PandoraPartyProject

SS詳細

廃滅と『アイ』の果て

登場人物一覧

ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナートの関係者
→ イラスト

●Nur noch einmal zu dir,

 この身を焦がすほどに、燃えてしまったんだ。

 わたしの、愛の炎は。

 夜空を駆ける彗星のように。

 波に踊る魚達の美しき色のように、わたしの日々は彩られていった。

 あなたが、いたから。

 だからこそ、だからこそ。

 なんの陰りも、後ろめたさもなく。躊躇うことすらなく。

 左手薬指に宿した星屑エンデージ・リングの輝き讃えて。





 只。貴方を、愛し続けたかった。




 どこに、いるの。

 狂おしいほどに、愛おしき貴方――――


●Ein Versprechen zu machen ist einfach, aber es ist eine andere Sache als ein Versprechen zu erfüllen, es ist ein dorniger und schwieriger Weg.
「贈答にお勧めの酒はありますかしらー。できれば幻想種ハーモニアも知らぬような飛び切りの名酒がいいのですけれどー」
「へぇ、お嬢ちゃん酒好きかい? 丁度いい品を今朝入手したばかりなんだ。買っていくかい?」
「あらあらー、ナイスタイミングでしたかしらー? ええ、是非にー!」
 銀糸揺らし、嵌め込んだガーネットは煌々と。
 昼も過ぎ夕下がりの空の下、彼女はこつこつとヒールを鳴らし、幻想の街を歩いていた。
 そうして見つけた酒の店。ニホンシュ、ワイン、カクテルにウィスキー、はたまたビールにシャンパンまで取り扱って居るというのだから、ここならば何かいいものが見つかるはずだと踏んだのも無理はない。
 ユゥリアリアは決意を固めていた。この酒の使用用途また別の――いわばその酒の使用後の先の目的のために。
 一度は退き諦め戒めた道である。
 だからこそ、心を決める必要があったのだ。
 手渡された紙袋と金貨を交換し、ユゥリアリアは若干の駆け足で待ち合わせ場所たる酒場へ向かっていた。

 正直彼女は苦手だ。
 わたしに対してだけ非常に厳しかった覚えがある。せめて長女にしてやってくれ。
 正直彼女はわけがわからない。
 可愛がっているとは本人の弁、幼かった私にとっては老婆から飛んでくる厳しい言葉や術の数々はトラウマになりかねない。というか若干なってる。
 正直。彼女は、不思議だ。
 わたしのことなど嫌いなはずだ。うまく期待に応えられたかなんてわからないのに、それなのに、わたしを庇ったり、わたしが呼び出したら応じたり。
 わけがわからない。

 ――カランカラン。

●Der Geruch von Alkohol wird Ihre Gefühle verbergen.

 ――カランカラン。

 扉の方を盗み見る。またではなかった。密かに肩を落とし、グラスに注がれた水に口をつける。ため息一つ。ため息は幸せがどうたらこうたらと言われているが知ったことではない。
 入店してきた客たちは楽し気に語りながら奥の空いたテーブルへと進んでいった。
 乾いた空気に朗らかになるベルの残響。酒場と呼ぶには些か洒落た雰囲気を持ち、しかしながら空気は酒場のそれ。そんなこの店をユゥリアリアは好いていた。
 一夜の語らいをするにも良い。なぜならここは互いの話に聞き耳を伸ばすような輩もいないから。
 しかしながら店主も客も愛想よく、仲良く。不和のない酒場であることもまた、ユゥリアリアが今宵この店を選んだ理由の一つであろう。
 待ち人は、未だ来ず。
 傍らに用意した土産が今か今かと出番を待つようにその琥珀色を輝かせていた。
 もちろん自分も焦る気持ちがないわけではないが、それでも平静を装うのが常というものだ。焦りを滲ませていてはそれこそみっともないというものである。

 ――カランカラン。

 待ち人はいつも通り、巫女服に似たそれと笠を纏い。口元には穏和な笑みを――もっとも、ユゥリアリアにはどこか苦手意識を感じさせるそれを携えて。彼女――フィーネリア=メリルナートは酒場に現れた。
「俺を呼び出すたァお前も随分生意気になったモンだな、ユゥリアリア?」
 はたかれた背中を思い出す。何しやがんだこのババア。そんな記憶も思い出す。零れる苦笑。
 椅子から降り淑女の礼を――するわけがない。
「遅いよ、婆さん。てっきりあのまま死んだかと焦ったじゃないか」
「あ? テメエ誰にそんな口……まァいいさ、今日呼び出したのは何か聞きてェことがあるんだろ?
 とっとと要件はなしな。俺だって暇じゃァないんでね」
「はいはい」
 椅子を引き座るように促す。
 席一つ分開けて、続けてユゥリアリアも腰掛けて。
 今は、まだこの距離でいないと。胸中に広がる微かな苦みはそっと水で押し込んで。
「そうだな……すみません、お勧めのカクテルで二つおねがいできますかしらー?」
「あいよ! 少々お待ちくだせ~」
 それが、会話の切り口だった。

