SS詳細
愛の剣
登場人物一覧
●聖火
「――罪状、殺人、及びに心中遂行の意図。
シュルツ公爵夫人ベティーナ並びに其の娘、長女ブリュンヒルデの死亡。
以上を持って被告を殺人罪、自殺関与・同意殺人罪とする。異論のあるものは手を挙げよ」
(挙がるわけがないだろう。魔女裁判のようなものだ。俺は、何もしていないのだから)
「――挙手、無し。
拠って、アーデルベルト・ヴェルグリーズを死刑とする」
(俺は何もやってない。何もやっていないのに!!)
磔刑。脆い木の柱に吊るされたアーデルベルトは、傲慢な其の声に身を震わせ、涙を零した。
声を挙げたところで結果が変わるわけでもない。反抗したとあらば関わりのある友人すら見せしめに殺されるだろう。
無力。
人とはあまりにも無力なのだ。
強大な力を前にしては。
「罪人は聖なる炎で浄化せねばならないことは皆承知であると思う。故に、
其方、用意を」
「はっ」
司祭が言うあの剣とは、精霊剣と呼ばれるヴェルグリーズのことだろう。
俺は代々ヴェルグリーズを受け継いできた。其の苗字も剣あってのものだろう。
俺が大切に磨いてきた剣で俺は始末される。そんな馬鹿な話が有っていいものか!
嗚呼、嗚呼。ヴェルグリーズ。
もしもお前にこころがあるのならば。
俺が、これから
俺にとっての世界は、お前と共にあったのだから。
●微睡
俺を愛してくれる声がした。
俺を呼ぶような声がした。
嗚呼、そうだな。そんな気がする。
あまり覚えていないんだよ、正直。
だけど、そうだな、言い表すならば。
『気まぐれ』って、とこかな。
●業火
地獄のような光景が広がっていた。
嘗て広がっていた赤い赤い葡萄畑は見る影もなく、只々赤い炎がすべてを燃やさんと息巻くばかり。
「凄い火だ、鎮火が収まらないッ!」
「我々の班は西へ向かう、其方は東から!」
「応! では俺達の班は二手に分かれ南北より避難経路確保の為の鎮火、並びに生存者を探しに向かうぞ!」
「「応!!!」」
幻想の天球を染める紺碧も焦がしそうなほど、遥か上空までを焦がさんとする勢いであった。
その炎はいつかの踊り子が地を染めたあの赤に似ていただろうか。呪うような、願うような赤であった。
「此の家屋は全焼です、もう誰か生きているとは到底思えない……糞!」
「どうしてこんなことになっちまったんだ」
「火の不始末か? 其れにしては馬鹿でけえ」
「屹度放火魔に燃やされたに違いねえよ。其れよりも、だ。
俺達も燃やされかねえ、気を引き締めていくぞ!」
「ああ!」
消防隊が駆けつけた頃には遅く、村の全土が其の炎に包まれていた。只奇妙なことに、其の炎は村から外へと飛び火するようなことはなく、村のみを焦がすための炎であるかのようだった。
おかげで鎮火は容易くなると思われていたが然し、
鎮火せず只人命の救助を尽くそうとする消防隊員程強く強く燃やされてしまう。そんな火はまるで呪術の類のようであった。
●激昂
俺の怒りは止まらない。
磔にされた己の腕がうっ血していることを察していた。
だがもう、俺は。
俺は、此の村を滅ぼすまで、腕がもげようと足が折れようと、進むことを決めたのだから。
「此れより罪人の処刑を執行する。皆前へ」
『ねぇ、』
「罪人よ悔いるがいい。己が犯した罪を」
『力を貸してあげるわ』
「いざ――――」
『気の向く儘に壊しなさい』
キィン
剣が火種を生み、俺の足元にある枯草へと燃え移った。
俺の耳に纏わりついた女の声が俺の内側を壊してしまった。
只怒りにくれながら、其れでも俺が壊そうと思った村を。俺が壊すとそう誓ったことを。
現実に変えてしまうような力を得たのだ。
肌が焼かれる心地がした、かもしれない。
熱い、ような気もする。
「ば、馬鹿な……」
「俺は」
「悪魔め! 聖水の用意を――」
「彼女を」
「殺してなんか、ないんだ」
司祭の顔は怯えに満ちていた。
其の血走った瞳から見受けられる感情は侮蔑、嫌悪、怒り、憤り、嘆き、混乱、だろうか。
罪を罪とせず、正義を悪と非難するような聖を俺は許せない。
そして、其れを善としたこの村も。
だから。
「俺が、終わりにするよ、ヴェルグリーズ」
●恋慕
アーデルベルトとブリュンヒルデは恋仲であった。
しかし、葡萄商であり貴族のブリュンヒルデとただの剣守とではあまりにも身分が違いすぎる。
其の恋は女の母と男の信頼のおける友人、そして両親にのみ伝えられ、受け入れられ、密かに育てられていった。
「ねえ、アディ」
「なんだい、リュン」
「わたしたち、幸せになれるわ」
「そうかな」
「そうよ。だって、あなたは父さまも認めてくださる立派な人間だもの」
「でも、俺は只の平民だよ」
「もう。身分なんか気にしていたら、わたしはこんな馬小屋で逢引なんてしていないわ!」
「はは、そうだね、すまない。愛しているよ」
「もちろん、わたしも。ねぇ、キスをしましょ」
「ああ。瞳を閉じて?」
「ええ……ん」
平和に、穏やかに育てられたその愛は、女の父親によって壊されてしまった。
「父さま」
「なんだい、リュン」
「わたし、結婚したい人が居るって言ったわよね」
「ああ」
「ならなんで婚約者なんて決めるの。此の家は借金もないから好きに男を連れて来いと言ったのは、父さまよね?!」
「其れは相手が貴族であるならば、だ。只の平民なんざ許されると思うな。リュンは賢いから私をからかっているのだろう?
