PandoraPartyProject

SS詳細

Axion Estin

登場人物一覧

華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
蒼剣の秘書
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先

 華蓮・ナーサリー・瑞稀の胸の中には嫉妬が渦巻いている。
 それはあの絶望の海を前にした時からだろう。荒れ狂う波濤、畏れ慄く心を支えるものさえない、呆気もないほどに命が奪われていく光景――華蓮にとって、それは怯えと畏れの象徴であった、筈だった。だが、仲間達は臆すること無く駆け出す。
 を奮い、大罪と、冠位と呼ばれた大魔種へ向けて攻撃を重ね続けていく姿。
 を残すように、伝説が紡がれる刹那。
 それは、彼女の胸の奥底に溜め込んでいた嫉妬を破裂させた。その戦場に立っていた魔種が偶然にも嫉妬アルバニアであったことなど関係ない。乙女ならば誰もが抱くであろうその複雑怪奇な感情は仲間に対して止め処なく溢れるようになった。誰も彼もが隣の芝は青い。自分は劣っていると思えるほどの、心模様――


 クォーツ修道院はガブリエル・ロウ・バルツァーレクが治める領地の一角『セキエイ』に建っている。
『サピロス森林』には聖涙湖、星鏡湖等と呼ばれる『オデットレイク』が存在し、その畔で祈り捧げ、豊かな自然を守るために存在して居るのだという。その習わしを聞きながら華蓮はときおりクォーツ修道院を訪ねることとしていた。
 それは、共にイレギュラーズとして活動するクォーツ修道院のシスター・リアの手伝いをとしたいという華蓮たっての希望だった。子供達の相手をするのは嫌いではなく、家事も得意にしている華蓮にとって「任せて欲しいのだわ」と胸を張って向かった筈のその場所で、柘榴のように簡単に心はぱちりと弾けてしまうのかもしれない。
「こんにちはリアさん、今日もお邪魔させて頂くのだわ」
 淑女のようにスカートの裾をそうと持ち上げて微笑んだ華蓮にリアは「いらっしゃい」と笑みを浮かべる。その傍らにはドーレ・クォーツが「こんちは」とぶっきらぼうに華蓮に頭を下げた。
「あら、ドーレも元気にしていたのかしら? 今日は前に約束したから、皆にパンケーキを焼きに来たのだわ。
 ミファーとファラが手伝ってくれると言って居たかしら……二人は何処に?」
「ん……今、外でシスターを手伝ってシーツを干してるって」
 ちょっと待てというように無言で室内を覗き込んだドーレがソラやラシードに確認をしたのだろう。リアを覗いた孤児院の年長組にあたる二人の少女はせっせとお手伝いを行っているのだという。
 ぶっきらぼうと言えども『兄』としての意識は強いのだろう。ドーレは「俺が代わって呼ぼうか」と華蓮に問い掛ける。『妹』達が楽しみにしていたことを彼とて知っているのだろう。
「ふーーーーん、随分優しいことで」
「うるせー、ガサツで狂暴なリアには出来ない気遣ッ――モゴモゴッ、やめ、おま――ァッ」
 がし、と頭を捕まれたドーレがリアの腕の中で藻掻いている。「この野郎」と笑みを浮かべてじゃれるようにぎゅうぎゅうと頭を締め上げるリアにドーレの頬が赤くなったのは気のせいではない。屹度……。
 くす、と笑みを浮かべる華蓮は「じゃあ、お願いしようかしら?」と微笑んだ。
「あ、私は少し出なくちゃいけなくてね。リア、それから華蓮さん。すまないけど子供達をお願いしても良いかい?」
 シーツを干すのを代わったドーレの代りに顔を出したシスター・アザレアにリアは「はいはい」と頷いた。華蓮も「お任せ下さいなのだわ」と微笑みを浮かべた。リアのイレギュラーズとしてのたまの休みに合わせて修道院を訪れた華蓮。そんな二人を見て、子供達を任せて総ての買い出しを行おうとアザレアは考えたのだろう。
「何買ってくるの?」
「お菓子は?」
 年少組である子供達が「先生シスター」と彼女の足下で微笑んでいる。ソードとレミーを窘めるように「こっちにおいで」と傍から覗いていたノノはリアを見つけて「今日は何をして遊ぶ?」と少し辿々しく聞いた。
 彼女はイレギュラーズ達によって保護された少女だっただろうかと華蓮は思い出す。天義で野犬と共に彷徨っていた少女をクォーツ修道院で保護し、笑みを浮かべるまで慈しんだのだろう。
 それも、リア・クォーツの慈愛と、活躍の成果なのだろうかと華蓮はノノを見遣ってから笑みを僅かに硬くした。悟られぬようにと瞬きと共にその感情を飲み込んで「リアさんはノノ達と遊んでくる? それとも、ノノもこっちで一緒にパンケーキを作るかしら?」と問い掛けた。
 キッチンではエプロンと三角巾を付けたミファーとファラが「華蓮さん、早くぅ」「おねえちゃん、まだー?」と甘えるように呼んでいる声が聞こえる。華蓮に声を掛けられてびく、と肩を揺らしたノノは「えっと、リアおねえちゃんと遊ぶ」と唇を震わせた。
「ノノ。ガロのお墓の掃除は?」
「今日は、まだ……」
「なら、先にそっちをしようか。じゃあ、華蓮はアイツらの事を宜しく。パンケーキ、楽しみにしてるから」
 にこりと微笑んだリアはふと、違和感の音色クオリアを感じ取った気がした。それが華蓮のものであることには気付いている。旋律かんじょうは変化しやすい。だが、華蓮がどうしてざわめく心をひた隠しにして笑みを浮かべているのかも分からない。
 クォーツ修道院の中でぬくぬくと育ったリアはある意味で幸福者だった。優しいシスターに可愛い弟妹。平和を象徴するこの場所はアザレアによる功績も大きいのだろうが、子供達には恐怖や不安という幸福以外の感情ふこうというそれを感じさせるも、感じることもさせなかったのだろう。故に、リアは華蓮の抱いたその感情の意味に気付けずに居る。
 それは――嫉妬、という。リアに明確に向けられた華蓮の堪えきれない旋律であってもだ。

