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秋を探して
登場人物一覧
●うつくしさをさがして
秋。
降り注ぐ光に僅かに含まれた冷気が誠二の頬を撫でる。秋風は紺碧の髪を攫い、落ちる木の葉は赤々と、美しく色づいていて。
吐いた吐息が白く染まりゆくのは、もうすぐだろうか。そんな時期になるころにはコートを新調しようか。それとも彼女とどこか街へ出るのもいいかもしれない。
足を進める誠二。彼の目的地は天義の奥地、森の奥にある小さな小さな音楽堂。
伸びやかに響く淡いソプラノ。待ち合わせ場所というにはあまりにも目立ちにくいその場所が、彼女――シュテルンとの約束の場所であった。
「ね、ね。誠二。秋のうた、しってる?
シュテね、誠二と歌、つくる、したい!」
「秋の歌、かい? 言われてみれば、確かにあまり秋の歌って、聞いたことがないような気がするね。
……いいよ。歌を作ろうか、シュテルン」
「うん! えへへ、うた、つくる、久しぶり。誠二と一緒、はじめて!
シュテねぇ、たのしみ、してた、今日。誠二は?」
「俺? ……さぁ、どうだろう」
「……いや、だった?」
「……ふふ、冗談だよ。楽しみにしていたさ、君に会えることを」
「えへへ、じゃあおんなじ!」
溌剌と笑うシュテルンに、誠二もまた笑みを浮かべ。こうして二人は、秋の歌をつくることに。
とはいえ幼いシュテルンが専門的な知識を持っているかと言えばきっとそうではないだろうし、今日彼女が何かを持ってきた様子もない。嘘をついたりが得意な性格でもない。ならばどうやって。
首を傾げた誠二は、またシュテルンに声をかけることに。とんとん、と肩を叩けば、シュテルンはご機嫌に振り返った。
「でシュテルン。どんな歌を作りたいとか、決まっているのかい?」
「ううん? シュテね、いつも歩いたり、お花をみたり、動物とごろんってするとね、こう……ぽんって!」
「ぽん?」
「そう、ぽんって! だからね、誠二と、秋をみる、するの」
シュテルンは誠二の骨ばった手を取る。暖かい。秋の息吹にも負けぬ暖かさだ。シュテルンは目を細める。
そのまま歩みを進める。
Largo、Adagio、Andante、Moderato、Vivace。
駆けだすように音楽堂を飛び出した。
緩やかに進む時計の針を急かすように、軋んだ木の板を蹴って、薄茶混じりの草の上へと飛び出して。
「秋を、さがしに、いこー!」
拳を突き上げたシュテルン。無邪気に微笑む姿は子供のそれに等しい。
ああ、かわいい。
くす、と笑みひとつ。誠二は頷くと、今度は自らシュテルンの手を握り、引いて、一歩踏み出した。
「……行こうか、シュテルン。木の根には気を付けて。
それから、ほら。はぐれると危ないからね。手をつなごうか、俺の手でよければだが。」
「うん! はぐれないよーに、ぎゅっって!
誠二の手ね、大きくて、とっても、好きっ!」
一人でなら、少しだけ寒いかもしれない。吹く凩は、一人で歩み続けるにはあまりにも冷たいから。
それでも、手を繋いだ先の君の体温があれば、歩み続けるのも悪くはないかもしれない。
誠二がシュテルンの歩幅に合わせるように、ゆったりと。同じ歩幅で、二人は音楽堂を後にした。
●秋はすぐそこに
「誠二、あそこ! リス、いる、する……!」
「本当だ。俺も本物ははじめてみる……ここで静かに見守っていようか」
こくこく、首を一生懸命に動かすシュテルンのなんと愛らしいことか。
二人は森を巡っていた。
鹿
ゆるりと落ちる木の葉。赤い紅葉はシュテルンのぷっくり膨らんだ愛らしい頬に、黄色い銀杏は柔らかなシュテルンのブロンドに似ているようだ、と誠二は思った。
豊かに実った林檎は、誠二の心に咲いた赤のベゴニアに。地に降り注ぐ木漏れ日は同時に咲いたアキノキリンソウのようだと思った。幸福な日々が崩れぬように警戒しているのだろうか、シュテルンに微笑みかけはするけれど、周囲から敵が襲ってこないか適宜確認しているようだ。
「誠二?」
「ああ……なんでもないよ」
「うそ。お顔、こわい、よー?」
誠二の頬を小さな掌が包む。ああ、つめたい。どうしてこんなに冷えてしまったことに気付かなかったのだろう。
シュテルンは不安げに誠二を見つめながら、誠二の冷えた身体を暖める。
「シュテね、誠二がたいせつ、するの。だからね、誠二、こわいかお、不安……」
「……ごめん。心配をかけたね。それなら、少し甘えようかな」
「なんでも、どんと!」
えっへんと胸を張ったシュテルンの頭を撫で、そしてそっと抱き寄せた。
「……少し寒いからね。こうすれば、二人ともあたたかい」
「うん。ぽかぽか、シュテ、すき」
どく、どく、どくと弾む胸は何なのだろう。
ああ、でも、一つわかったのは。
秋は寒くて、冷たくて、けれど。二人で暖めあうには丁度いい。
「あっ!」
「……どうしたんだい?」
「シュテ、浮かんだの。誠二、かえろ!」
「ふふ、うん。帰ろうか」
忘れちゃわないように、早く早く。
嗚呼、もちろん。それならば走っていこうか。
宵の空。フォーマルハウトに追われぬうちに、あの場所へ。
足をもつれさせぬようにと誠二はシュテルンを抱き上げる。
「わ?!」
「早くといったのはシュテルンだ。こっちのほうが、きっと早いさ!」
「わ、わー?! かぜも、けしきも、びゅーんって!」
腕の中で歓声をあげるシュテルン。ふふ、と誠二は微笑むと、スピードを上げて音楽堂へと駆けた。
●そして奏でるは
「……歌えるかい、シュテルン?」
「うん。ばっちり、なの!」
すう、と息を吸う。
想いは今にも溢れてしまいそうだから、人々は歌を紡ぐのかもしれない。
シュテルンは、伸びやかに歌い始めた。
♪ 収穫の日 恵みを祝い
♪ あなたの手を そっと握ろう
♪ 太陽の日 ひかりに笑い
♪ あなたの笑顔 堪えぬように
♪ バッカス揺蕩い 囁くはアルテミス
♪ デメテル嘆き 揺らぐペルセポネ
♪ 巡る 廻る 想いをのせて
♪ 回る 廻る 四季の移ろい
♪ カルポー微笑み いのちは踊る
♪ 永久の輪廻 愛と死を
♪ この命が枯れたとて わたしの愛は芽吹くだろう
♪ だから笑って 愛しい人
♪ たとえこの秋が 色あせても……
誠二の奏でたピアノが止んだ。
シュテルンと誠二は互いに目配せし、そして五線譜の刻まれた黒板の前に並ぶ。
この歌に、名前をつけるならば。