PandoraPartyProject

SS詳細

だって、あなたがいとしいから

登場人物一覧

ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク(p3p003593)
キールで乾杯
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯


 ――人を殺した。

 ローレットに舞い込んでくる依頼は、地域種類善悪を問わない。人を助けてほしい、という“お綺麗”な依頼とは真逆の、人の命を奪ってほしい、という依頼だって舞い込んでくる。
 断れればいいのだが、それでは渡っていけないのが世の中。そうして、アーリアは納得して其の依頼を受けた。はずだった。
 体中に血の匂いがついている気がする。今は何処を歩いているのだろう。帰路を急いでいるはずなのに、まるで全然違う道を歩いているみたいだ。己は魔術で人を殺めたはずなのに、まるで短剣で切り付けて、返り血を浴びたような心地だ。
 ――寒い。早く帰って、体を洗いたい。そうしてお酒を飲んだら、きっといつもの私に戻れる。飲んだくれでのんびりのおねえさんに……

 歩いているアーリアは、前方に人影がある事に気付く。今は早朝。いったい誰だろうと視線を向けると、その人影はリボンで縛った尻尾をゆらりと振った。

「……みでぃーくん」
「おかえりなさい。ずいぶんと遅いおかえりでしたね」

 淡々としたミディーセラの物言いは、其れでいてアーリアを責め立てる事はない。静かな波打ち際のように、彼女をゆっくりと、優しい海へ引きずり込む。いつだって。……けれど、今は駄目だとアーリアは思う。だって、私は汚れているもの。
「……いつから待ってたのぉ?」
「さっきからですよ。夜遅くにかえらないから、ああ、これは朝になるなっておもったのです。さあ、帰りましょう」
 そっと差し伸べられた手を、アーリアは取れない。
「駄目よぉ。今、私、……汚れてるから」
 ……こくり、とミディーセラは首を傾げる。
「きぐうですね。でしたら、いっしょにはいりましょう」
「へ」
「今日はアーリアさんあまやかしデーです。決めました。てっていてきに甘やかします。まずはお風呂です。さあ、はやくはやく」
 ぐいぐいと背中を押すミディーセラの勢いに負けて、いつものアパルトメントに帰るアーリア。此処から怒涛のミディーセラによるアーリア甘やかし作戦が始まったのだった。



「かゆいところはありませんか」
「ありませぇん……」
 湯に漬かったまま頭だけ出して、わしわしと髪を洗われる。シャンプーの良い香りが浴室に充満し、シャボンがふわりと浮かんでは割れる。ミディーセラは何処か楽しそうに、アーリアの髪を梳くように大事に大事に洗っていた。
 酒精の色に染まる髪。だが、今日は朝焼けのような紫色になっている。お酒が抜けてしまったのだろう。ミディーセラはアーリアがどんな髪色でも愛せる自信があるけれども、この紫の髪の色が最も美しいと思っている。彼女らしい色香のある色。泡さえ薄紫に見せる色は美しい。少し其の光景が名残惜しいけれど、シャワーで泡を流す。うなじから毛先までシャワーを走らせて、泡を丹念に落とす。
 ミディーセラはこの瞬間が好きだった。視界を閉ざされるという状況で髪を任せてもらえるという優越。自分だからこそ許されたこの行為が好きだった。
 一方でアーリアも、ほんのりと安堵していた。髪の汚れと一緒に、幻のような血の汚れまで落ちてくれていくようで。小さな手がすべてを取り除いて、もう大丈夫ですよと言ってくれているみたいで。
 ――思ったより、自分は彼に依存しているのかもしれない。
 心地よい夢うつつの中、そう苦笑するアーリア。

 さすがに身体は自分で洗うというアーリアの猛抗議を受けて、ミディーセラは風呂場からひょいとつまみ出された。あら、つれない。
 ではお風呂上りのために何か用意しておきましょうか。まずは水。お風呂上りに水分補給は基本。次は――お酒かしら。水分と取った後でお酒、というのも妙な話だが、飲みたいものは飲みたい。アーリアが飲みたいというかは……判らない。“ああいうとき”の彼女は、酒さえ飲まずにベッドにもぐりこんでしまう事が多かったから。

『大丈夫よぉ。だから少し、放っておいて』

 其れが少し前までの彼女の口癖。ミディーセラさえも近付けない心の壁があった。
 ミディーセラは其れを叩いて叩いて、何度だって声をかけて……ようやく此処にこぎつけたのだ。きっと仕事先で辛い事があったのだろう。誰かを手に掛けたり、救えなかったものがあったのだろう。其れをミディーセラは止める事だってできた。きっと辛い依頼になりますよ、という事だって、出来た。でも彼は言わない。だってそれは、“アーリア・スピリッツが自由に選び取るべき事項”だから。其処まで縛ってしまったら、彼女は彼女でなくなってしまう。
 起きたことは仕方がない。思い出にするのも、過去にしてしまうのも、囚われてしまうのだって。起きた事は自分なりに飲み込まなければならないのが人生。けれど――暗い顔で、暗い気持ちで。あんな風に受け入れてしまうのは難しいから。
 だから、ミディーセラはアーリアを甘やかすことにしたのだ。少しでも明るい顔で、彼女が起きた事を受け入れられるように。