●Es ist leicht, Worte zu trüben, aber es ist sehr schwierig, deine Gefühle zu vermitteln.
「お待たせしましたぁー、今日のお勧めカクテル二つっす! ごゆっくりどうぞ~」
「ありがとうございますわー」
 にこやかに会釈、グラスが置かれ、店員が立ち去る。ユゥリアリアはそのを止め改めてフィーネリアへと向き直った。
 色の違う二色のカクテル。ユゥリアリアにはジンライム、フィーネリアにはロングランドアイスティー。
「……まずはこれを」
「ほう?」
 手渡したのはそれなりに名のある、美味しいと評判の酒。もっとも幻想種ハーモニアである彼女ならば口にしたことはあるのかもしれないが。
「へェ……こりゃなかなかの名酒じゃねえか。有難く飲ませて貰おうかね」
 嗚呼、知っていた。面白みに欠ける女だ。
 まぁ知っていたとしてももう用意してしまったものだ、変えることもできない。質の良い紙袋に箱ごと詰めて改めて両手で、差し出した。
「……まぁこの間のお礼ってことで。これで借りはチャラってことだからな、婆さん」
「へーへー。まぁそういうことにしておいてやるぜ」
 あの顔を顰めてしまう異臭はもはや影も残さず。カランカランとグラスの中で氷が揺れる。
「……助けてくれたことには、感謝してるんだよ、これでも。だから……ありがとう。
 それと。快癒、おめでとう。生きててくれて……、まぁ、よかった」
「ん。で、呼び出した理由がまさかこれだけだ、なんて言わねえだろうな?」
 素直になれないユゥリアリアの未だに幼い部分を見透かして、今ばかりは頷くだけにとどめ。しかしながら、フィーネリア自身も疑問に思う点はあったために、それはちゃんと問い確認を取る。そのの理由が只贈答品を渡し快癒の祝いを告げ飲み明かす、などというだけであるならばわざわざ合わずとも郵送なり置手紙で本家に置いてくるなり可能であった。そう、ユゥリアリアの狙いはそれ以外にもあった。
 酒場には似合わぬ軽快なスカが流れる。活気づく酒場とは裏腹にユゥリアリアの気持ちには影が落ちるばかりであった。
「……まぁ、無理に話すこたァねえさ。幸い俺にもお前にも今日は時間はあるんだ。気持ちの整理ができるまではここに居てやらねえこともねェよ」
 ユゥリアリアのジンライムはまだ並々減ることはない。フィーネリアの希望は飲み干され、追加でまた同じものを頼んでいた。
 裏打ちのリズム。快活なトランペット。人々の叫び。
 ユゥリアリアは、ジンライムに口をつけた。

●Die Zeit wird kommen, in der wir uns entscheiden müssen.
 ことり。
 ガラスの重厚感ある音が木目の美しいテーブルに鳴る。壁に灯した明かりが、たいまつが揺れる。
 すぅ、と淡いピンキー・レッドのグロスを塗った唇が息を吸った。
「頼みがあるんだ」
 カランカラン、氷が落ちる。
「なんだ」
「……わたしの婚約者。覚えてる?」
「ああ、アイツか。覚えてるぜ? で、ソイツがどうした」
 酒の心地よいアルコールが少しずつ身体を駆け巡る。ふんわりと半酩酊。心に厚く深く酷く築かれた壁も、今ならば容易く崩せるだろうか。
「彼を探してほしいんだ。……わたし、」
「あー、俺ァそういうのはいい。その気持ちはわからんでもねェからな。俺も今でも、夫のことは……なんていうと気持ち悪ィだろ」
「そうだな」
 二人そろってグラスのカクテルを飲み干す。ふぅ、とため息のタイミングまで一緒で、思わず零れたのは苦笑であった。
「わたし。ずっと引きずっていくことは、きっとできないと思って」
「ああ」
「だからって、はい会いましたで何がしたいかなんてまだわからないけれど」
「おう」
「……せめて。一目みて、一言でもいいから、交えることができたらな、って」
「ああ、それはいいけどよ」
 思ったよりもすんなりと、フィーネリアが引き受けてくれたことにユゥリアリアは驚きを隠せない。握ったグラスのジンライムを丸々飲み干すと、まだ信じられないというように追加で注文、またぐいっと飲み干した。
「いい飲みっぷりだなァ?」
「いやだって、信じられないんだ、仕方ないだろう?」
「失礼なガキだな」
「うるさいな」
 カランカラン。スカは次第に心地よいジャズへ。酒場でジャズは似つかわしくはない。けれども嗚呼、今宵、この時ばかりは心地いい。酒に心を解された一人の女がそこにあった。
「……まぁ、ともかく。任せな。俺のコネクションやら伝手やら、まァ色々使って探してみてやるが、」
「が?」
「……ハァ。お前自身も探すのを諦めんじゃねェぞ?」
「それは、勿論」
「おう、上出来だ」
 グラスの中の白と琥珀はすっかり消え去り、後にはライムとレモンが残るばかり。最後に『本日のお勧めをいただけますかしらー』と注文し、届いたのはインペリアル・フィズ。
 柔らかな月の色。窓から差し込む光は太陽のそれではなく、恐らくは月の光だろうか。
「……今日はいろいろと、ありがとう」
「ああ、可愛い可愛い俺の子孫で末裔自分の感情を殺す心配な娘だからなァ?」
「……そうか。まぁ、じゃあ、」
「「乾杯」」
 濃紺のベルベット、美しく散らされた星屑のパール。
 月のブローチは心安らぐ語らいを美しく照らし出す。


 ――再会の祈りを込めて。

PAGETOPPAGEBOTTOM