SS詳細
コデマリの花が咲く時
登場人物一覧
●
『銀なる者』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)にとって『性別』とは重要な何かである。
退廃的な外観をしており、人は無意識にこの館を避ける。だが外装こそ廃虚同然だが館内は整えられているらしい。普段ノルン家以外の者が立ち入る事はないが、彼らに招かれた者、何かに行き詰まった者のみが、この館の存在を正しく認識する事が出来る……との事。
「平和だ……」
特異運命座標イレギュラーズとして空中庭園に呼び出されてからもう二年が経とうとしてる。様々な地で様々な戦いを経験してきたリウィルディア。
その身に固めていた貴族としての警戒心は、ある人の存在で大きく解き解されて。
「そうだな」
戦いの合間にあるひと時の平穏さえ……愛おしく感じる。
『機工技師』アオイ=アークライト(p3p005658)……彼が傍に居てくれるなら、リウィルディアは平穏でなくともどんな時間であっても特別に思えるのだろう。
「ねぇ、アオイ」
「なに、リウィル」
「えっと……ぁ、や、やっぱりいいや!」
「そう?」
リウィルディアは温厚で世話好きな性格ではあったものの。アオイに対してはなかなか言葉を紡ぐ事が出来ずに居た。
(アオイを気軽にデー……お出かけにも誘えない。僕、ダメだなぁ……)
リウィルディアのアオイに対する思いはとても強いものだった。
だが強いからこそ……その
宮殿での催しの時にダンスに誘えたのは本当に勢いだった。それも練習と称して、余裕を演じて、でも少し心細くて。
その後彼に取られた手の熱と、その心臓に悪い笑顔が目の奥に焼き付いて……上手く踊れていたかも思い出せないが。
「……そう言えば、さ」
次に口を開いたのは意外にもアオイの方だった。
「この近くでバザーやってるらしいんだ」
「……そうなんだ?」
そう言えば確かにそんな話を街を歩いてる時に小耳に挟んだ気がする。
「……リウィル、一緒に行く?」
「!! っ、行く!!」
アオイからの誘いをどうして断れるだろう。リウィルディアは食い入るように返事をする。
「はは、じゃあ行こうか」
リウィルディアの勢いにアオイは笑みが溢れて。そんなアオイを見てリウィルディアはひ、引かれたかな? と自分の勢いの良さに少しだけ後悔を滲ませていた。
幻想のとある広場。
バザーはこの街にとってお祭りも同然のようで、旅芸人や音楽家達までそこに集まっていた。
「結構賑わってるんだね」
「そうだな……あ、そこの見てもいい?」
「うん!」
アオイが何か気になるものを見つけ、リウィルディアはそのまま彼について行く。
リウィルディアは彼と居れたらそれで良くて、自分の行きたい場所をアオイと居る時は主張しない。だけどそれでいい、だってリウィルディアにとってアオイと居る場所が、行きたい場所で、時間で、それでいて……かけがえがないのだ。
「機械の部品まで出てるとは……あ、このパーツ……」
ぽつりぽつりと呟きながら品物を手に取り真剣な表情をするアオイを見ているだけで、リウィルディアは心から満たされる。退屈だなんて滅相もないのだ。
「あ、ごめん。退屈だよな……?」
「え? そ、そそんな事ないよ! ここで待ってるから……ゆ、ゆっくり見てて?」
「そう? ……わかった」
だから、唐突に彼にこちらへ振り返られるとリウィルディアは心臓が飛び跳ね上がってしまう程に驚く。
(び、びっくりした……)
胸に手を当てホッと撫で下ろす。
アオイの行動全てに一喜一憂する自分に振り回されながらも、その原因がアオイなのだから仕方ないと許してしまう自分もいてどうしようも無い。
過去、これ程までに思った相手と言えば……。兄がふと思い浮かんだが……それともまた何かが違う。それは違って当然の事で、何ら不自然な事では無いのだが。なんとも説明しがたい感情でリウィルディアは困ってしまう。
「お待たせ」
「……もういいの?」
「充分見たよ、ほら……」
買い物をそれなりに楽しんだ様子で、アオイは手元に様々なパーツが入った袋を抱えていた。
「……アオイが楽しめたようなら良かった」
「そう? ほら、リウィルも楽しんで……あ、この前みたいに
「え?!」
丁度音楽隊もいて賑やかだし、その音楽に合わせて踊ってる人もいるし。そんな提案をするアオイにリウィルディアは目を丸くする。
「この前リウィルに言われて確かにそうだなって。だからさ……今日も教えてくれる?」
「え、ぅ、ま、まぁ! そ、そこまで言われたらね! ……も、ちろん」
こんなの……こんなのまるで
──ポツ、ポツ。
「雨だー!」
「商品を仕舞え! バザーは中止だ!」
「ああ! 楽器が濡れちまう!」
