PandoraPartyProject

SS詳細

思い出を紡ぐ深紅の果実

登場人物一覧

ソア(p3p007025)
無尽虎爪
エストレーリャ=セルバ(p3p007114)
賦活


 落葉の雨が降る。枯木のような木々の隙間から太陽が顔を覗かせるけれど、森の隙間で戯れる風は冷たい。
 こんな日はお家でぬくぬくしたい。普段のソアならそう言う所である。ソアは精霊種であり、虎の精霊である。寒風に晒されるより炬燵に引きこもりたい。セットで美味しいご飯とふかふかの布団があればもっと素晴らしい。
 そんな彼女が外に出てきた理由、それは勿論。
「ソア、見て! フユイチゴが沢山!」
 彼女の隣でキラキラと目を輝かせる子供――エストレーリャと一緒にいられるからに他ならない。
 炬燵もご飯もお布団も大好きだし素晴らしいものだけど、隣に彼がいる時間は「最高」なのだから。

 星見の森は、エストレーリャ――ソアは彼をエストと呼ぶ――のふるさと。フユイチゴは森と共に生きる幻想種である彼にとってなじみ深いものであり、大好物の一つ。
 これまで紫陽花を見に行ったり、チョコを交換したり、お化け屋敷に連れだったことはあるけど、故郷の森を案内したことがない。フユイチゴの味を堪能してもらったこともない。
 それならば、と誘ったエストに対し、ソアは「いいよ、行こう!」の快諾。
 こうして二人はエストの故郷に、仲良く手を繋いでやってきたというわけである。
 エストにとっては懐かしいと同時に見慣れた景色ではあるが、ソアにとっては楽しみにしていた初めての景色。森の中の生活は長い――それこそ気が遠くなるくらい長いのだが、あの森とはまた違う生命の息吹を感じる。
 水気を吸ってふわふわする落葉の絨毯の上に足を出してみたり、フユイチゴの小さな姿を探し出そうとあちこちきょろきょろ見て回ったりと忙しない。その光景のどれもが、エストにとって愛らしいものではあるけれど。
「ソア、一緒に探そう?」
「うんっ!」
 このままだとどこかに行ってしまいそうなソアに声を掛ける。ぱたぱたと戻ってくる彼女は換毛期を経たのかちょっと前に見た時よりももふもふで毛並みのツヤもいい。
 軽やかに跳ねる体からやや遅れてふわっと舞い上がる濃紺のスカートも、持ち主と同様に楽しそうに見えた。
「フユイチゴはね、地面の近くにあるんだよ。葉っぱは丸くて、少しギザギザしているんだ……。ほら、こんなふうに」
 地面に目を凝らしていたエストが、ある一点を指さす。ソアの視線もそっちに向かう。そこに生えていたのは、豆粒ほどの大きさの赤い実。フユイチゴだ。
「すごーい! おいしそっ!」
 文字通り目を輝かせるソア。エストが小さな果実を潰さないように優しく摘み取る。
「はい、ソア。あーんして」
「あーん!」
 期待半分楽しさ半分、足し合わせると幸せ満点。そんな表情のソアの口に、フユイチゴを一粒入れてあげるエスト。
「あむっ!」
 口の中で実が弾ける。口一杯に広がるのは……予想外の酸味。
「んん~~! すっぱ~~い!!」
 思わぬ罠にビックリして目を白黒させるソア。エストはそんな彼女をちょっとしたり顔で見つめている。
「あ、まだ熟してなかったのを食べさせちゃったね。ごめんねソア、大丈夫?」
 言葉は丁寧の塊だが、表情が崩れている。嘘を付きとおすのはまだ少し早かった様子。
 勿論、ソアもそれを見逃さない。
「むぅ、エストのいぢわる!」
 ほっぺをぷぅと膨らませて抗議の意を示すソア。それはそれでかわいいけれど、和んでばかりもいられない。
「わ、わ。ごめんねソア」
 慌てて謝るエストを睨みつけていたソアだが、次の瞬間にはとろけそうな笑顔を浮かべ、
「わっ!」
「うっそだよ~!」
 勢いよく彼の腕をとって甘えるようにじゃれる。引っ張られ、たたらを踏むエストだがそんなことはお構いなし。イタズラにはイタズラを。倍返しさっ!
 そんな、誰かが見ていたら微笑ましさに破顔してしまいそうな光景だが幸か不幸かここは森の中。周りに人は誰もいない。二人でひとしきり笑った後は、静寂。
「ソア、じゃあフユイチゴをいっぱい持って帰ろうね」
「うん! 後でパイを焼いてね、ボク楽しみにしてるから!」
 そうして早速屈んでフユイチゴを探す二人の上、空は少し雲が多い始めるけれど、まだ太陽は隠れてはいない。
 だから二人も、近付くハプニングの足音に気付かない。

