PandoraPartyProject

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霞立つ 春の山べは とほけれど

登場人物一覧

久泉 清鷹(p3p008726)
新たな可能性
久泉 清鷹の関係者
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「勝負あり!」
 そう笑ったのは桜色の髪をした少女剣士であった――

 時は遡り、神威神楽の武家たる獄人の一族、久泉。その次男坊で或る清鷹は長兄に連れられて花榮の邸を訪れていた。
 互いに武家同士。年が近いことがあり、清鷹の相手役にと花榮の娘が宛がわれ、兄の稽古中はのんびりと過ごす様にと両親には言いつけられていた。
 無論、真面目な清鷹は「分かりました」と返事をし、両親の期待に染むこと無きようにと姿勢を正して『子守』に興じるのだが――自身とて武家の息子だ。長兄のように、剣を極めたいと考えている。彼がそのことを告げれば、花榮の娘はくい、と袖を引っ張り「ねえさまにお願いしましょう」と微笑んだ。
 兄と共に剣を交えていたのは花榮家の娘、かすみであった。広い道場での手合わせは鬼気迫り木刀であると言うのに真剣を交えるかのようにピンと張り詰めた空気が漂っている。清鷹はごくり、と息を飲んだ。自身とて剣は幼い頃から親しんできた――だが、長兄の武の才能には及ばず、両親の期待は常に兄へと注がれ続ける。肥大する劣等感を抱きながらも、その空気は自分には出せない物だと言うように清鷹は一歩尻込みをした。
「きよたかさん?」
 袖をくい、と引っ張った少女は剣を手に長兄と手合わせをするあの娘の妹であっただろうか。丸い紅玉の眸は姉と同じ色彩であると言うのに、傍らの物は酷く柔らかい――大して、あの場所で剣を振るう女は。
 14と年齢は2つしか変わらぬと言うのに、凜と鋭い眸をしている。剣を見据え、踏み込む桜色が鮮やかに舞踊った。纏められたその髪がはらりと踊ったのは長兄の木刀が括り紐を掠ったからだろうか。刹那の隙をも突かせまいと、女が長兄の元へと詰め寄った。地を蹴った音さえ聞こえぬほどに軽やかなその動きは――

