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真名公開~リアナルからマニエラへの帰還~
登場人物一覧
●改名
「……登録した名前を、変えてほしい」
ローレットにて、『策士』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)が悲愴な覚悟の滲み出る面持ちで、言葉を慎重に絞り出した。
要するに彼女は自身の改名を申し出ているだけなのだが……。
過去の名前と決別する事に一抹の寂しさと哀愁を漂わせていた。
――「リアナル」の名前は三年程使っていた名前である故に愛着は勿論あるだろう。だが、私は今のままではいけない。先日から燻るこの怨念の様な感情と決着を付ける為には……改名しかないのだ。
遡る事、先日のとある依頼。あろう事か、彼女のホームタウンである『練達』の街で「リアナル」の名前を騙る偽物と遭遇してしまう。偽物の退治には成功したものの、彼女は自身の存在理由について焦燥と葛藤が心中で渦巻いていた。
昨日、感情の滞りを押し流す為に酔いもしない強い酒を丸一本飲み干した。だが、酒の力を借りても彼女は自身を慰める事も誤魔化す事も出来なかった様だ。
ついに本日、早朝、決意を固めた彼女はローレットへ足を運び、登録変更の申し出に至る。
さて、今から全ての因縁を語り明かそう。
彼女の過去、そして「改名」あるいは「真名への帰還」に至った真相を。
●成育歴
ローレットで活躍する特異運命座標の一人として名の知れた彼女だが、現在までに使用していた名前は「リアナル・マギサ・メーヴィン」である。「リアナル」として仲間達に周知されてはいるが、実際の所、この名前は「偽名」である。
意外と知られていないが、彼女の「真名」は「マニエラ・マギサ・メーヴィン」と云う。
彼女が「マニエラ」と呼称される時は、極一部の限られた親しい人達との間柄だけだ。
ちなみに「マニエラ」は年齢登録も「Unknown」で済ませているが、実際には「31歳」という年齢である。彼女が歩んだ三十一年間の人生で、一体、何が「マニエラ」を「リアナル」に変えたのであろうか。そして現在、「リアナル」が「マニエラ」に帰還する決断を正しく理解する為、今一度、成育歴から振り返りたい。
そもそもの出生からして「マニエラ」は混血種である。彼女の両親は、傭兵でブルーブラッドの母親、さらにカオスシードで魔術師紛いの貴族の父親から構成されている。「リアナル」の外見をご存知の方は一発で分かるが、彼女はブルーブラッドの血の方を濃く受け継いでいる為、ケモ耳と尻尾がある。
ところで、「マニエラ」は一人っ子ではない上にやや複雑な成育環境で幼少期を過ごした。父が多愛主義者である為か、正妻との間では娘が二人いる。その上、二人の娘の他にも、父は愛人との間に別の娘も授かる。最後の「マニエラ」は、父が傭兵の獣人女性と一夜の恋を実らせて誕生させた娘であった。
――とまあ、複雑な家庭なのだが……。私自身は四女であり、上に異母姉妹である三人の姉がいる家庭である事を補足しておこう。
「リアナル」をよくご存知の方は、彼女の「『幻想』生まれ『練達』育ち」という成育歴を聞いた事があるだろう。なぜ、彼女の家は『幻想』から『練達』へ移住したのであろうか。しかも、父親は列記とした『幻想』貴族であるはずなのに……。
「移住」に関する事情は、長女のリチェルカの縁談まで遡る。その昔、リチェルカは裕福で権威もある貴族男性とお見合いをしたのであるが、縁談が破談に終わった。なぜならば、相手の男性が気に食わなかったリチェルカは、お見合い相手を右ストレートで殴り飛ばしたからである。
無論、殴られた側は貴族の流儀でメーヴィン一家に復讐をする。要するに、権謀術数の限りを尽くされ、濡れ衣を着せられた一家は貴族の立場を失った。その帰結として、遥々と『練達』まで亡命せざるを得なくなったのである。
――うん、まあ、私の姉が如何にもやりそうな事だったな……。お陰様で私は『練達』育ちになるが、何気にその事実に感謝していたりもする。『練達』で私は機導兵器の扱いを学び、以後、特異運命座標の戦いでも重宝しているからな。
もっとも、斜陽になったと雖も貴族は貴族である。『練達』へ亡命した後も「マニエラ」は姉達によって貴族式の英才教育で育てられた。そんな「マニエラ」は厳しく躾けられたお陰で、テーブルマナーや挨拶等の貴族らしさは身に付ける事が出来た。しかし、肝心の魔術の才能は全く開花する事がなかったのである。
――そう、あの頃は私も必死だったが、それ以上に必死だった姉達には申し訳ない事をしたと思う。あんなにも熱心に魔術を教えてくれたのに……。だから、私は『鉄帝』北方へ修行の為に旅立ったのだ。この厳しい混沌世界を生き抜く術として、傭兵術をマスターする為に……。
●リアナル
「マニエラ」は『鉄帝』で傭兵術を一通り修めた後、巫女の修行にも励む事になった。
当時、特異運命座標で護衛依頼を得意とする此陽・咲華に引き取られたからである。
ちなみに「リアナル」の舞として有名なあの「藍ノ舞・水天晴矢」もこの頃の産物である。
――此陽・咲華……私の思い出の人だ。今でも彼女の事を忘れはしまい。あの頃は、なんやかんやあって咲華と事実婚関係にまでなったな。だが、ある日……。
十一年程の歳月が過ぎた時、此陽・咲華が蒸発する。魔物討伐の依頼を受けて、戦地で魔種と接敵したという噂も立った。咲華達が魔種を撃退したという風説もあったが、勝利と引き換えに当該パーティは皆、行方不明となってしまった。
悲しみに暮れた「マニエラ」は、懸命な捜索を三年もの年月で続けたが、咲華の発見に至る事はなかった。けれども、全てを諦め掛けた正にその時、特異運命座標の大召喚に「マニエラ」自身も巻き込まれた。
「マニエラ」はその日を境として彼女自身も特異運命座標の一人として活動を始める。思い起こせば、あの咲華も特異運命座標であった。だからこそ、大切な人を探す為、そして追い駆ける為……。悲しみに足を取られて動く事すら叶わなかった自身との決別を断行した。
――悲恋に泣き明かす事はもう止めた。私はもう「マニエラ」とは名乗るまい。これからは「リアナル」と名乗ろう。なぜなら「リアナル」(rear null)とは、背負った全てを投げ捨てて生きる事を決意した覚悟の名前であるからだ。
●私の名は
ローレットの受付で「マニエラ」が真名に改名届を済ますと背後から声を掛けられる。
「あら? リアナルさんではないですか? 実は、魔物討伐の依頼がありまして……」
どうやら馴染みの情報屋が「リアナル」に依頼の相談を持ち掛けて来たが……。
「マニエラ」はケモ耳をぴくつかせて、振り返ると、微笑みながら事情を告げる。
「あぁ、すまない、私の名前なんだが――」
――私はもう「リアナル」ではなく「マニエラ」なのだよ。うん、偽名から真名へ改名登録を済ませたからな。なぜ、そんな改名をしたかって? よし、依頼の相談の前に、そこからじっくりと話そうか……。
「マニエラ」(Maniera)とは、遥か彼方の異世界で「技法」の意味を持つ名称である。
魔術師として、狩人として、そして将来就く事があろう職業人として……。
多彩な技術を体得して、鮮やかに駆使して、この世を生きる術を全うして欲しい。
そんな沢山の温かな想いと願いが込められている。
傭兵に生きた母親が愛する娘を名付ける際に授けた素敵な名前……。
それが「マニエラ」だ。
了