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凍り付いた星空の下で
登場人物一覧
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人が集えば、酩酊を求める場は必然と出来上がる。
鉄帝・スチールグラード。冬の厳しい空気が透き通って見えるほどの暗く静かなガラス張りのドームの下、きつい酒を求めて集う闘士たちの姿がそこにあった。
どのテーブルも人がごった返し一人静かに過ごせそうにはなさそうだ。ならば一晩限りの語り合いを。そんな事を考えていた時、ふと見覚えのある顔が椅子を動かし着席を促しているのが目に入る。
「一緒に、飲む?」
女性はコーヒーリキュールの入った瓶を手に取ると空いていたマグにゆっくりと注ぎ、席に着いたこっちにそっと手渡した。
「私のお気に入りなの、でも、呑み過ぎちゃダメだよ?」
女性は言葉とは裏腹にどこか期待したような小悪魔的な笑みを浮かべ、更に数本のボトルを注文する。
それじゃあ遠慮なくいただくわぁとマグを傾け、舌が浸れば度数の強い酒の香りを感じさせないコーヒー豆の香ばしい匂い、そして甘い砂糖とミルクのハーモニー。
「うふふ、美味しいわねぇ」
頬に手を当て、押し寄せる甘美な幸せに浸ると彼女は気前よく、次の一杯を彼女に注ぐ。
「お金は大丈夫だから、一杯飲んで?」
「あら、呑みすぎちゃだめっていってたじゃないのぉ」
「……むー」
そんなゆっくりとした談笑の中、周囲の喧噪もガラスから通り抜けてくる寒い空気も忘れて二人笑って、気が付けばかなりの本数が転がって。そして後から酒を呑んでいるのだと思い知らされるように、強烈な酔いが回ってくる。
そうしているうちにふと、酒に揺らぐ思考に一つ疑問が湧いた。
「ねえ、さっきから空を眺めて、どうしたのかしら?」
「……え?」
女性はその言葉に目を開くと、視線をこちらに向けほほ笑む。
「うっかりしちゃってたね、多分、考え事してた……きっと、前の世界でよく飲んだのと同じ味だったから」
「前の世界? あら、貴女って……」
混沌証明はあらゆる存在を均等な大きさに均すが、その過去は多種多様。彼女は自然と浮かんだその疑問に頷くと、再び空を見上げて独り言の様に呟いた。
「うん。私はこの空の中の1つだった。だけど、眼を瞑れば夢を見る事が出来た。自分の背中の上なら、この姿でみんなと同じ大きさになれた」
「なるほどねぇ、それで良く飲んでたってわけねぇ」
すっかり茶髪に染まった髪をかき分けながら彼女に身の上話の続きを促すと、私は追加で運ばれてきたコーヒーリキュールを口に流し込む。
「星竜様、母なる大地。みんな私を見て、色々くれたの。その中に、こんな感じのお酒も、一杯……嬉しかった、でも」
彼女の瞳が潤い、星の光を反射し輝く。何か嫌な思い出も過ったのかとそっと彼女の躰を支えてあげる。
「もう言わなくても大丈夫よ、ね?」
「ありがとう」
私の方に彼女は肩をすくめて、大丈夫、と言葉を続ける。
「みんな
寂しそうな笑みを浮かべると彼女はこちらを見て、どこか申し訳なさそうにそう謝るのだ。
「アーリアさんも大変だったよね、ヒトの信じる思いは、時々、どうしようもなかったの」
嗚呼、彼女は私の中に同じものを、正義を信じ不正義を断ずる人の難しさを見てしまったのだ。かける言葉に迷った私に、でも、と彼女はコーヒーリキュールのマグを手に取った。
「この世界はいい方向に進んでる、みんながどうしようもない世界の流れを断ち切って。力が無くたって奇跡を起こし続けてる、だから、信じてる」
「……そうね」
私はふと、彼女がそうしていた様に空を眺め、ガラス越しの星に思いを寄せる。暗さに良く慣れた目には、無数の星が美しく輝いて見えた。
「ごめんね? しんみりしちゃって」
「別にいいのよぉ、全然♪」
そうして二人一緒に再び静かで幸せな時間を過ごそうとすると、周囲がやけに騒がしくなる。どうやら酒の回った鉄騎種たちが一気飲みを始めた様だ。
「みんな、本当に元気ねぇ」
「そうだね……えへへ、話、変えよっか」
こちらも明るくしようと彼女は人差し指を唇に当て、考え込み。ふと「そうだ」と何かを閃いたように頷くと、こちらに身を乗り出して。
「アーリアさんと仲のいい、あの人の話についてよく聞きたいな」
「えぇっ、ちょっといきなり過ぎないかしらぁ!?」
唐突な話題に慌て手を振ったこちらに桃色の髪の竜人は先程の曇り顔が見えぬほど楽しそうな表情を浮かべ、更にもう1本ボトルを注文する。
「暗い話よりはいいからね、二人だけの秘密にするから、ね、いいでしょ?」
「そ、それじゃあ少しだけよぉ、うぅ……!」
しまった、どうやら逃げられそうには無い。私は眠気も酔いも忘れて、夜が明け彼女の財布が空になるまで何本も楽しく飲み明かすと観念するしかなかった。
硝子越しの星たちはそんな私たちを見守るかの様に、天の空で瞬き続けるのであった――