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さまふぇす! ~ふたりでいっしょに~
登場人物一覧
「あーーつーーいーー」
のびのびと身体をぐんんと伸ばしたリヴィエールは夏の暑さに気怠げにローレットのカウンターへと崩れた。パサジール・ルメスとして旅をしていた頃は何てことのなかった夏も、今になっては随分と苦しいものになった。燦々と降り注ぐ太陽の鮮やかさは鬱陶しく、身を焦がすような日差しを避けるように日陰でだらだらと過ごすだけで或る。
「随分と草臥れてるね?」
肩を竦めて揶揄うように笑ったニアにリヴィエールは「そうっすねえ」と小さく呟く。旅行鞄を手にしたニアを見てから、首を傾いだリヴィエールは「あれ?」とぱちりと瞬いた。
「お出かけっすか?」
「あー、うん。今年の夏祭りは新天地……と言うか、リヴィも知っているとおり、海洋は大号令の後でサマーフェスティバルが開催できないだろ?」
「ああ、はい。あれだけの冒険だったんすから、そんなに余裕はないっすよね。
それで、どこだったか……海の向こうに発見された黄泉津のカムイグラと合同開催されることになったとか」
「そ。其れに行こうかと思って」
いいっすね、と眸を煌めかせたリヴィエールにニアはにんまりと微笑んだ。リヴィエールはローレットで業務を行うことが多い。故に、サマーフェスティバル等に参加するよりも裏方が多いのだろう。「いいっすね」に込められているのはそうした意味合いでの羨望だ。自分には縁が無いからこそ、ニアが楽しんできてくれるなら嬉しい――と言う意味なのだろうが、ニアは「あのさ」と小さく呟いた。
「リヴィは、夏祭りってのの予定は?」
「んー、調査でカムイカグラに向かおうかとは思ってるっすけど、それ以外ではあんまり。
水着も用意し損ねたっすから、水遊びーって感じでもないし……ああ、異国の夏祭りは気になるっすけど、留守番かも」
「そっか……じゃあさ、一緒に行かない?」
ぱちくりとリヴィエールが瞬いた。ニアの猫耳が恥ずかしそうにぴょこぴょこと揺れ動いている。海色の瞳はあちらこちらと彷徨ってから「どう」とリヴィエールの言葉を待つように唇を震わせた。
「あたしと?」
「リヴィ以外誰誘うんだよ」
リヴィエールは「えっ、いいっすか!?」と瞳をきらりと輝かせた。
「えへへ。あ、でも、水着とか、その……準備が何もないっす……」
「あー、あのさ、水着を選びに行こうかと思ってたんだけど、リヴィが今から暇なら……その……」
「ニアが選んでくれるっすか?」
「何選ばれても文句言うなよ?」
揶揄うように小さく笑ったニアにリヴィエールは「セクシーすぎるのはちょっと……」と長い白髪といじいじとして見せた。
因みに「そんなの選ぶわけないだろ!」とニアが告げれば「あたしの悩殺ボディーを見せつける機会だと思ったっすけど」とリヴィエールはぶつぶつと告げていたのだった。その辺りの知識は彼女と良く会話している学生の青年と貧乳と揶揄われてムキャる少女あたりから仕入れたのだろう――
(……リヴィに変なこと教えて只じゃ置かないからな……)
――そう、心に決めたニアであった。
折角の夏。夏祭りの水着コンテストに参加しようと水着を選んでおいたのは良いが、其れを一人で着るのはニアは何となく気恥ずかしさが存在した。其れに、リヴィエールにも可愛い水着が似合うし、ちょっぴり水着姿を見てみたいと言う気持ちがあった――訳ではないのかも知れないが、何となく水着を着て二人で遊びに行くのが楽しみだった気持ちに嘘はない。
ニアは「コレにしようと思うんだ」と自身が着用を決めていた花模様の赤い水着をセレクトする。ショートパンツを合わせて着用すればスポーティーな海の猫だ。
青色のパーカーを重ねて麦わら帽子とハイビスカスの花で装飾すればスポーティーの中にキュートも同居する。ニアのコーディネートをまじまじと見ていたリヴィエールは「じゃああたしもお揃いにしようかな」と別カラーの黄色の水着をセレクトする。
「お揃い?」
「そうっす! ニアと遊びに行くならニアと同じ水着でもぴったりかなあと思って。
あ、アクセとかはちょっぴり変えてもいいかもですけど、水着は揃えておいて双子コーデっていうんすっけ……」
同じ服装をすることを指してそう言うと聞いたことがあるとリヴィエールは眸を煌めかせる。
「ニアとお揃いでの海なんて、とってもとってもとーーっても楽しいと思うっすよ!
