PandoraPartyProject

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てのひらの ともしびに こがれ こがされて――

たそかれ。

登場人物一覧

カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
カタラァナ=コン=モスカの関係者
→ イラスト

●はじまる はいかぶり

 異色の海洋貴族、『コン=モスカ』。
 辺境伯の位にその名を連ねるモスカ家は海洋貴族全体を見渡しても少々特殊な部類に入る。
 絶望の青はその大いなる存在感から畏怖を集める。
 それゆえに、この果てが見えぬ海に神聖を見出して信仰・祭祀の内に引き入れるだけでなく身分問わず祝福を与えて物資等を援助する彼等モスカを逆に信仰する海の者達も存在するのだ。
 ……そんな中、『クレマァダ=コン=モスカ』の一日は多忙を極めていた。
 彼女は齢十四の身でありながら並みの執政官と並ぶ価値観と政治的・宗教的・世俗的な打算を基底に置いた物事の見方を有している。
 先に語った絶望の青へ挑む者達を祝福する役目を持ち、神を祀る使命を帯びた『祭司長』の位を冠するクレマァダへ回される務めは本来任されている祭祀、神聖なる場での使命に留まらない。
 時には周辺諸侯との折衝を行う事もままあるのだ。

 ――窓の外から聴こえて来る音色。
 彼女は今日も執務室で筆先と共に月明かりの瞳を瞬きさせ、忙しない姿を見せていた。
「うむ」
 要約すれば金の無心、そんな内容の一枚にクレマァダは表情を変えずにハンコをぽんと押し。
「採算はまぁ……こんなものじゃな」
 今季の予算の配分の目通しついでに一筆添えて。
「……うむ」
 次いで手に取った先の金の無心を要する一枚に眉一つ動かさずハンコを落とす。
「少々収益が落ちたか?」
 領海及び領地から送られてくる見積もりにハンコを押し。
「…………うむ」
 ひらりと舞い込んだ一枚に記された金の無心の内容にハンコが叩き付けられる。
「顔見せは良いが、参列者にまたあの教団が混ざっておるな……あの連中は嫌いじゃ」
 宗教的象徴としての公的な顔見せに応じる達しを同封して。
 金の無心を……
「あんの穀潰しめがー!!」
 ブチッ、と緒が切れた音がクレマァダの脳裏に響いた直後。彼女は派手にハンコを打ち付けて執務室を飛び出した。

 ──はじまるよ はいをかぶった かみしばい
   ……ぐるぐると あたまをまわる いやなこと
    ……なってるよ かねのおとが やくそくのじかん
     ばたばたと はだしでかけるよ ふげきにみいられて──

 窓の外から聴こえて来る音色は風が吹く度に詩を変えて。
 風に乗って訪れる詩を辿ってクレマァダは屋敷を飛び出し、大魔神が如くローレットの扉を叩きに向かう。
 つまり……のんべんだらりと楽器を掻き鳴らして穀を潰す不肖すぎる姉に、ついに雷を落とす日が来たのだ。

●おちて ころがり もどってくる
 素直に罰を受ける気があるかどうかは別の話。
 だが、雷を落とすべき所に落とさねば気が済まないカミナリ雲もいる。
「ほら、あれだよあれあれ。お姉ちゃんはね、こうして時々お休みをする口実を僕(クレマァダ)にあげてるの。
 僕のムダ遣いがムダじゃないってわかる日がいつか来るってホントホント」
 ぴらーん、と鍵盤楽器が間の抜けた音を出す一方。
「戯け千万! 我は常から思っておったが我(カタラァナ)は貴人の自覚が足らん!
 払う父様も父様じゃ! 我はきちんと働いて稼いでおるのにウワァァン!! 無責任!!」
 よって、姉であるカタラァナ=コン=モスカ (p3p004390)がのらりくらりと屁理屈(避雷針)めいた言葉を交えて躱したりすると雷雲は活性化するのである。
 最初こそ金の無心を公的な支援として要請するとは何事かなどと説教を落としていたのだが、案の定ついでに雨(方向性失った愚痴)も降りだしていた。
 海洋拠点のギルド・ローレットのロビーで地団駄踏むクレマァダはビシッと姉に指を差す。
「今日こそ、その世の為にも毒にもならぬ口を塞いでくれるわ!!」
「おちて♪ ころがり もどってくる──♪」
「歌うな!!」
「だめ?」
「……歌うのを許すと我の話を聞かないじゃろうが」
「そっかあ、だめなんだねー」
 残念そうに楽器をしまったカタラァナは、また雷雲にゴロゴロ鳴かれてしまうのでローレットを共に出る事にした。
 その残念そうにしてる様子もまたゴロゴロさせてしまうのだけど。
 ────
 ───
 ─
 ■【姉妹移動中】■

