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ただのゴブリンにして最も危険な男
登場人物一覧
●酒場『燃える石』にて
無口な巨漢が浅黒い何かをフライパンの中でかき混ぜている。
オレンジ色に揺れるランプと弾痕だらけの壁。
頑丈なウッドテーブルには顔にキズある男たちが鉄のジョッキを付き合わせていた。
ここは酒場『燃える石』。
幻想の裏社会。闇の職業斡旋所。無料のパンチングジム。今日もここはワルモノたちがワルモノなりのルールを保ちながら集まっていた。
「よう、これだけおもしれー顔ぶれが揃ったんだ。『メダルチャレンジ』をしようぜ」
ターバンを巻いた色黒の男が、テーブルを指でトントンと叩いて見せた。
右目に被るようにホルスアイのタトゥーが彫られた男で槍投げの名手として知られていた。
「おもしろい」
にやりと笑って首を鳴らしたのは両目がそのままサングラスになった男。スキンヘッドに切れ目のようなものが走っており、それは脳核移植手術の跡なのだという。この辺でも有名なハッカーだ。
「この俺様に勝負を挑むとは、度胸があるじゃあねえか――黒ビールもう一杯!」
一方でジョッキを飲み干して追加注文をするのは肌の赤い鬼であった。
メダルチャレンジとは、幻想の軍人が何かの功績を残した時に上官からこっそりと渡されるメダルを見せ合い価値と数を競うことでその場の奢りを決める……という風習からとった盗人たちの武勇伝合戦である。
中でも『燃える石』に集うウォーカーたちの間では『かつての世界』で起こした武勇伝で縛るという暗黙のルールが追加されていた。
――俺はかつての世界で、神の目を盗んだことがある。黄金の神像兵と蠍の群れをかいくぐり輝く宝石のような目をな。それで――。
――オレは世界の管理システムにハッキングした。世界の住民どもは俺が裏の支配者だと知らないまま平和を謳歌してたんだぜ。特に――。
――俺様は国一番の女を盗み出した。その後も国で一番のものは何だって――。
旅人たちの武勇伝合戦が白熱する中、隣の席に座っていた男が椅子ごと振り返った。
「よーう、楽しい話をしてるじゃあねえか」
緑の肌。歯並びの悪い口。ぎろりと吊り上がった目。
異世界のゴブリン族。キドー(p3p000244)である。
「『メダルチャレンジ』か? 俺も混ぜろよ。とっておきの話をしてやるぜ」
にやにやとしながらテーブルに近づき、椅子に腰掛けるキドー。
その場にいた三人は顔を見合わせ、なら話してみろとキドーに自分のジョッキを突きだしてやった。
「いいか? あれはな、俺が王国の領地に住んでいた時のことだ」
ジョッキを傾け、キドーは昔を懐かしむように語り始めた。
「俺のいた国は、まあ幻想王国によく似てたぜ。
偉そうな貴族と馬を引かされてる平民。違うとすりゃあペットボトルもスマホもなかったってトコか。
あの日は王の一人娘……つまりはお姫サマの成人記念だってんで国中がお祭り騒ぎだった……」
若きキドーは舗装されていない土の道を進み、露天に並べられたリンゴをひとつくすねとった。
――その途端。
「何してやがるゴブリン野郎!」
露天の番をしていた店主が飛び出し、キドーの頭をげんこつで殴りつけた。
ぐええといって転倒し、頭を押さえてすたこら逃げていくキドー。
「ん、ちょっと待て」
ホスルアイの男が手を翳した。
「露天商より弱かったのか?」
「馬鹿野郎。ドンゴラ親父のげんこつはめちゃくちゃ痛えんだぞ」
「え、うん……」
「けど俺はめげなかった」
でかいたんこぶをつくったキドーは裏路地で暫くうずくまってヒーヒーいっていたが、やがて立ち上がりキリッと表通りへと振り返った。
足音を殺し、素早く走る。
祭りの日は誰もが浮かれている。
財布のヒモはゆるく、普段つけない大事な装飾品をつけて歩くものだ。
キドーは目を光らせ、通行人たちの足下をジグザグにすり抜けていった。
そして、手に握っていたものを開く。
そこに現われたのはなんと――1アルミン硬貨がなんと3枚!
「ん、待ってくれすまない」
サングラス男が手を上げた。
「1アルミンって何円だ?」
「なんと1円だぜ!(※バベル翻訳済み)」
「…………え、うん」
「俺はその日絶好調だった」
盗んだ1アルミン硬貨を没収され二段に増えたたんこぶをおさえヒーヒーいっていたキドーは、すっくと立ち上がって日の落ちた町の空を見上げた。
祭りで疲れた住民たちはみなぐっすりと眠っている。
音楽や喧噪で耳がゆるくなったせいで扉や窓を開ける音にもそうそう気づかないだろう。
祭りが終わった夜は、盗賊たちのボーナスステージなのだ。
しめしめと笑ったキドーは窓をそっと開き、ある部屋の中へと忍び込んだ。
そう、これまではほんの準備運動。これこそがメインの武勇伝なのだ。
「まてよ。その日は姫の成人を祝う祭りだったんだよな」
「ってことは……キドー、まさか!」
「へへっ、そのまさかよ」
キドーはにやりと笑い、ジョッキを小さく掲げて見せた。
住民が眠る寝室に忍び込んだキドーは、足音を殺してそっと枕元へと手を伸ばした。
そして!
ついに!
露天商ドンゴラ氏が趣味で集めたスノードームコレクションのひとつ『雪降る王宮』を手に入れたのだ!
「……おい、まて」
鬼の男が手を上げた。
「なんでおっさんのスノードーム盗んでんだよ」
「売ると500円にもなるんだぜ!」
「え、うん……うん……」
武勇伝に鼻息を荒くしていた男たちが、なんかお通夜みたいなムードになってうつむいた。
「こうして俺はその世界で人生最大のお宝をゲットしたってわけだ。
けどな、その家から出る途中でネコに威嚇されちまってよ。慌てて飛び出したら窓に腕を挟んで……へへ、この通りさ」
左右非対称にした苦笑いで右腕を見せるキドー。
「「…………」」
「おっ、もしかしてチャレンジは俺の勝ち? 勝ちか!? っしゃー、やったぜ。ごちそうさーん!」
キドーは一人で盛り上がってジョッキを置くと、上機嫌で店を出て行った。
その様子を見送る三人。
そして誰からとも無く、口を開いた。
「あいつ、あんな経歴のくせに……幻想の貴族から『ルージュの純血』を盗み出したんだよな?」
「しかも俺たちの中で誰よりも強いんだよな?」
「悪名の高さでもダントツだ」
「本当にたいしたことないヤツだった筈なのに、誰よりもやべえ実績を残してやがる。でもってこれからも積み上げるつもりらしい」
「バックボーンも特殊能力もなんにもねえ。ただのゴブリンの筈なのに」
「「アイツ……本当になんなんだ……?」」
『燃える石』に集まるワルモノたちの中で最も有名で最もヤバい男は誰か。
そんな話題があったなら、きっと彼の名前があがるだろう。
キドー。
ただのゴブリンにして、最も危険な男。