PandoraPartyProject

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俺の帰る場所、あたしの家族

登場人物一覧

リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
リア・クォーツの関係者
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 寒い、腹が減った。

 親に連れて行かれたラド・バウ。そこでの生活は最悪だった。
 まともな食事もなく、当時の俺よりもでかい奴らから勝てない苛立ちをぶつけられる日々。
――このままじゃ、ここで死ぬ。
 運が良ければ闘士としてのし上がれる可能性はあるが、今のままじゃ絶対無理だ。
「俺は……このまま、こんなところで死んでたまるか……!」
 ふらつきながら立ち上がると、俺は11歳にしては小さすぎる体を生かしてラド・バウから抜け出した。

 鉄帝にいれば、ラド・バウから追手がかかるかもしれない。
 そう思い、出来るだけ早く鉄帝を離れるために目についた荷馬車に忍び込む。
 どこに行くかなんて考えてなかった。ただ、早くこの地を去りたかった。

 着いた先は、今まで見たこともない緑に覆われた場所。
「ここは……」
 目についた馬車が幻想行きだったのは幸いだった。だけど何よりも幸いだったのは、その馬車がバルツァーレク領行きだったことだろう。後にセキエイ地区と呼ばれるその場所は、突然現れた俺を拒絶することはなかった。だけど、ラド・バウと違って寝る所も辛うじての食べる物もない。生きる為に必要なものは、自分でどうにかしないといけない。
 そこまで考えて、思わず自分に対して笑った。
 生きる。何のために?
 帰る場所も、待っている家族もいない。生きる理由もない。だけど――自分から死ぬ勇気もなければ、死ぬのが怖かった。
「バッカみてぇ……」
 死にたくない。
 思えば、その思いだけでここまで来た。
「一回ぐらい、腹いっぱい食ってみたいな……」
 ラド・バウに売られてから、いや、親と暮らしていた頃から腹いっぱい食べた記憶なんてない。いつも腹を空かせていた。
「ここは、鉄帝より食えるものあるかな」
 その日一日かけて得たのは、レストラン近くのゴミ箱には食える物がある。と言うことだった。


 ごみ漁りは数日しか出来なかった。それと言うのも、ごみ漁りに気づいた住民にスラムに追いやられたからだ。殴ってくる大人もいたが、ラド・バウにいた頃の八つ当たりに比べたらなんてことなかった。
「なんだ新顔か」
 だから、スラムで幅を利かせようとしてくる男のことも甘く見ていた。住民が本気で殴ってきていなかったことも、鍛えた大人でなくてもまだガキである俺が大人に勝つのは難しく、それも相手が複数であれば無理だということに気づかなかった。
「……ねぇ、邪魔なんだけど」
 ガキ相手に大人げなく暴力を振るってくる大人たちが満足するまで耐えていると、不意に女の声がした。
「大人の邪魔すんじゃねーよお嬢ちゃん。それともなんだ。お嬢ちゃんがこいつの代わりに相手してくれんのか?」
 げらげらと笑うその声に、こいつらもラド・バウの奴らと同じだと思った。
 自分より弱い奴に八つ当たりするしかできない。
「くだらねぇ奴ら」
 思わず零れた言葉は思いの外大きかったみたいで、女以外が殺気立つのが分かった。
「誰がくだらない奴だ?」
 刃こぼれした錆びたナイフを見せつけてくる奴もいたが、それを俺に向ける前に――
「人のこと無視するなって言われなかったの!?」
 唐突に、本当に唐突に動いた女の、見事なドロップキックでぶっ飛んでいった。
「な……!」
 突然のことに動けない中、女だけは胸を張っていた。
「邪魔だって言ってるのに、退いてくれないからよ」
「まずい、こいつはクォーツ院のシスターだ!」
 女の服を見て気づいた男が言う。それを聞いて他の奴らも引き下がった。
「礼なんて言わねぇぞ」
「助けて貰ったら有難うでしょう?」
「助けなんて求めてねぇよ」
「あら、そうかしら。でもいいわ。今回はそう言うことにしておきましょ。あたしはリア、リア・クォーツよ。あなたは?」
「……ドーレ」
 渋々名乗ると、女は満足そうに笑った。