 森の中に、落ち葉を踏み分けて進む音が響く。活発そうな足音はソアの。静かに、けれど確かにかきわけて進んでいくのがエストの。
 二人は順調にフユイチゴを収穫し、バスケットに入れていく。ソアはギフトで森の仲間に手伝ってもらいながら、エストは経験を頼りにしながら。エスト曰く「今年は豊作だよ」ということで、初めてのソアでも労せずフユイチゴを見つけられる。

 ソアがバスケットに入れる。
 エストがバスケットに入れる。
 ソアがちょっと盗み食いをする。
 エストがそれを見つけて窘める。
 ソアがしゅんとするその隣で、今度はエストがつまみ食いをする。
 ソアがちょっと不満そうなので、エストが特別甘いフユイチゴをソアに食べさせてあげる。
 
 そんなこんなで、最速ではないけれど順調にバスケットの中はフユイチゴ――とエストがついでに採ってきたキノコで満たされていく。
 持ち上げると、ずっしりと重い。これだけあればパイを焼くだけじゃなくてジャムも作れる。帰ったら早速作ってソアに振舞ってあげよう。
 そんなことを考えていると、当の彼女が「わっ」と声を上げた。
「どうしたの!? 大丈夫?」
「うん、ボクは大丈夫だよ」
 一体どうしたの、と尋ねると、どうやら耳に水滴が落ちてきたようでビックリしちゃった、とのこと。
「朝露かな?」
 そう思って空を見上げると、暗い。森に着いたときにはまだ空の青さが目立っていたはずなのに、今ではどんよりとした雲の方が多くなっている。
「ソア、雨が降ってくるかもしれない」
「え?」
 天を見上げて、「あ、ホントだ!」と呟くソア。そんな彼女の鼻先に、小さな雨粒がぽたり。続くように、エストの服に、ぽたり。
「降ってきた!」
 ぽつ、ぽつ、ぽつ。その音は落ち葉に当たって、少しずつ数を増やす。
 瞬く間に増殖して、連続した音を紡いでいく。


