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茶屋の団子は色とりどりに
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空中庭園――目が覚めて、ローレットへ行くようにと促された雪は『トレーニングをして居る』というアドバイスを聞いた。
丁度、新天地も発見されたというのだ。その地へと向かうのも悪くないかと新米イレギュラーズの雪は迷いながらも歩を進める。ローレットの受付テーブルの前には人がごった返し、どこの地域でのトレーニングを行うかを申告している様子だった。
(……凄い人、ですね……)
ごくり、と小さく息を飲む。雪にとっては初めての仕事だ。其れを承けるのもこれ程に大変だというのか――緊張が胸を過るか、小さく息を飲んで大丈夫だと自身に言い聞かせる。
「えーと……?」
立ち尽くす雪の傍らで小さく耳が揺れる。淡い空色の瞳をした褐色の肌の娘だ。民族的な衣装を身に包んでいるのだろうか、彼女の「あの」と声掛けたその響きに雪は目を丸くした。話しかけられているのは――自分、なのだろうか。
「珍しい外見だね。その、
……何にせよ、戸惑ってるって顔をしてたから、気になって声を掛けたんだ。トレーニングに参加するんだろう?」
「え、あ、はい。その……仰る通り黄泉津、いいえ、海向こうの神威神楽の鬼人種です。
それで、突然空中庭園とやらに召喚されて、其方でトレーニングに参加すれば良いと伺ったのですが……」
雪の戸惑いは眼前に溢れる人の波によるものだろう。ニアと名乗った猫耳の娘は「凄いだろ」と小さく笑みを零す。
「まあ、お祭りみたいなものだよ。えーと……?」
「あ、天之です。天之 雪」
「雪だね。あたしはニア。ニア・ルヴァリエ」
「ニアさん」
「さんは止めてよ。擽ったい」
「なら、ニア、ちゃん……?」
ん、と頷いたニアは雪の行く先が豊穣郷カムイグラであるということ、自身も新天地に興味があるという共通点から一つの結論を導き出したのだと悪戯っ子のように目を細めて笑った。
「なら、一緒に行こうか」
―――――
―――
そうして、豊穣郷へと歩を進めた訳だが、雪にとっては神威神楽の鬼人種といえど、都は初めての土地である。
病で伏せがちの彼女は「高天京は初めてです」と戸惑うようにニアへと告げた。
どちらかと言えばローレットとして神威神楽に建葉晴明に招かれたニアの方が詳しいのだ。
「なら、簡単に案内しようかな。と、言ってもさ、まだまだビギナーだから一緒だよ」
揶揄い笑うニアは自身の外見が特異には思われぬようにと大きめの笠を被る。尾は衣服の中に折りたたんで見せた。
ローレットのトレーニングの日であれば
「雪さえ良ければ神威神楽の服を教えてよ。この服装で歩いても目立たない?」
「はい。大丈夫だと思います。天之もあまり詳しくはないですが……」
「ま、よそ者が波風を立てない方が良いって判断だから気にしないで。じゃあ、行ってみようか」
都の中をウィンドウショッピング、とまでは行かないが簡単な案内をと進み出す。中務卿にも友好的な役人達のオススメはローレットの中でも共有されていたのだろう。団子の名店から土産物屋、物産の関連まで、流石は人材の宝庫、ローレットだ。一度訪れただけでもニアはある程度のことが頭には叩き込まれていた。
「雪?」
「あ、はい」
周囲をきょろりと見回していた雪はぼんやりとしていたことに気付く。体の弱い彼女は持病の関連であまり長く運動を、と言うわけにも行かない。都を巡るのもウォーキングの一種で気付かぬうちに疲労が貯まったのだろう。
「顔色悪いよ。どこかでお茶しようか。あ……なんか有名な店があるって聞いた。
雪さえ良ければ団子食べに行こう。人気店だって聞いたしちょっと気になるんだ」
「はい。天之もご一緒させて下さい」
余りになれない人混みに、経験の無い甘味の数々。そんな興味ばかりがそそられる空間に心躍らぬ訳もなく。
足を運んだ茶屋はある程度は人の波が捌けた後なのだろうか、ゆったりするのにはうってつけ。
団子のセットを頼めば、温かなほうじ茶がお出迎えしてくれる。日によって煎じる茶が違うというそれは春になれば桜の塩漬けをセットにすることもあるのだそうだ。
「あれ、お客さん達は京は初めてで?」
「うん。観光で来たのだけどね、面白い事があれば教えて欲しい」
ニアに店主はそれならばとサービスで金鍔を差し出した。芋あんでくるまれた『芋きんつば』をまじまじと見詰める雪は「お菓子ですか?」とぱちりと瞬いた。
「そう。よければ食べてってよ。それから、ほら、団子。
みたらし、粒あん、ずんだ……好きなのが有ればと思って食べ比べできるようにしてみたよ」
二人で別けなさいと微笑む店主にニアは「緑色のあんだって」と不思議そうに耳をぴこりと揺らした。
「本当ですね。こっちは……? あ、甘い……? これ、栗です」
栗あんの団子を頬張って、不思議そうに瞬いた雪に「面白いね」とニアは茶を啜りながら頷いた。
「よもぎの団子も、緑色だと思うと自然を食べてるみたいだ」
「はい。ずんだも、香りがなんだか独特で面白いです。団子と行っても色んな種類があるんですね」
そうだね、とニアの相槌を受けてから雪は「不思議な感じです」と小さく呟いた。
長い年月を転た寝し続けて、ローレットのイレギュラーズになってから周囲が様変わりする。楽しいことばかりではないのかもしれないが、それでも、新しいものに触れられるのだと思えば、心は躍り楽しくも為ってくるのだ。
「雪は、新米イレギュラーズとしてこれから沢山頑張っていくだろう?
なら、さ、その手伝いをあたしも頑張るよ。まあ、任せといて。簡単なことなら対応できるしさ。道案内とか」
「はい。ありがとうございます。道案内、とっても大事ですよ。
天之は一人なら迷子になっていたかも知れませんし、ニアちゃんと出会えて良かったです。
……食べ歩きもたくさんして、色んな文化に触れられたらな、って。そう思いました」
にんまりと微笑んだ雪に「其れは面白そうだ」とニアは頷いた。神威神楽だけではない。
「今日は楽しかったです。有難う御座いました」
雪の言葉にニアは「こちらこそ」と悪戯めいて微笑んだ。まだまだローレットでの生活は波乱を極める。
トレーニングを終えて、一つ成長した雪が此れから進む道がどのようなものであるかはまだしれない。
「それじゃ、頑張ろうね。
「はい。ご指導を宜しくお願いします」
けれど――その合間に少しでものんびりと過ごせる時間が来ることを、願って。