 ノノに手を引かれて走っていく背中に苛立った。8人のイレギュラーズが黄泉返り事件で救ったという孤児の娘。言葉も知らず獣の如く、友人であった『ガロ』を奪われまいと立ち向かった彼女。その心を癒し、修道院ではあのようにリアに甘えて見せている。
 リアにとっては「此処での暮らしがよっぽど合ったんだろうね」程度のことだろうが、華蓮はノノの顔を見たときにはっきりと分かってしまった。彼女は、優しい。母のような深い愛で『弟と妹』に接している。同時に、ガロという生き物の死を彼女にしっかりと教え、墓に眠る友人を悼み慈しむ心を孤児の少女に教えている。
 華蓮にとって『母性』とは自身の誇れる部分であった。母のように深い愛で誰もを慈しむ。涙を流す者を抱き締め、腹を空かした者には施しを。助けを求めて手を伸ばす者に対してはその手を握り安心を与えることこそが、自身の役割であると、そう思っていた。其れでも、こうして『ノノ』という少女に向けられた優しい愛情を見る度に華蓮は愕然とするのだ。
(ああ、私は――全然なのだわ。リアさんのように深い愛を注げることもなく、醜く嫉妬する……)
 キッチンに向かって平然と微笑んでパンケーキを作る華蓮は一生懸命に泡立て器で小麦粉を混ぜている二人の少女を見た。幸せそうな赤らんだ頬。リアや、ドーレ、それから家族のためにと懸命に作って見せる二人。
 その幸せは、リアやアザレアの愛によるもので――彼女らが迷わずに済んでいるのは、彼女らの強さのお陰で。

 ……そうだ。総てに於いて自分が劣っていると、そう思ってしまった。
 母の愛だけじゃない。
 イレギュラーズとして戦う彼女は、凜として自分の意志を曲げることはない。何よりも懸命に誰かを救うために戦場に立っている。リア・クォーツという娘は誰かを支えるために戦っていると、そう華蓮は認識していた。
 故に――そう、故に、を、その差を感じてしまうのだ。敗北感とは違う。傍で見ていた彼女は只、苛烈に心を燃やすその芯の通った一本の道を進む。その姿を見れば、華蓮は「ああ、なんて凄いのだろう」と感じるのだ。そして、「ああ、なんと――なんと妬ましいのか」と考えてしまうのだ。
 そんなことを考えるためにここに来たのではないというのに!

