アナタはどんな運命を抱えているのでしょうかね?」
 さぁ、この少女の明日の運勢はどうだろうか。
 悪運に愛されるか、特に代わり映えしないか、はたまた幸運が降り注ぐか。
 ――引き抜かれたカードが持つ意味は二人だけが知る。




 

  • 白い雪と黒い影完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年12月18日
  • ・ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470
    ・エル・エ・ルーエ(p3p008216

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