だから、ほら、これにしましょう。あとサンダルも選びに行かないと。俄然楽しみになってきたっす!」
――――
――
晴天の空に、流れる白い雲が列を作る。音を立てる白波はリヴァイアサンの波濤と比べれば穏やかも穏やかに。平和を享受し、美しい風景を感じさせた。
サマーフェスティバルの動乱も過ぎ去り、落ち着いた海の周囲にはまだまだ露天が立ち並ぶ。
「凄いっすね!」と眸をきらりと輝かせるリヴィエールに「そうだね。リヴィは何処から行きたい?」とニアは問い掛けた。
「今回は案内役を引受けようかな」
「おっ、ニアが案内してくれるっすか? なら、お言葉に甘えて……案内人さんのオススメスポットへ!」
生きましょうと微笑んだリヴィエールの手を引いてニアは歩き出す。鞄の中に詰め込んだタオルと小さな小銭入れ。今日のお小遣いは『遊びに行くときのしおり』としてしっかりと決定している。無駄遣いはダメというのが今回のリヴィエールの方針だそうだ。
先ずは散策をしようかと美しい海を歩き回る。丁度良い場所を見つけたならばレジャーシートを広げて、海へ入る準備運動から始めよう。ビーチボールを膨らますのかリヴィエールの係だ。ふひふひと一生懸命に息をしながら膨らましたビーチボールと共に海の中へと飛び込めば、獣種のニアと比べて海種のリヴィエールの方が一枚上手である。
「ほらほら、こっち!」と自由自在に動き回る少女にニアは「狡い!」とボールを投げた。顔を出したリヴィエールの顔面へとぽすりと音を立てて着地したビーチボールはどこか所在なさげに海に流される。
「ぶえ」とわざとらしく声を出したリヴィエールが海に潜り、ビーチボールの許へとすいすいと泳ぎ進めば勢い付けてニアを海の中へと引き釣り込んだ。
「ちょ――!?」
「少しだけ。ほら、海の中って綺麗ッスよ!」
見て、と手を引いて。泳ぎ回った魚の群れに、輝く珊瑚が海の中から此方を伺っている。
深い蒼に沈むように身を任せれば、濃紺の色彩が肌を包んで離しやしない。鮮やかな光が遠くなるその刹那に「ほら」とリヴィエールが指さす天蓋は淡い空の輝きを忘れずにいたかのように光の粒子を落とした。
その指先に倣うように見上げれば光差し込む海の層が淡く白を湛え、此方へおいでと誘っている。息が続く内に、と海上に戻ればどこか其れが名残惜しい。
「海の中って綺麗だね。リヴィは海種だから、ああいう景色には慣れてるんだろうなって思った。」
「そうっすね。あたしにとっては日常で、ニアにとっては非日常で……。
けど、綺麗で、とってもキラキラで……もう一回沈んでみましょうか。今度はもっともっと、深くまで!」
「お手柔らかに? 息が続く間ならばご一緒させて貰おうかなっておもうけど」
ぎゅうと手を握りしめれば、リヴィエールはニアの準備が整った段階で深く一気に海を行く。
更に深い海の底。鮮やかなる淡い蒼から、徐々に濃くなってゆく深き色彩。
手を握っていれば大丈夫だからと囁いて、さっきよりも深い海の底で天を眺めれば、其処に存在するのが水であるか空であるかも分からない。光がなければ、まるで闇。真っ暗の中でさえも握る掌が『光はアッチ』だと指し示すように力強い。其れだけの蒼に抱かれて居ても怖れることはない――心はどこか暖かな気配を感じた。
「きれいだね」と唇で形作ればリヴィエールはにんまりと微笑んだ。
「あたしは、この海でも生きていける体で。ニアは陸の上でしかダメ。
だから、さっき日常と非日常って言ったけど、それを共有するってとっても凄いことに思えたっす!
もっと、沢山の景色を共有してみたくなるっすね。あの『星空』みたいに――次は、ニアが素敵な場所を教えてください」
陸の上での楽しみを、と微笑んだリヴィエールにニアは大きく頷いた。煌めく光に顔を出して、次に行こうと手を引いた。
向かう先には大きなかき氷が食べられるという海の家。一人では食べきれないほどの豪華なフルーツかき氷はパフェと呼んでも相違はないだろう。バニラアイスがちょこりと乗って、イチゴシロップと混ざり合って桃色に変化する。
「わあ……豪華……」とリヴィエールは瞬いた。
「こ、これ、食べても良いんすか? こんな、きらきら豪華なのを……?」
「勿論。早く食べないと溶けちゃうから」
ほら、とスプーンを差し出すニアにリヴィエールはこくこくと何度も頷いてまじまじとかき氷を眺めた。
踏ん切りが付かない彼女の前で「じゃあ、頂きます」と挨拶一つ。
「うぐ、」
きん、と頭を痛くした犯人はかき氷。山盛りのフルーツと同居する氷の冷たさは夏の暑さを忘れさせる――寧ろ、キーンと頭の中に何時までも残るかのようだ。
「頭キーンってするやつっすね! よく聞くっすよ!」
「リヴィもしてみなよ? キーンってなるから、さ」
