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ファントムナイトの武器商人の話~つよがり~
登場人物一覧
あれあれすっかり遅くなった。空には星がキラキラ。何者ともつかぬ何かがヒラヒラ。今宵だけ空を彩るオーロラがユラユラ。今夜は天上さえも身を飾って、月は四角い。
武器商人はとぼとぼうかうか。胸にずっしりと重い思い。
そのせいか本日のそのモノは頼りなげな子どもの姿。身長より大きな杖には槌のような水晶。そいつにバスケットを引っかけて孤児院への道を歩く。夜道は暗い、暗いは明るい。少なくとも太陽とはそんなに仲良しじゃない。そうだろう、月、四角い月よ。こみ上げる何かをぐっとこらえて、孤児院の入り口までやってきた。
「頼もう」
なんて声をかけてみたり。
返ってきたのは静寂。まだ寝るには早いだろうに。静かなのは嫌いじゃないけど、静かすぎるのも困りもの。くりかえしドアをノック、どんどん、なのに返事もなけりゃこそりとも音はしない。灯りはついているのに、妙な話……。毛先へ行くにつれて透き通っていく銀の髪の下で、武器商人は眉を寄せる。
「何かあったのかね?」
問うたところで答えはなく、答えがないなら不法侵入。すっかり顔パスの身分だもの。どこに合いカギが隠してあるかもしっかり把握済み。だけどもシスター、玄関の鉢植えの下なんてちょいと安直すぎないかい? 一言物申してやろうと思いながら扉を開ける。
中に入ると、リビングのテーブルの上には飲みかけのホットココアが子どもたちの数だけ。それから空になったワインが6本。うん、なんだか嫌な予感。
「リリコ、リリコ、我(アタシ)のお気に入り、いったいどこにいるんだい?」
ここよと小さな声がした。
「リリコ、リリコ、我(アタシ)のお気に入り、いったいどこにいるんだい?」
ここよ、私の銀の月、と小さな声がした。
武器商人は何度も問いかけ、声の源を探す。するとリビングの壁にかけてある大きな風景画、それから聞こえてくるのだと知れた。
「……ここよ、ここなの、この中に居るの」
そばだてた耳に弱りきった声。
「どうしたんだい、何があったんだい、絵の中に居るだなんて、しかもこんなに雄大な景色じゃ、おまえたちは豆粒以下でどこにいるかもわかりゃしない」
「……そうなの、困ってるの。ファントムナイトだからって、酔っぱらったシスターがこの絵の中へ遊びに行っちゃったの。みんなも面白がって次々飛び込んだはいいのだけれど、肝心のシスターが寝落ちしてしまって帰り方がわからないの」
「なんだそんなことかい。それじゃ我(アタシ)が出口を作ってあげようね。この絵より大きな、キャンバスになるものは何かある?」
よ~く目を凝らしてみると、風景画の隅にハニーグリーンの点が見えた。周りのカラフルな点は他の子どもたちだろう。
「講堂に黒板があるわ。使えるかしら」
「じつに十全、充分、重畳。それでは画家のまねごとでもしてみようか」
本職にはかなわないとは本人の弁、裏を返せばなんでもそこそこできる。
武器商人はてこてこと廊下を横切り、講堂へ入った。深い翠の黒板はきれいに掃除されている。その新緑の様なキャンバスを前に、バスケットがぶら下がったままの杖を教壇に乗せてチョークを握る。
「さて誰から行こうかね。やっぱりなじみが深い者のほうがいいだろう」
黒板の中央へリリコの姿。祈るように両手を組み、目を閉じて。眠り姫みたい。ふと思いつきで白薔薇を描いてやればよく似合った。肩のあたりをつぼみで飾ったエンパイアドレス。おまえは白もよく似合うね。お次は何かと突っかかってくるミョ―ル。ハートの女王に白は似合わない、やっぱり赤。Aラインの赤いドレスに赤薔薇の絡まる杖など持たせてみる。おや、我(アタシ)ながらいい出来だ。
お次は小さなチナナ。ふたりの足元に金色羊みたいなふわふわヘア。デコルテや裾にはたっぷりと白い薔薇を。絵画に出てくる天使のようだね。ふくふくして愛らしい。ついでだし、翼も描いてみようか。よれて飛べない羽の代わりに。それからセレーデ。海洋風の袖には白薔薇の模様を惜しげもなくたくさん。長い髪には花冠を乗せて、ひらり、ベールを垂らそうね。
続きましてロロフォイ。男の子と女の子の間にはこの子がいいだろう。フリルとギャザーたっぷりのクラシカルなロリータ服。頭には白薔薇のカチューシャ。エナメルのシューズの飾りも、もちろん白薔薇モチーフ。リリコとは別の意味でお人形さんみたい。さて、それじゃ男の子たちにとりかかろうか。まずはベネラー王子様から。ミルククラウンに白薔薇を添えて。少し乱雑に編み上げてる髪をきっちりとマーガレットに。隣はユリックにしよう。この子はゴージャスに。長いマント、ラサ風のバンダナ、薔薇の意匠の宝飾品の数々を。最後はザスだね。失くした耳の代わりに白薔薇のイヤマフなんてどうだい? 魔術師っぽい長いローブは深緑の民が愛好するものだよ。魔法の杖の代わりに花束を持たせようか。どんな呪文を唱えるんだろうね?
