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虚構の器を成すもの

登場人物一覧

白萩(p3p009280)
虚構現実

犬は人に付き、猫は家に付く。という言葉を聞いた事はあるだろうか。
家人になつく犬とは違い、猫は人より建物や場所になじむという話。
それだけ犬は忠誠心が高く、受けた恩を一生忘れないという習性を現した言葉なのだが。

「……さァて、それがどこまで本当だと思う?犬も猫も、本当は同じ性質かもしれないぜ?」

白萩と名乗る男は煙管を吹かして笑ってみせる。
忠義に厚い猫を見た事がないだけなのではないか。全てがそうだとは言い切れないのでは?と。
しかし直に確かめる事も難しければ、猫自体が語る訳でもない。
真相は人間にわからないままの筈だ。それを語るモノが居なければ。



――俺が今覚えている限り、その猫はとても賢かった。
本来、猫は恩など直ぐに忘れるといわれる中で、ずっと主人への恩を忘れなかったのは彼の賢さ故か。
誰よりも忠義に厚く、仲間への情に厚く、その為に自ら行動する猫であった。
同じほど長く生きた仲間であったが、彼ほど人の為に身を投じたものはいないだろう。
人が作った言葉で言うのならば、俺達は""と呼ばれる方が正しいのかもしれない。
何せ時には人の姿を取りる事もし、人よりも長く生きる。純粋な点で化け物である事は間違いなかったからだ。

「勿論全ての猫が出来た訳じゃない。アイツと血を分けた奴の中でも、更に一部だけだ」

俺もそうだった。恐らく。何故自らの事にも関わらず断定出来ないのかは理由がある。
何時頃からかすらも最早覚えていない。自分の名前と大まかな出自、こうして前の世界での自分を薄ぼんやりと語れる程度の記憶しか持ち合わせていないからだ。無論全てを忘れた訳ではない。こうして言葉に出来る程度の記憶は多少なりと残ってはいる。どうやら人よりも薄れていく速度が速いらしい。
他に生き残る為必要とする事は、多少の顔の広さと、多少の言葉の扱い、そして多少の虚言。
嘘も吐き続ければ現実になる。一つ一つを言葉にしていく度に、自分の記憶の器から本来の自分が漏れ出ていくような感覚に陥る。代わりに器はその虚言で満たされ、あたかも本当のように中を満たしていくのだ。
これが俺に課された業なのかもしれないと、時折己自身を笑う。

「それでも良いと思ったんだよ。少なくとも奴の助けにはなった。十分過ぎるだろ?」

賢き彼が亡き主へ恩を返す為に起こした時、間違いなく自分は彼を助けるべく動いていた。
詳しい内容まではきちんと覚えていない。重ねてきた嘘に大半が塗りつぶされてしまったからだろう。
ただ、俺は彼の間近に居た故か、……自分にも恩義を持つ心ががあったからこそか、俺はその業を受け入れる事にしたのだ。如何に醜く歪な形になろうとも、この命尽きるまで、俺は嘘を決して忘れないという事を。
枯れ果てた大地に、賢い彼と共に生きる猫が集まり続ける限り。

「これをほら話だと思おうと、本当と思おうと構わんさ。真実なんてのは必ずしも形になってる訳じゃない」

煙管を咥え、深く煙を吸い込む。細く空へ向けて吐き出された紫煙は他にない充足感を与えてくれた。
例え作り話だったとしても、寝物語ぐらいにはなるだろう。猫が恩を返す、誰よりも深い忠義を持った猫の話。
本当に賢い猫は、何も忘れてなどいない。普段は隠しているだけなのだ、という嘘のような本当の話も。



さて、こんな昔話を一体誰にしていたのやら。この世界に呼ばれ、世界を救えと言われてまだ日も浅い。幸いだったのはこの世界にも煙管が存在し、自分のように他の世界から呼ばれた者もそれなりな人数存在している上、覚えている限りの顔馴染みにも出会えた事だろう。
しかしこの世界に馴染み、広く生きて行く為にはまだ偽る部分が必要になる日も来る。
いや、既に来ていた。

「俺がこの世界に来て初めて吐いた嘘を教えてやるよ」

それは、"自分が"という、半ば本当であり嘘である言葉の枷だった。
戻る道が叶わないのならいっそ、などと思った訳ではない。これはきっと、一つの処世術というもので。
ああ、今日もまた。器は形を変えて、口元は自然と緩い弧を描いた。

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