SS詳細
厨房剣士シュート
登場人物一覧
精霊剣ヴェルグリーズ。この剣は幻想の地で打たれてから幾年もの間、あらゆる地を巡り、数多の人物の手にわたっていった。それこそ新緑から海洋まで、有名な貴族から無名の一般人と国境を越えて多くの持ち主の手に渡ったその剣だが、そんな剣でもかなり印象に残った者がいた。その者の住む地は鉄帝、持ち主の名はシュート。のちに『厨房剣士』と呼ばれた男である。
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その男、シュートはラド・バウの闘士の一人であった。同期の中では剣術に関していい筋をしたシュートだったが、彼には大きな欠点があった。同期の他の闘士が親や兄弟にも闘士がいたのに対して、鉄帝のしがない料理屋の息子であるシュートはそのようなものがいなかったのだ。それ故か家族から協力を得れないまま、武器や防具も良いものが手に入らずに、常に悔しい思いばかりをしていた。
(はあ、俺もみんなみたいにいい武器や防具があればなあ……とはいえ、家を継ぐのも放り出してここまで来たんだ。ここで諦めるぐらいなら死ぬまで闘士として戦い続けてやる!)
そうしてシュートは努力を重ねていき、ついにC級闘士の末席に就くことができたのだ。そして、そこまでたどり着けた自分へのお祝いにと彼はとある武器屋で安く売られていたとある剣を購入した。これこそが、その当時はまだ銘のなかった、後のヴェルグリースであった。
こうして新たな剣を手にした彼はCランクでの戦いを次々に勝ち進んでいき、ついにB級闘士まであと少しのところまで来ていた。その要因には彼自身の才能もあったが、彼の両親が常に言っていた『商売道具を大事にする』という言いつけによって剣の管理や点検を怠らなかったこともあるだろう。真面目によく研がれたその剣の切れ味は彼に買われた時以上に高くなり、もしかしたら切ったものが刃につきにくくなる能力となったのもそれがきっかけかもしれない。だが、真相はまだ謎のままだ。
だが、そうやって人気が上がってきた時だった。自身の両親が倒れたという報告を聞いたのは……その報告を聞いたシュートはある決断を迫られた。それは闘士を引退して家を継ぐか、家を放棄して闘士を続けるか。彼は大いに悩んでいた。どちらを選ぶにしても、それが無くなれば悲しむ者はそれなりの数いた。両親の見舞いに行きながら悩んだ結果、彼がたどり着いた答えは……
「決まったー!今回の戦いの勝者は最近話題の新人B級闘士シュートだ!」
シュートが今立っている場所はBランクの闘技場。この場所にて彼は一つの試合を終えたばかりだ。しかし、
(クソ、思った以上に時間をかけすぎてしまった!これじゃあ、間に合わないかもな……今日も急ぎか)
すぐに急いでその場を立ち去る。彼が向かう先は……
「よお、シュート!遅いじゃないか、試合が長引いたか?」
「まあ、そんなところだ!今回は相手が粘り強かったが、なんとか勝てたぜ!」
「まあ闘士の仕事も大事だが、こっちの仕事も忘れんなよ!」
「わかってるぜ!今日もこの衣装のままだが気にしないでくれよ!」
彼の実家である料理屋であった。彼は試合の衣装のままで厨房に立ち、愛用の剣で食材を切っていく。切られていく食材は剣の刃にくっつかずに次々に切られて、そこから両親直伝の料理技術が食材を料理へと変えていく。
そう、彼が選んだのは闘士か料理人の『どちらか』ではなく、その『両方』であったのだ。こうしてシュートは『厨房剣士』というあだ名で、最初は料理人にも闘士たちにも中途半端な奴として嫌われていたのだが、彼のひたむきな努力やその大変さを人々は少しずつ理解していき、盛り上がってきた頃には鉄帝内では知らない者はいないほどの知名度となった。そしてその名はのちの鉄帝においても変わり者のラド・バウ闘士の一員として語り継がれて、親しまれていくのであった。そしてシュートの人生が終わりを迎えたころ、彼が愛用した剣は料理屋の常連であり闘技場でのファンでもあった商人の手にわたり、この商人から別の人物へと渡っていくのであった。また余談だが、シュートが厨房剣士として剣を使って料理を行っていたことにより、その経験がのちにヴェルグリーズが精霊種となった際に初めてにしてはなかなかの料理の腕前を見せることになる。だが、剣を使って料理を行うため傍から見たら止められてもおかしくなく、その技術は戦場で活きることになるだろうが、それはここで深く語ることでもないだろう。