ほら、とスプーンを差し出すニアにリヴィエールは「ええー」とたじろいだ。相手が『キーン』となっていた後だ。自分だってそうなるかも知れないと慌てたように眸があちらこちらと散歩している。
「うーん……じゃ、じゃあ、いざ実践っす! 宜しくお願いします! あーん―――ビエッ」
ニアの差し出したスプーンを勢いよくぱくりと咥え――何とも言えない声を出して見事に撃沈したリヴィエールは頭を抑えた。痛い、と小さく呻きながら何かで口直ししようと皿の上に飾られていたキウイを齧る。
「すっぱいっす……」
「あはは、そりゃそうだよ。イチゴシロップ甘いから」
甘いイチゴシロップの傍で存在感をアピールするパインやキウイをまじまじと見詰めていたリヴィエールはバニラアイスに小さなクッキーをふたつ差し込み、チェリーを埋め込んでゆく。
「ニア! 見て! 熊っす! 可愛く無いっすか!?」
「わ、本当だ。リヴィ、よく思いついたね? 熊の顔……けど、結構不細工な事になってる」
「そ、そりゃあ、暑いから溶けていって……」
どろりと溶け出してしまったかき氷に少し不細工に顔を歪めた熊が笑っている。練乳の混ざったかき氷をスプーンで突きながらニアはくすくすと笑った。
冷たくて大きなかき氷を食べてお腹が冷えたならのんびりと暖かなお茶でも飲んでから海に戻ろうかと提案をひとつ。お茶に添えられた小さな菓子には可愛らしい花の模様が描かれていた。
「次は何処に行こうかな……あ、そうだ。リヴィは花火は好き?」
「あの、手で持ってぱちぱちする? 火をつけて、ばーってなって、持ち手が減っていくヤツっすね?」
「そう。けど、どんな印象なのかちょっと吃驚したよ。持ち手が減っていくってやけに恐ろしいイメージだよね。
それを買いに行こっか。日が沈んだ後に、着替えてから少しだけ花火をしても楽しいと思う。
それから、少し海の周りの露天も見てみようか。何か可愛いグッズとか販売してるかも知れない。ほら、さっきの……熊みたいな……」
笑いが堪えられないと小さく零す。その言葉にリヴィエールは「可愛かったっすもん」と頬を膨らませた。嘘だよ、と膨れっ面を突けば「可愛いかった?」とちらりと若葉の色の瞳が問い掛けてくる。
「うん。可愛かったよ。リヴィは天才だなって思った。次はクロエを作ってみてよ」
「ク、クロエは難しいっすね……かき氷でパカダクラってどうやったら作れるっすかね……」
むむ、と悩ましげに呟いたリヴィエールに「溶ける前に食べてから次回のチャレンジにしようか」とニアは小さく笑みを零した。
「ふわー、すっごい遊んだっすよね。凄い楽しかったっす! あんなカラフルなかき氷とか初めて食べたし……」
ざあ、と音を立てて押して引いて。繰り返した波の音。沈み掛けた夕日の鮮やかな色彩が二人を照らしてくる。
隣り合って座り、淡い夕暮の色彩に染まった海を眺めて居たニアは「楽しかったなら良かった」と小さく笑みを浮かべた。
「リヴィと夏祭りに来る事ができて良かった。あたしもとっても楽しかったよ。
かき氷もそうだけどさ、カムイグラでの夏祭りはあたしも初めてだし……リヴィと一緒にはじめてを楽しめて嬉しかった」
「ふふ、あたしもっす。一日が終わってしまうのが勿体なくって――もうちょっと遊んでいたかったっすけど……」
すくりと立ち上がったリヴィエールは「夏祭りにも色々とあったみたいッスし、夏も吃驚するほど直ぐに通り過ぎちゃう良そうですよね」と目を細めた。
「通り過ぎる?」
「はい。こうやってニアとのんびり遊んだ一日だって、気付いたら遠くなってしまって。
それで、また次の夏に『去年はこうだったね』って笑い合うんすよ。それってとても素敵だと思いません?」
「はは、リヴィが詩的だ」
夕日の中だから、とリヴィエールは打ち付ける波へと脚を進めた。サンダルの間に入り込んだ砂は波に攫われていく。足跡は消え去るように攫われて、リヴィエールはほうと息を吐いた。
「ニア」
「何?」
「脚、埋まりました」
ほら、と足下を指さしたリヴィエールにニアは小さく笑みを浮かべる。波が運んだ砂達がその脚に積み重なって埋もれさせる。動けない、と冗談めかして笑ったリヴィエールへとニアは手を差し伸べた。ぎゅう、と握りしめる掌は海の雫で濡れている。
「助かった!」
「……動けたくせに」
「動けなかったっすよ。ニアが居なかったらこのまま埋もれてしまって浜辺の幽霊になる所でした」
怖い怖いと身を縮こまらせるリヴィエールへとニアは「そうなったら毎日花を供えなくちゃね」と微笑んだ。
水に足を取られないように、ゆっくりと一歩一歩進んでゆく。浜辺の風が冷たくなる頃に「帰ろうか」と口にするまで――あの夕日が沈むまで。もう少しだけ『楽しい夏祭り』に浸っていよう。
それから、日が見えなくなったならば『夏にさようなら』の花火をしよう。ぱちり、ぱちりと音を立てて広がるその色彩が、きっと今日という日を輝かしい想い出として飾っていよう。