「ふう、良いお湯だったわぁ」
「おかえりなさい」
 数十分の後、アーリアは髪をタオルで拭いながらリビングへ戻ってくる。其の顔は風呂のお陰か血色がよく、帰りたての悲し気な顔よりは数倍マシに見えた。
「さーて、じゃあお風呂上がりの」
「お水です」
「へ?」
「お風呂上がりには、お水ですよ」
 お酒はそのあとにしましょうね。優しく諭すミディーセラに、アーリアは逆らえない。水の入ったコップを取ると、ぐいぐいと良い調子に飲み干した。
「はい、よく出来ました。ではこちらにいらしてください」
 髪を乾かしましょうね、とアーリアの手を引くミディーセラ。アーリアは反論する気も起きず、湯上りのふわふわした気持ちのままソファの下に座る。
「今日は甘やかしデーですからね。アーリアさんはなにもしなくていいんですよ」
 今日何度目かのその台詞。ミディーセラはソファに座って、タオルでアーリアの髪を優しく叩いて湿気を取る。
「…ねぇ、みでぃーくん」
「なんでしょう」
 アーリアの声は、ほんの少し元気が戻っていて。ミディーセラは安堵する。
「じゃあ今日は、いっぱい我儘言っていい?」
「勿論ですよ。今日は甘やかしデーなんですもの。アーリアさんが我儘を言ってくれなければ、はじまらないではありませんか」
「……尻尾を枕にして寝たいわぁ」
 ミディーセラは練達で手に入れた“どらいやー”なるものを手に取る。あたたかい風が出て、髪を乾かしてくれる代物だ。これは便利。見付けたアーリアさん偉い。
「でもね、ぎゅっとしてほしいのぉ」
「ええ、ええ」
「その前に、一緒にお酒を飲んで……」
「はい」
「……明日も一緒にいてくれる?」
 不安がる少女のようなその声に、ミディーセラはドライヤーのスイッチを入れながら笑みを浮かべた。
「ええ、もちろん」
 勿論ですよ、アーリアさん。わたくしが貴方から離れる事なぞ、ついぞございませんとも。……離れたくないのは、わたくしのほう。貴方が何処かへ行くたびに、わたくしは待つ事しか出来ないけれど。貴方が必ず帰ってくるとしっているから待てるのです。貴方が必ず、わたくしを忘れずに帰ってきてくれる事。其れが大事なのですよ。
 ――ああ。いっそわたくしに依存してくれたら。そう思う事もありました。けれど今はまだ。今は、まだ。自由なアーリアさんを見ていたいのです。お酒を飲んで髪を染めて、笑って泣いて喧嘩して。最後には仲直りして。そんな生活が、わたくしは、楽しくて仕方がない。



 ドライヤーで髪を乾かしたあとは、香油を髪に塗る。アーリアは余り其れをしなかったのだけれど、身だしなみですよ、とミディーセラがやってくれるのだ。以前海洋に住んでいたと話したときは「綺麗な髪が汐風で痛んでしまうじゃないですか」とちょっと怒ったように言われて、あれはすこしおかしかったっけなあ。
 くすくすと思い出し笑いするアーリアに、ミディーセラは首を傾げる。
「どうかなさいまして?」
「ううん、なんでもないわぁ。ちょっと、思い出し笑い」
「あら、何を思い出したのやら……この香油より大事なことですか?」
 最近、少し良いのに変えてみたのですよ。櫛に香油をたらし、丁寧に紫の髪を梳く。いいもの。と、アーリアが少し鼻を聞かせてみれば、成程。花のような慣れない香りがした。
「みでぃーくんも香油を塗るのぉ?」
「ええ、わたくしも塗りますよ。尻尾にも」
「ああ! 道理でふわふわ良い心地な訳だわぁ!」
「うふふ。この香りには安眠効果もあるのですよ」
「そうなの?」
「そうなの。なので、枕にして寝ると最高です。……はい、終わりましたよ」
「やったぁ!」
 もふん。
 解放されればすぐに、ミディーセラのふわふわ尻尾に飛びつくアーリア。確かにさっき感じたような花の香りがするし、ふわふわだし、さらさらだ。なによりこの丸みがたまらない。
「……。ねぇ、みでぃーくん」
「なんでしょう」
 傍に置いていた毛布をそっとアーリアにかける。アーリアは確かめるように、ミディーセラの尻尾を抱きしめて。
「また、こうやって甘やかしてくれる?」
「ええ、もちろんですとも。わたくしはアーリアさんを愛していますから」
「……。私もよぉ。だいすき、みでぃーくん」
「愛していますわ、アーリアさん」
 悪夢は泡と一緒に流れ去ったらしい。用意した酒は呑まれなかったけれど、また別の機会がある。夢うつつのアーリアの髪を撫で、ミディーセラはそっと笑みを浮かべる。
 この人の安らげる場所が、自分だけになればいいのに。――其れは依存を誘う言葉だ。判っている。でも、そう思わずにはいられない。この人の安らげる場所になりたい。「いい女」「おねーさん」を投げ捨てて、ただのアーリアとして安らげる場所に。
 きっと彼女はまた、特異運命座標として様々な依頼をこなしにいくのだろう。酒を飲んで、仲間たちとわいわいすごすことだってあるかもしれない。
 ――でも。最後には、わたくしのところに帰ってきてほしい。
 透明な維持用ピアスの刺さった耳を軽く弄りながら、ミディーセラは思いを馳せる。
 ……。それにしても。
「この体勢では、顔がみえませんね」
 ミディーセラは尻尾枕をそっとアーリアから引き抜いて、代わりにミディーセラ枕として、其の細い腕に抱きしめられた。

 ……愛しています。愛していますわ、アーリアさん。
 この深い気持ち、貴方は何処までご存じなのかしら。

「本当なら、対価をいっぱいいただくのですけど」
 今日は特別。貴方がよい夢を見られますように。
 貴方の明日が、今日よりも良い日になりますように。

  • だって、あなたがいとしいから完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2020年11月20日
  • ・ミディーセラ・ドナム・ゾーンブルク(p3p003593
    ・アーリア・スピリッツ(p3p004400

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