「華蓮さん?」
 どうかしたの、と問うたミファーとファラが首を傾げている。華蓮は「何にもないのだわ。上手に混ざっていると思う」と微笑んだ。嬉しそうに笑みを綻ばせる二人の前で、汚れた感情など晒し出したくはない。
「次はどうしましょうか。折角だから味を色々作ってみると面白いかも知れないのだわ。
 チョコレート味とか、パンプキン味だとか、にんじんが苦手なこはキャロット味で食べれちゃったと吃驚させてもいいかもしれないのだわ。どう思う?」
「とってもおもしろいとおもう! ソードのこと驚かせよう」
「ノノはきっと、色んな味のパンケーキを食べたことがないから小さいのを作っても良いね」
 少女二人がこそこそと話し合う様子に「ステキなのだわ」と華蓮は微笑んだ。心の綺麗な彼女たち。キッチンから窓の外を見遣れば、小さな子供達と共に追いかけっこをするリアが居る。――いや、アレはドーレがまた余計なことを言ったのだろうか。大騒ぎしているようにも見える……が、何にせよ微笑ましい光景な事には違いない。
「ほら、外に皆いるのだわ。手を振ってみる?」
「えー、出来るまで秘密にしようよ」
 ね、と華蓮を窺い甘えた二人に華蓮はそうねと微笑んだ。ならば、秘密にしましょうと指切りしてこそこそと準備を整える。色とりどりのパンケーキが出来上がれば二人も、そして外で遊んでいる子供達も喜ぶだろう。
 今はその笑顔を見ることだけを考えていよう。汚いものには蓋をして――見たくない、知りたくもない心は、今はごっくんと飲み込んで楽しいだけに満たされていたいから。
 少女達とパンケーキを作りレシピを教えれば、いざ実食と言わんばかりに子供達が駆け寄ってくる。準備を整えて「さあ、一杯あるからゆっくり食べて欲しいのだわ!」と微笑んだ。美味しいね、と微笑んでくれる子供達を見るだけで心が躍る――その一方で、子供達の信頼と、それを得るリアを盗み見ては燻る心を鎮めるように紅茶を喉奥へと流し込む。

 ―――――
 ―――

「こんな汚い物が私の中に積もっていたなんて、知りたくなかったのだわ……」
 呟きと共に影が伸びた。夕日に照らされて、足下が昏く昏く、鎖されていく。その感覚の中で華蓮はふうと息を吐いた。
 嫉妬とは、どうしてこうも恐ろしいのか。それでも、渦巻く心をひた隠しにしたままに、少女は進む。
 停滞の澱、刻を止める事さえ赦されない人間という生き物のさが
 この心が向くのはリアだけではない。仲間の誰にでも向いている。そのことを理解するからこそ、自嘲し、内罰的に苦心し続けるのだ。

 ――背後から足音がする。華蓮、と呼ぶリアの声に表情の失せていた華蓮の表情は僅かな色を取り戻した。
 旋律が、悲鳴を上げている。苛立ちと、苦悩を溢れさせる。自己を嫌悪するかのような、そんな響きだ。
 それでもリアはをして――否、本質的にはその感情がどのようなものかを彼女は気付いていないのだ。その感情に、リアは縁が無かったからだ――微笑んだ。
「華蓮、これ。アイツらがお土産に持って帰って欲しいって。それから、次も何か料理を教わりたいってさ。
 ……ドーレのヤツが『リアはガサツだからじゃがいもを素手で潰すだろうから料理なんて教えられない』って下の子に教えやがって……。まあ、アイツらも華蓮が教えてくれると喜ぶから……予定、合うときでも」
「……ええ。次は何が良いかしら? 今度レシピブックを持って行くから一緒に考えましょうって伝えて欲しいのだわ」
 上手く、笑えただろうか。いや、そんな事を気にしたって仕方が無いか。
 彼女は屹度、クオリアで感じ取っている。だからこそ、こうして追いかけて来た次を約束したのだ。

 ――何時だって優しくて、私にない強さを持っていて。こんな私にだって気を配れて。

 ――妬ましい。

 飲み込んだ。そんなことを彼女に言っても仕方が無い。そもそも、彼女は何も悪くないのだから。
 上手く笑えていただろう。屹度、作り笑いは女の子の嗜みなのだから。だから、どうか何も聞かないで。
「また、楽しみにしているのだわ」

  • Axion Estin完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2020年12月15日
  • ・華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864
    ・リア・クォーツ(p3p004937

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