鼻先に雫が落ちてきたと思えば、周辺はあっという間に土砂降りになっていた。
「急げ! あと少しで書斎館だ」
「う、うんっ」
アオイとリウィルディアの二人も慌てて帰路を走っていた。不幸中の幸と言うべきは、書斎館が近かった事だろうか。
「はぁ……はぁ……あぁ、びっくりした」
「ほんとな、突然降って……お互い随分濡れた」
「あ、ぅ、そ、そうだね……」
なんとなく気恥ずかしくてリウィルディアはアオイの方を振り向けない。
それにしても、ダンスを踊れなかったのは凄く残念だ。リウィルディアは扉の窓の向こうで降る雨を見つめる。
「濡れたままじゃ風邪引くね……何か……暖でも取、る?」
と言い切ろうとして、リウィルディアはふと気づく。
「ああ、うん、そうだな……着替えるか」
「き、が?!」
そうだ。着たまま乾かすなんてそれこそ風邪引くし、着替えると言う提案は間違ってはいないし、何らおかしい事ではない。
リウィルディアがその『性別』を『不明』だと言って隠している事以外は。
「待っっって!! ぼ、僕……別の部屋で着替えてくるから!!」
いや、性別どうこう以前に、アオイの着替えを直で見ると言う事自体がリウィルディアにとってはよろしくないと言う事もあるだろうが。
「そう? わかった」
短く返したアオイを置いて、リウィルディアはこの部屋を出て別の部屋へと駆け込む。
「どうしよう……」
リウィルディアは悩む。アオイはリウィルディアを『不明』だとして、いつもと変わりのない態度なのだろうと思った。
だから、僕のこの反応はおかしいのだ。わかっている、わかっているけれど。
(アオイ……に、なら……)
僕を、僕を……受け入れてくれるだろうか。
──女である……僕を。
リウィルディアはずっとアオイに言わなきゃと思っていた。でも、受け入れてもらえると信じる事が出来なかった。自分もアオイも。
けれどずっと傍に居て……彼への思いは膨らむばかりで。どうしようもなくて。諦める事は出来なくて……!!
「ねぇ、勇気をちょうだい……」
だから、リウィルディアは祈る。誰ともない存在……いや、自分への祈りだろうか。
自分へ勇気を送る。勇気を引き出す。
勇気を……勇気を……勇気を……!!
「アオイ……聞いて欲しい、話があるんだ……」
先程の部屋の扉の外から、リウィルディアはノックした後そう向こう側へ呟いた。
けれど、アオイの反応が返ってこない。
「…………ん? あれ?」
おかしいな? と思っていると──
「リウィル」
「う、うわぁっ?!」
不意に後ろから声をかけられ、リウィルディアは思わず叫んでしまう。
「ああ、ごめんリウィル」
「あ、いや……こっちこそごめん」
二人はなんとなく気まずい空気になってしまう。けれど、ここで萎縮してたらダメだなとリウィルディアはゴクリと唾を飲んだ。
「あの、ア、アオイ……僕ね……アオイに伝えたい事があるんだ。聞いてくれる?」
「うん?」
リウィルディアの決死の表情に、アオイは茶化す様子もなく黙って聞いてくれる。
「その、前に……僕が何者でも……これからも友人……でいてくれる?」
本当は大切な人だけど……今言うべき言葉は
「うん? 別に、リウィルはリウィルだろ?」
「アオイ……」
アオイのその優しい言葉に、リウィルディアは少しだけ心を落ち着かせる事が出来た。
「僕」
「うん?」
「僕ね」
「うん」
リウィルディアはなかなか言葉が出せない。何せ二年もの間ひた隠しにしてきた事だから……とてつもなく、強い勇気が要るのだ。
「ゆっくりでいいよ」
アオイはそんなリウィルディアをわかっているかのように、自分より背の高いリウィルディアの頭を安心させる為に撫でる。
いつもなら余計緊張するところだが、リウィルディアはその優しさに背中を押されたような気がした。
「アオイ……あのね」
「僕、僕ね」
「今まで黙ってた、けど……」
「僕……、」
「女の子なんだ」
リウィルディアの言葉を聞いたアオイは暫く黙っていた。
(ひ、引かれただろうか? それともそれとも騙されたと思っただろうか? 失望しちゃった?)
そんな不安が顔に出ていたのか、長い沈黙を経てアオイの口が漸く開く。
「ああごめん、知っていたからさ。そんな事かと思って」
「え?」
それは意外な言葉だった。
「別に……リウィルが隠したいならそれでいいかなって思っていたし。それに……性別がどちらでも、もしくはなくても……リウィルはリウィルだろ? さっきも言ったけど」
「……アオイ」
引かれると思った。嫌われると思った。もう話せないと思った。
そんな覚悟を決めていたと言うのに。
彼はいつもと変わらない様子で受け入れてくれたのだ。
リウィルディアは……彼女はそれだけで心が救われた。