気が付けば黒板一杯に、にぎやかな子どもたちの絵。チョークの粉で汚れた手をぱんぱんとはたいて、武器商人は叫んだ。
「出ておいで子どもたち」
中央のリリコの目が開いた。それから、ぽぽぽぽんっ、明るい音と共にきれいに着飾った子どもたちが次々と黒板から飛び出す。
「……助かったわ、私のぎん、の、つき……?」
子どもたちは目を真ん丸にして武器商人を見つめた。武器商人は杖を手に取り、胸を張る。
「今年は嫉妬の大罪、アルバニアだよ」
だけど不思議なことに子どもたちは押し黙っている。どうしようねと視線で会話。子どもなりの敏感さで、何かを感じ取ったらしい。やがてリリコが口を開けた。
「……アルバニアというより、あるばにゃーって感じよ」
リリコがついっと寄っていく。
「……ねえ、抱っこしてもいい?」
いいよと答える前に武器商人は横からかっさらわれた。
「ボール遊びしようぜザスー。落としたら負けな!」
「やるやるー!」
「あっ、およしユリック、何するんだい。トリートを分けてあげないよ」
「えー、どうしよっかなー」
間一髪、もみくちゃにされそうだった武器商人はリリコの腕の中に納まった。
「なんだか本当に猫みたい。ボクも抱っこするー」
「わたしもー」
「チナナもするでち!」
ロロフォイにセレーデ、チナナまで寄ってきた。
「こーら、今の我(アタシ)は、あの七罪だよ。無礼者には天罰がくだるよ」
「だってカワイイんだもん」
ロロフォイの言葉にみんなそろって首を縦に振る。
「うおー、ほっぺたぷにぷに!」
「わー、髪さらさら」
「まるっこーい、やわらかーい」
「こ、こりゃ、いいかげんにしなひゃい」
子どもたちから順番に抱っこされいじられ、武器商人はなすがままされるがまま。
「ええい、おやめ、おやめったら!」
杖を勢いよく振り回し、魔の手から逃れる。バスケットの中身? 問題なし、ちょっとした魔法をかけてあるもの。型崩れなんかしやしない。
むぷっと膨れた武器商人のほっぺをリリコがつっつく。
「……ご機嫌ななめね、銀の月。私はどうしたらいいかしら。歌ったらいいかしら、踊ったらいいかしら。それともお礼を言うべきかしら。ファントムナイトにぴったりのドレスをありがとうと」
「じゃあにっこり笑ってもらおうかお姫様。子どもの無邪気な笑顔は魔力の源になる。なんて、我(アタシ)が見てみたいだけだけど。うまく笑えたなら、この水晶にとどめておこうね」
「……この大きな水晶に?」
「そうそう」
「……がんばってみるわ」
リリコは預かった杖の先、自分の顔くらいある水晶を前に百面相。笑おうとすると、どうしても緊張してしまうようだ。
どんどん難しくなっていくリリコの顔がおもしろくて、武器商人はとうとう噴き出した。
「……笑わなくてもいいじゃない」
「ヒヒ、ヒヒヒ、一度ツボに入るとこれがなかなか……」
「……ユリック、ザス、やってよし」
「オッケー!」
「いえーい!」
「あああああ、悪かったリリコ、謝るからあああ!」
あっちへぽーん、こっちへぽーん、投げて投げられ目が回る。しっかりキャッチはしてくれるけれど、我(アタシ)はボールじゃないやい! 憤慨しているところへベネラーの心配そうな声が聞こえてきた。
「ユリック、ザス」
おお、天の助けか。さすがまじめくん。あとで褒めてあげよ……。
「落とさないようにね、ここ、タイル張りだから痛いよ」
「「はーい」」
心配するところ、そこ?
「せっかく今年のジュエリー・ナイツを持ってきてあげたのになんて扱い!」
ジュエリー・ナイツ! その単語を聞いた子供たちはころっとおとなしくなった。
武器商人はふふんと再度胸を張り、ことさらゆっくりと食の宝石をバスケットから取り出す。
「……わあ」
誘惑と禁断の香り、においたつマスカットのシャルロット。
「今年のもすてきだね~」
頬を真っ赤に染めたロロフォイが感極まった様子で言う。そうだろうそうだろうと、武器商人は気を取り直しにこにこ。
「……ねえ」
「なんだいリリコ」
「……まだつらい?」
リリコはまっすぐに武器商人の瞳をのぞき込んだ。不意を突かれた武器商人。気が付くとどの子も自分を見ている。気遣う眼差しで。そのモノは弱弱しく笑った。
想いを叶えたと思った瞬間、大きな力に取り上げられた。誰にもわからない献身を、踏みにじられた。ああ、本当に……。
「む・か・つ・く!」
武器商人はリリコの胸に飛び込んだ。きっとこの姿でないとできなかった。
「えい腹の立つ! 今夜は我(アタシ)を思い切り甘やかしておくれ!」
笑いの輪が広がる。みんなが手を伸ばして武器商人の頭を撫でた。
胸の中はまだ大荒れだけど。まるで嵐のようだけれど。
「……ココアを温めなおしてシャルロットを食べよう」
「「賛成」」
みんなが騒ぐ中、武器商人はひょいと気になった。
「ところで何かを忘れてる気がするね」
「……シスターがまだ絵の中よ。私の銀の月」