「おちて ころがり もどってくる♪」
「……きのみ ごつんと みあげてもー」
「のばすほうが てのひら とどかずに♪」
「…………かれゆく ははをみあげ みおろしてー」
「くちた かれきにさいた えがおのはな♪」

 ■【姉妹歌唱中】■
 ─
 ───
 ────
 結局、クレマァダは姉(カタラァナ)をギルドから連れ出して共に町を歩き始めていた。
 ああは言った物の、確かにクレマァダにとって今は久方ぶりの休日。露店でも覗きながら姉をどうやって絞り上げようか考えるのだ。
「……流行は好かん」
「僕(クレマァダ)もお洒落に興味あるの?」
「ふん。公での装束は規格が決まっておる、だが近頃は我(カタラァナ)のせいでどうにも他貴族からの誘いが多くなって来ているのじゃ」
 いずれは交流の場での装いを考えねば、とクレマァダは頷き。
 そこでふと、首都リッツパーク方面へ足を直接運んだのはいつ以来かとクレマァダは考えを巡らせた。
(そういえば最後に足を運んだのは……)
「ねえ、これってどこへ向かってるのかな」
 クレマァダの思考を破った姉のとぼけた声に、これから海洋武術モスカ式が秘拳を不肖なる姉にお見舞いするのだと言おうと思った矢先。
 オルカの海種であるクレマァダは、カタラァナの言っている事が『通りを流れている音楽』のことだと鋭敏な聴覚が察した。
 聴き様によってはオルゴールとも想える音色。
 ただそれが、凡そ人間種の耳では捉えられぬ音域である事を除けばの話。
「海洋が誇るリッツパークともなれば我等と同種の因子を持ち得る者もおるじゃろう。別に気にする程の物でもあるまい」
 珍しい、とは思うが。
「ふぅん。そうなのかな」
「何じゃ勿体ぶって」
「ううん、何事も意味があるわけじゃない。それは僕も知ってるから」
「はっ! 我(カタラァナ)が歌を垂れ流すのとは訳が違う。我とて時には書類の隅に落書きを──……」
 一瞬。
 横からクレマァダとカタラァナの間を黄色の衣を纏った一団が通り抜けた。
「であるからだな。ローレットへ行く前と変わらぬ生活をしておるならば、父様もいい加減甘やかすのを……これ、聞いておるのか?」
 振り向いて。固まる。
 つい数秒前まで隣で出店のアクセサリーを覗き込んでいた姉、カタラァナの姿は何処にもない。
 潮風に混ざって昼時らしいランチの香りが額を撫でつけて。
 背丈の低いクレマァダの周囲を往く人々の隙間が狭まって見えた。
「……はあ」
 クレマァダは今の状況を冷静に見つめる。
(迷子か、逃げられたか、誘拐等のトラブルに巻き込まれたか……いやそれはないじゃろ。アレがその辺のおかしな輩に連れ去られるなど……であるならばこの場合は)
 このまま煙に巻かれた気分でモスカ邸に帰還するのも、せっかくの休日が潰れた気がして納得がいかない。
(……ええい! あのうつけ者!)
 致し方なしとばかりにクレマァダは近くの街路灯へ駆け寄り、指先をトンと当てる。
 周囲の雑踏へ溶け込み、濁流に飲まれる小枝のように小さな音響は反射して消えて行く。その様を彼女は暫し聴き取り、頷いた。
「幼い時分を思い出すのじゃ……あの時は姉の鼻歌を辿って追いかけ回していたかの」
 少女は路地の奥へ駆けて行った。

●とどかぬゆうこうに むくろおつ
 暫し歩き、小走りを少々。
 クレマァダが辿り着いたのは騒乱と化したリッツパークの港湾。
「これは何の騒ぎじゃ」
「停泊所に海の魔物が出て来たんだ。大きいぞ、お嬢ちゃんも逃げた方が良い!」
「……そういう事じゃったか、全く」
 飛行種の水夫は、共に逃げようとせず佇んだままの彼女を一瞥して逃げて行く。
 小首を傾げたことでサークレットが装飾をシャンと鳴らす。
「────♪」
 聴こえているくせに振り向きもしない。そういう所が嫌いなのだと面と向かって言ってもビクともしないのだから性質が悪い。
 幼い時分にかくれんぼの真似事をしていた時はもう少し反応があったものだが。
「……我の勝ち、といっても微塵も気にせんのじゃろうな」
「──? 何の事かな?」
 そら見た事か。とクレマァダは不機嫌そうに息を吐いて見せる。
 カタラァナは騒乱の中にある港でただ一人。停泊中だった船舶を海中から破壊していた巨大な触手を振り乱す魔物を前に歩いていた。
 歌を口ずさむその小柄な背中は嵐を知らずして育った童のよう。
「せめて一言でも何か言わんか! こんな所まで歩かせおってからに!」
「今日は潮風が気持ち良いから散歩がはかどると思うな」
「あとで見ておれよ……それにしてもあれは何なのじゃ、『迷い仔』か」
「うん、僕(クレマァダ)もそう思うよね。ずっと聴こえていたこの声は、僕も覚えがあるから」
 おい危ないぞという誰かの声が聴こえて来るが、二人は気にも掛けない。