今回ばかりは目をつぶってあげるから、な?」
ぱぁん。赤い紅葉が咲いた。
「……ブリュンヒルデ」
「家を出ますわ。さよなら」
「待ちなさい」
「いいえ」
「待て」
泣いた女の瞳を拭うのは男の常であった。
かたわらに家宝たるヴェルグリーズを置き、女をぬくもりで満たして。
身体を重ね、男の唇は女へと愛を囁き、女は男を求める。
朝帰りなんて褒められたものではないから、と母の部屋で寝たことにしたのは何回あるだろうか。
今となっては母がぶたれているかもしれない。それでも。
「母さまは逃げろとおっしゃってくれたの。だから」
「嗚呼、逃げよう。リュン。愛しているよ」
「いいの?」
「嗚呼。無いといいとは思っていたが、いざということがあっては困るから、逃げる用意もしておいた」
「嗚呼……!」
扉を開いたのは男の友であった。
女と男は海洋へと逃げた。そうして、穏やかで緩やかな時を刻み、二年がたとうとしていたときのことであった。
女が連れ帰られてしまったのは。
●欺瞞
「リュン!!!!」
男が友と共に帰郷したとき、女もその母も冷たくなっていた。
男は震え、父を殴った。
「お前か、お前か。妻も娘も殺してしまったのは、貴様か」
「とぼけるな、貴様だろう。
わが娘を拉致し、逃げたところを追いかけ、そうして私の最愛の妻まで奪っておいて」
「お前こそとぼけるな!!」
押し問答、殴り合いも叶わず、二人は司祭の元へと連れられて行った。
男と父の語ったすべて。
明らかに男が正しいのは目に見えて明らかであった。
なのに。
「アーデルベルト。今からお前を捕縛します」
「は?」
「悲しいよ。まさか、剣守が、こんなことをするなんて」
「どうして」
「……こちらが、聞きたいよ」
のちに分かったことだが、父はこうなることを見越して司祭に多額の金を払っていたらしい。
男はこのことを聞いたとき、涙したという。
冒頭に至る。
男は無罪であった。
ただ、貴族の女を愛して、駆け落ちをしたというだけのありふれたストーリーだ。
それなのに。
男は、殺されてしまう。
そんな男の刃になったのが、ヴェルグリーズと、呼び声であった。
愛ゆえに落ちた。
もう帰らぬ女を其の母を想って。
「――――糞ったれ!」
●拝啓
嗚呼、ブリュンヒルデ。
今も思う。俺は間違っていただろうか。
死なないように友を逃がし、すべてを燃やした。
手を繋いだのはあそこが初めてだったなぁ。あの馬小屋も、口付けをした俺達の家も、遥か彼方に置いてきてしまったようだ。
瑠璃色の夜空が、綺麗だ。俺は、君を想っているよ。
だから、どうか、見守っていてほしい。
「やめろ!! 頼む」
俺にとって、君はひかりだった。
俺のたいせつなひとだったんだ。
子供も欲しかった。しあわせになれるはずだったのに。
「な、なにを、す、う、うぐ、か、は、あっ、う、う、けほっ、おえ、っ」
すまない。
目を離していたから。
だから、今から、俺もそっちに行くよ。
待っていてくれるか、ブリュンヒルデ。
だいすきだ。
●憐憫
子孫ともなれば違う結末になると思っていたけれど。
俺は何度人を切ればいいのだろうね。
そろそろ此の地を離れられれば一番なのだけれど。