 森の大地は落ち葉と水気で柔らかい。そこに雨が降ると、ぬかるむ。ともすれば転びそうになりながらも、二人は互いの手をしっかり握ったまま雨宿りできるところを探していた。
 星見の森は深くはないが、それでも集落までの距離がある。フユイチゴを探している間に森の奥に入ってしまっていたのも災いした。本降りになっても建物の影すら見えず、繋ぐ互いの手も冷え始めている。
「……! ソア、あそこ!」
 エストの目に留まったのは枯れて倒れた木。何か大きなものが抉ったような洞があり、身を屈めば二人が雨を凌ぐ程度の空間はありそうだ。
「オッケー!」
 ソアが引くような形で洞に飛び込む。当座の雨と風は凌げるようになった。だが風雨で下がる温度までは防げない。
 ソアの手に伝うエストの温もりが、エストの手に通るソアの肉球が、次第に失われていく。互いの服はぐっしょりと濡れて、重い。
「……ごめんね、ソア」
 二人で肩を寄せて雨が止むのを待つ最中、エストが零すように言う。小首をかしげるソアに、更に続ける。
「僕がはしゃいで森に誘わなければ、今頃こんな寒い思いをしなくて済んだのに……本当に、ごめんね」
「そんなことないよ!」
 ソアの大声が洞中に響き渡る。
「ボク、今日とっても楽しかったよ! そりゃあ雨に降られちゃうハプニングはあったけど、エストの故郷も見られたし、フユイチゴも一杯取れたし!」
 ……それに、エストと一緒にいられたんだもん、といつもの笑顔で返すソア。そう、彼女にとって今日のイベントは付加価値のようなもの。一番大きな楽しみは「エストと一緒にいられること」それ自体なのだから。
 そしてそれは、エストとソアという単語をそのまま入れ替えても成立する。
「うん……そうだね」
 けれど、それを直接言うのはエストにはむず痒い。だから、ソアの言葉に同意を重ねるだけにして、代わりに彼女の肩を抱き寄せる。
「わっ!」
 ソアがビックリするくらいの力でぐいと引き寄せる。芯の温もりも、心臓の鼓動も聞こえてきそうな距離。
 金色の眼と尖った八重歯がすぐ目の前にある。
 夕焼けのような瞳と澄んだ笑顔が自分を真っ直ぐ見つめている。
 誰もいないけれど、誰も見ていないけれどちょっと気恥ずかしくてどちらともなく視線を外す。エストが外した視線の先には、先程詰んだフユイチゴの詰まったバスケット。
 徐に、手を伸ばす。小さな実を摘まんで、
「ソア」
「なーに? ……んむ」
 可愛い彼女の口に入れてあげる。ちょっと面食らった様子のソア。
「……甘い」
「そう、よかった」
 お返しとばかりにソアも一つ選んでエストの口に運ぶ。
「どう?」
「……ちょっと酸っぱい」
「え!? ごめんね!」
 ううん、大丈夫とエストが笑う。
 二人の距離は、近い。呼吸で上下する胸の動きを確認できるほどに。相手の睫の長さを再認識できるほどに。
 二つの顔の位置は、もう文字通りの目と鼻の先。引力に惹かれる二つの星のように、その距離は近付いていき――

 触れた先は、甘酸っぱいフユイチゴの味がした。


 互いが互いの温もりに支えられながら、どれだけの時間を過ごしたのだろうか。体力の消耗を抑えるためにフユイチゴを時折口にしながら、雨が止むまでの時間を二人で過ごした。
 勿論その間も、二人は色んな話をした。ソアが歩んできた冒険の数々、エストが経験してきた生活。一人の経験は口伝を介して思い出になり、幸福は増幅され、悲哀は半減する。
 そうやって流れていく時間の末、いつの間にか雨は上がっていた。最初に気付いたエストが洞の外に顔を覗かせると、外は薄暗いがもう雨が降る心配もなさそうだ。
「ソア、行こう」
 ここでの時間も楽しかった。けれど濡れた服は温度を奪うし、そろそろ夜も来る。なにより、ここを出て彼女にパイとジャムを振舞うという約束をしたのだ。
 唇にあの感触と甘酸っぱい味が残っている気がする。それは過去を照らす思い出。そして同時に、未来に楽しさをもたらしてくれる福音でもある。
「ここを出たら、早速パイとジャムを作ろうね!」
「わぁぁ、ボクとっても楽しみだなあ!」
 目を輝かせるソア。その子供っぽさがおかしくてつい笑ってしまうエスト。少し減ってしまったがまだまだパイとジャムを作るには充分な量のフユイチゴが入ったバスケットを肩に担ぎ、エストの手をしっかりと握る。
 そうして二人は手を取りながら、笑いながら星見の森を後にする。
 そして進む、未来へ。二人で紡ぐ、楽しい思い出があちこちに群生するであろう未来へ。 

  • 思い出を紡ぐ深紅の果実完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2020年11月09日
  • ・ソア(p3p007025
    ・エストレーリャ=セルバ(p3p007114

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