「……鈴の様な音じゃな」
「ね」
 先からずっと街中にまで聴こえて来ていた特殊音域の正体。
 それは港の浅瀬に迷い込み、母を呼ぶ子と同じ様にか細く啼いていた魔物の声音だった。
 カタラァナはそれに逸早く気付いて一直線に駆け付けたのだろう。
 無人だった停泊所でいつまでも暴れているのは、或いは彼女が口ずさんでいた歌が魔物を引き寄せて被害を抑えていたのかも知れない。
「次からは説明せよ。でなきゃ小遣いなんぞ当面出さぬからな!」
「でも僕(クレマァダ)は何も言わなくても来てくれたよね、お姉ちゃん嬉しいなー」
「そんなカオしても誤魔化されんぞ戯け!!」
 ニンマリしながら。小柄な姉妹は肩を並べて互いに魔力を波打たせる。
 モスカ一門が用いる魔術体系、波濤魔術。
 波紋はやがて潮の満ち引きを思わせる動きとなり、魔力の励起を "静寂を保ったまま" 操作する事で波濤が如き荒々しさをも自在としていた。
「海洋警備隊が到着してあの『迷い仔』を海に還す頃には、沖から来た『親』に沈められて大惨事になるのが目に見える……早々に弾き出すのじゃ」
「大丈夫なのかなその服、着の身着のまま飛び出して来たって言ってたけど汚して大丈夫なのかな」
「今それ心配するんじゃな……く、言われなければ意識しなかったものを! 修繕は経費で落とすから問題ないのじゃ!」
 クレマァダは軽く自棄気味にドレスの袖を捲って。次に裾を破る。
 小さな拳に神秘の渦潮を纏う彼女の戦闘体型は波濤魔術を用いての近接格闘、現モスカの名に連ねる祭司長たる彼女は若くして鬼才と謳われる程の力を身に着けていた。
 『絶望の青』に信仰を捧げるモスカは領地に面する海原と、そこに棲む外敵の強大さを基にして築き磨き上げられた武僧としての一面を有するが故に。
「……一応、言っておくのじゃ」
「なぁーに?」
「 "あれ" は歌うでないぞ。祭司長と巫女が勝手に暴れた挙句に妙なのに嗅ぎ付けられても困る」
「もちろん、わかってるよ」

 片や神を祀るが為に、片や受け皿として空虚であるが為に。
 クレマァダは姉が大嫌いだ。
 ローレットに招かれる以前からちっとも変っていない。
 楽器を鳴らしてその歌声を無為に有象無象へ聞かせ、何も知らないくせに深溝に吸い込まれる水の様に物事を理解して、なのにそれを活かそうともしない。
 そして。
 雨が降り注ぐ最中、幻想で起きた一斉蜂起の騒動で傷つき倒れたあの日。人がどんな思いで首都まで迎えに行ったか。
「──……だから、嫌いなのじゃ」
 ぽつりと呟いた言葉は声に出していない。
 だからほんの一瞬だけ、クレマァダの方へカタラァナの意識が向いた気がした。

 巫女であるカタラァナはモスカとして受け継いだ歌を無暗に人前で紡ぐ事を禁じられている。
 だが、だから。彼女は今日もまだ誰も知らぬ──或いは誰かが見ぬふりをした詩を──歌うのだ。

「──くらきくらがり とどかぬゆうこうに むくろおつ
   ……かえるみちとだえ かすかなひかり ささめくこえがうたうよ──♪
 ──あまくとろける おさとうのみちしるべ あなうがつむくろはな
   ……あしあとみかえして ゆるぶうしろあし よびこえがうたうよ──♪」

 姉(カタラァナ)の歌声が螺旋の標を描いた瞬きの後、クレマァダはその拳を以て海魔を在るべき処へ叩き突き返すのだった。

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