 スラムに住み着いた俺は、元々スラムにいた奴らとうまく行かずに孤立していた。
 今思えば当然だろう。助け合って生きているスラムの住民と、人を信頼しない俺がうまく行くはずない。そんな俺だから、住民たちと揉め事は絶えなかった。
 だけど不思議なことに、俺が揉め事を起こす度にリアが来て住民との揉め事を解決していく。
 リアのギフトのことを何も知らなかったから、この時はタイミング良くスラムに来るリアを暇人だと思っていた。
「まったく……揉め事起こすの何度目よ」
「知らねぇよ」
「ドーレ、このままじゃ駄目よ」
 揉め事を起こす回数が二桁に乗ったぐらいだったか、突然リアが説教し始めた。
 人は人を信じないと生きていけないとか、甘っちょろいことだ。親を信じて先輩だと紹介された奴らを信じて、全員に裏切られた。だけどこいつは何度も何度も、俺がきついことを言ってもまたやってくる。
「アンタをこのままここに置いておくのは危険ね。うちにいれるにはちょっと大きすぎるけど、うちに来なさい」
 有無を言わさぬ態度で連れて行かれた先は、湖畔に立てられた修道院だった。
「……本当にシスターだったのか……」
「ちょっと、どういう意味よ」
「別に」
 暴力的すぎて、シスターとは思えなかっただけだ。
「まぁ良いわ。シスターアザレアの手が空くまで、ちょっと手伝ってよ」
「は?」
 連れて行かれた先にいたのは俺より年下のガキ共。籠を片手に野菜を収穫している所だった。
「みんなー。助っ人連れてきたわよー」
 良く通るリアの声を、近くにいたガキがやってくる。
「この子はドーレ。今日からみんなのお兄ちゃんよ!」
「は!?」
 突然のことに思わずリアを振り返ると、リアはにんまり笑っていた。
「新しいお兄ちゃんだー!」
「今日はこれ収穫終わったらあそぼー!」
 両手をガキ共に引っ張られ、日が暮れるまで畑仕事に遊びにと付き合わされた。

 湯気のたつ温かなスープにパン。それから歓迎祝いだと言って出された肉の塊。
「リアから話は聞いているよ。私はシスターアザレア。あなたの名前は?」
「……ドーレ」
 目の前に座るシスターアザレアは隙の無い老婆で、逆らえばリアの時以上にひどい目に合う気がした。事実、シスターアザレアの一撃はリア以上に強いと、後にその身で実感することになるのだが。
 リアの家族ということもあって比較的素直に名乗ると、シスターアザレアは優しく微笑む。
「ここに来たからにはあなたも私たちの家族です。だから、お帰りなさいドーレ」
 お帰りなさい。
 そんなこと言われたのは、初めてだった。
「今日からドーレはあたしの弟ね! あたしのことはリアお姉ちゃんで良いわよ」
「リアはリアで十分だ」
 感謝はしているけど、姉と呼べるかと言われたら恥ずかしくて呼べるわけがない。
「仲良くなるのは結構だけど、今日はドーレの歓迎会だ。折角頑張って作った料理が冷めないうちの頂こう」
 ぱんぱんとシスターアザレアが手を叩くと、全員が笑いながら料理に手を伸ばす。
「食べて、良いのか……?」
 温かい料理なんてどれぐらいぶりだろう。肉も、こんな大きな塊初めてだ。
「当たり前でしょ? 今日はドーレのためにみんなで頑張ったんだから」
 早く食べろと急かされて、フォークを肉に刺す。簡単に切り分けられたそれはハンバーグと言う名前の料理だと、後で聞いた。
「うまい……」
 冷え固まった脂ではなく、熱々の肉は簡単に口の中で解れていく。スープも、パンも、どれも温かくて、だけど何より、嬉しそうに見守っているリアたちの眼差しに涙が零れた。

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