 清鷹を釘付けにした。あの強さに、あの靭やかさに、あの――美しさに。

「そこまで」と鋭く審判の声が響く。肩で息をする長兄が「今日も良き動きだった。かすみ」と女へと握手を求めれば「勿論! 私も強くなったでしょう?」と彼女はにんまりと微笑んだ。ふと、長兄と女――かすみの視線が此方へと注がれる。清鷹が背筋をぴんと伸ばして緊張したように彼方を見遣れば傍らの小さな娘は「ねえさま」と手を振っていた。
「ふふ、見に来てくれたの? 応援しに来てくれたのね! どうかしら、姉様とっても強かったでしょう? ……って、あれは?」
「ああ。弟の清鷹だ。清鷹、かすみに挨拶をなさい」
 その言葉に緊張しながらも清鷹は踏み出した。先程まで強い光を宿していた紅色は柔らかに綻び、咲んでいる。
「……久泉家次男の清鷹と申します。花榮家のかすみ殿とお見受けします。
 先程は不躾にも長兄との手合わせを覗き見して申し訳ございません……」
「花榮かすみよ。宜しくね、清鷹くん! あ、そうだわ、貴方も剣を習っていると聞いたの」
 かすみ、と兄の宥める声がするが「いいじゃないの!」とかすみは声を弾ませるばかり。蕩けるように紅色を細めた彼女は「折角よね」と木刀を清鷹に投げて寄越した。
「手合わせしましょ?」
 その微笑みに清鷹はどくり、と胸が高鳴る音を聞いた。女に馬鹿にされて堪るか、という想いとは裏腹に彼女が先程まで兄と作った『あの世界』に自身が踏み入れられることが何よりも嬉しかった。
「清鷹、かすみは強――」
「――ねえ、無粋なことは言わないでよ。私は清鷹くんと手合わせがしたいの!
 ほら、汗を拭いて妹と一緒に観戦して居てよ。あ、此れが終わったらお茶が飲みたいわ。冷たいのが良い!」
 天真爛漫にころころと笑った桜色の鬼は「いいかしら?」と髪を束ね直し微笑んだ。その凜とした美しさにぞく、と背筋に気配が走る。木刀を構えただけで彼女はその美しさの中に獣性を醸し出す。
「……いくわよ!」
 そう宣言されると共に音もなく地を蹴ったかすみの木刀が清鷹へと打ち付けられる。その細腕の何処に力があったか。ぐぐ、と押された腕が悲鳴を上げた。
 咄嗟に身を捻り力を受け流す。直ぐさまに地を蹴って、身体を反転させたかすみの剣が清鷹を追い縋った。
 強い、と脳裏によぎった言葉を振り払い歯を食いしばりながらかすみへ向けて剣を振り下ろす。
「甘いわ」
 囁く声、それは悪魔のように低く身体を張った。睨め付けた眼光の冷たさについで、視界を覆うのは桜色。鮮やかなる桜の色に包まれて思わず息を飲んだ清鷹の眼前に――かすみの剣が存在した。
「ッ――!」
 声も出る間がなかった。振り下ろされた剣を『流す』様にした清鷹の木刀が遠く飛んで行く。
「勝負あり!」
 楽しげに弾む声。視界に映り込んだのは鮮やかな桜色。
 ついで、奇っ怪な音を立って何かの欠片がぼろぼろ、と落ちて行くのが清鷹の視界には映った――そして、「あああああ」と叫んだかすみの声。
「っちょ、えっ、嘘……やだやだ、ホントに!? ま、待って……待って、清鷹くん!
 ち、違うの。そ、そんなコトしようとしてない。あ、ううん、い、痛い? 痛いよね!?
 つ、角が、こんな事って有り得るのかしら! ど、どうしよう。お、お父様ァッ!」
 慌てふためくかすみの声に清鷹は呆然とする。兄の駆け寄る声を聞き、漸く自分の額から生えていた角が片方折れたことに気付いた。
「角……」
「う、うん、ごめんね。い、痛いよね!? て、手加減すれば良かったね!?」
 その言葉に、かちんと来たのは自身が惨敗したと思い知ったからだ。兄には遠く及ばず、その兄の後ろを追いかける『女』にさえ剣で負ける。男としての恥に清鷹は唇を噛みしめた。兄に促され尻餅をついたままの格好から立ち上がらされる。角の調子を確認しようと囁かれ、引き摺られるように花榮の邸を後にした清鷹は慌てふためくかすみの姿を忘れることはなかった。

 それが、清鷹と花榮・かすみの出会いであった。美しい桜色の鬼はそれ以降、清鷹の『挑戦』を何時でも受け付けると胸を張った。彼女に負け続けるが、其れでも良いと思えたのは自身が彼女に対して恋心を呼ばれる感情を抱いたからだ。
 もしかすると、一目見た瞬間から彼女に恋をしていたのかも知れない。そんなロマンチストな言葉を彼は口にすることはない。只、負け続けたことが酷く不愉快だったのだと。他者に対してはかすみのことをそう語るだろう。
 美しい桜色の鬼は姿を消したそうだ。花榮家を取り巻いた陰謀の中に消えたという彼女は何者かの青き角をお守りとして握って居たと聞いた。

 ――そういえば、あの時の角は。

 ふと、清鷹は思い出す。もしもその噂の通り、握って居る者が己の物だったならば。
 その様な下らぬ事を考えては茫としてしまうのだから、恋というのは厄介な存在であった。
「下らない」と小さく呟いて、その考えを心の奥隅へと追い遣った。さて、剣を極めなければいけないと今日も剣術の稽古へ向かう。

 あの日折れた自身の角。その角の在処を彼は未だに知る由はない――

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