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時は進み、当時銘のなかったその剣は『ヴェルグリーズ』の銘を与えられ、さらには精霊種となって人の姿をとれるようにまでなっていた。そんな彼がある日人の姿で鉄帝を訪れたとき、とある看板をつけた店を見つけた。
「えっと、『厨房剣士』の実家であった料理店、剣士料理亭」?」
ここでヴェルグリースは疑問を持つ。持ち主であったシュートは妻子がおらず、自分の代で店を終わらせるつもりだったのだ。それは長きにわたり彼の近くで見守ってきたヴェルグリースがよく知っていることであった。もしかしたらシュートの名を勝手に騙るものによる詐欺かもしれない。そう考えたヴェルグリースはまずは落ち着いて店に入ってみることにした。
「おや、見慣れない顔だね。もしかして、厨房剣士の名前に興味を持ってきたのかい?」
「まあ、そういったところだね。けど、聞いた話ではその厨房剣士は自分の代で店を終わらせるつもりだったと聞いたが?」
さっそくヴェルグリースは店主に鎌をかけてみた。
「おや、そんな情報を知っているなんて……さてはアンタ、厨房剣士の大ファンだな?じゃあ、教えてやろうか。実はだな、厨房剣士が死んだ後でとある商人が彼が愛用していた剣を高く売って、その金をもとに店を切り盛りしていったそうだ。そうやっていくうちに闘士としてのファンだったやつや常連達も手を貸してくれてな、今じゃこの店は鉄帝じゃ知る人ぞ知る名店になったわけだ」
店主の話を聞いて、ヴェルグリーズが商人の手を離れた後の話だということがわかった彼は、同時にシュートの人望の厚さを感じた。その繋がりは、『別れ』の精霊となった今の自身にとっては正反対な、眩しいものであった。
「それで、お客さん。注文は何にするんだい?」
「じゃあ、ここのおすすめでも頼むよ……それと、実はだな、その厨房剣士についてはいろんな話を聞いたことがあってだな。よかったら聞いてくれないか?」
「そのくらい構わないぜ。それに厨房剣士にはいろんな噂があるからな、そういうのを聞いて比べてみるのも案外楽しいもんだしな」
店主のヴェルグリーズを信用していない感じの言葉に対してヴェルグリースはフッと軽く笑った。なにしろ店主は思ってもいなかっただろう。目の前に立っているこの男こそがあの厨房剣士を高みへと導いて、繋がりを生み出すきっかけとなり、そして死ぬまでそばにいた、愛用の剣だということを……
「ところで、キミは厨房剣士みたく剣での調理はできるのかい?」
ヴェルグリースは店主に興味半分で聞いてみた。
「馬鹿を言うな、できるわけない……って言いたいところだが、実は最近面白いやつがうちに来てだな。なんでも厨房剣士にあこがれてこの店で働きに来ている奴なんだ。それも、名前まで似ていてだな……」
「ちょっと店主。また私をからかっているんですか?」
すると店の奥から女性が現れた。彼女は料理亭の人とは思えないような皮の鎧をつけており、その装いはまさしく厨房剣士に似たそれであった。
「あっ、お客様ですね。私はシュカーです。実は私も元々料理人の娘だったのですが闘士にもあこがれていて、似たような境遇だったという厨房剣士の話を聞いて、彼のようになりたくてここで働いているんです」
「とはいっても、まだD級闘士だがな」
シュカーの自己紹介に店主が茶々を入れたが、シュカーの話す姿を見て、ヴェルグリースはいつしかのシュートの面影を感じていた。だからだろうか、彼はシュカーにこんなアドバイスをした。
「シュカー、キミはいい闘士になれるはずだよ。あとは、『商売道具を大事にする』こと。これを守っていたからシュートはB級闘士まで行けたんだと思うよ」
ヴェルグリースが思わず言った言葉にシュカーは首を傾げた。
「あれ、なんだか厨房剣士を本当に知っているような……けど見た目は人間種だし……まあいっか。お客様、今から料理を作りますね」
シュカーの料理の手さばきは、まるでかつてのシュートのそれによく似たものだった。こうして繋がってきたものはなかなか断ち切れるものでは無い。別れの精霊である彼にもそれはよくわかっていた。