PandoraPartyProject

SS詳細

ミューゼルとバルドー

登場人物一覧

クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
クーア・M・サキュバスの関係者
→ イラスト

●二人の時間
 回り始めるレコードプレイヤーに針が落ち、録音されたバイオリンと女性シンガーのソプラノボイスが流れ始める。
 ミルククリームとイチゴのクリーム、チョコレートにバナナのイエロー。色鮮やかに飾り付けられたケーキを一切れずつ皿にのせ、ブルーベリーソースを細く長く垂らしていく。
 それを持ち上げて、女は目を細めた。
 海に沈んだガラス玉のように透明な、しかし奇妙に光の薄い目で、どこか幸せそうに甘い芸術品を見つめている。
 肌は洋菓子のように甘そうに柔らかく、桃色の髪は彩るソースのようにほほにかかり、豊かすぎて扱いに困りそうな乳房はそれを強調するかのように半分ほど露出していた。
 うっとりと頬を赤らめ、そして『ぬちゃぬちゃと』振り返る。
「クーアちゃん、ケーキと紅茶が出来ましたよー。とっても甘くて美味しいですよ」
 腰から下が巨大なタコでできたスキュラ、キャット・C・バルドー。
 まるで縄で縛り付けられているのかというほど不本意そうに椅子に座った女が、げっそりした様子で息をついた。
 猫耳にメイド服がくっついたような女。背後の窓から差し込んだ光がほんのわずかに彼女の身体をすり抜け、床にかかる影を薄くしていた。
 よく観察しなければ分からない程度のその違いを目にして、キャットはどこか不思議な表情でテーブルへと近づいてくる。
「キャットちゃんケーキ好きでしたよね?」
「嫌いじゃないだけなのです。それ食べたら帰っていいですかいいですよね」
「だーめです」
 へにゃあと溶けるように笑うキャット。
 それが愛玩動物をゲージに閉じ込めて一方的に愛でるさまによく似ているがゆえに、クーアは天井のシミを数える作業を開始した。
 わかってる。どうせ逃げられやしない。

 彼女たちの関係を一言で説明するのは難しい。
 上司と部下だったとも言えるし、同じ境遇を経験した同種族だとも言えるし、ネコと鼠のように険悪な関係だったとも、極端に言えば恋人同士であったとも言えた。そしてある側面だけをとるなら、囚人と救世主であるとも言えた。

「どうしたんですか? 紅茶、さめちゃいますよ。それとも寝覚めが悪かったですか?」
「悪くて当然なのです」
 継続して天井のシミを数えながら、クーアは昨晩から今朝にかけての出来事を思い出していた。
 いつものようにバウンティハンターめいた仕事をこなし、ローレットから入る細い単品仕事をこなし、『趣味』に興じ、ネコ精霊とたわむれ、長くも充実した一日を終えてさあ明日はなにをしようと考えながらハンモックの寝床についた――後の朝。目が覚めたらふかふかのベッドに寝ていた。
 キングサイズのベッドに。仰向けに。
 横から『おはようクーアちゃん』とキャットが声をかけてくるまで含めて、完璧にサイコホラーのワンシーンであった。
「今回みたいな浚い方は二度としないでください」
「前みたいに定期船のチケットをすり替えたほうがよかったですか?」
「呼ぶなら普通に呼べっていってるのですよ!」
 キシャーとしっぽをけばけばにしながら立ち上がるクーア。
 キャットは頬に手を当てて、なぜだか嬉しそうに笑った。
「だって呼んでも絶対来ないじゃないですか」
「図書館で借りた本にメッセージカードを挟むようなやり方じゃ誰だってこないのです!」
 正直恐いのです! とまでは言わない。お互い今更過ぎる。
「それでもちゃんと来てくれるんですよね、クーアちゃん」
「拉致るのは『来る』とは表現しないのです」
「すぐに帰らないじゃないですか」
「島の真ん中で船もないのにどう帰れと」
 キャットのこういう部分に、クーアはまあまあ慣れていた。
 このタコ少女(不老の年齢不詳)は万事手抜かり無く機転が利き行動が早い。
 現在仕えている主人の目線から見れば、朝起きればその時食べたいものが食べたいタイミングで現われ歩いているだけで着替えが済みやるべき仕事の半分が自動的に片付き数年先まで安定した予定が決まりいつも不思議と安眠できるというかなりハイスペックなメイドなのだ。
 しかし天は才能を正しく振り分けないというべきか、キャットはその能力を相手の逃げ道を殺す恫喝交渉のようなやり方で行使するのだった。
 海と国をまたいだ先の、それもローレットの転送装置を用いて各国を高速で渡り歩くクーアの動向をどのようにして知り得てなおかつピンポイントで拉致っているのかは知らないし知りたくも無いクーアだが……それ自体が全面的に『自分のため』であることもまあまあ理解していた。
 ゆえに複雑。
 ゆえに天井のシミである。
「今回もめいどの仕事を手伝えっていうのですか」
「んー?」
 ケーキの敷き詰められたテーブルへ器用に肘を突き、クーアの顔を見つめるキャット。
 心的外傷というべきかトラウマというべきか、一時期家事能力を完全に喪失していたクーアだが、キャットに『どうしてもおねがい』されることによってごく普通のレベルではあるが家事能力が回復していた。
 おねがいの仕方についてはもはや言うまでも無かろう。
「そうですね。今日はクーアちゃんにお片付けを手伝って貰おうと思ってます」
「そうですか。どこを片付けるんです。倉庫ですか。地下室ですか。庭の草でもむしりますか」
「んー……地下、ですかね?」
 甘い笑顔のまま首を傾げてみせるキャット。
 ともすれば魅惑的なその光景に、クーアは背筋をぞっとさせた。
 知っている。
 こういうとき彼女が何をするのか、知っている。

●地下のお片付け
 ケッペリン家はかつてカッシャ島における石油をはじめとする燃料資源を独占し売価を吊り上げることで島民を搾取し続けてきた富豪であり、この家の人間が発言したことはたとえ人命に関わることであっても実行されたという。
 今では島の『お片付け』の結果保有する財産の92%を没収され残る財産もほぼ凍結状態になっていた。
 とはいえもとが莫大な財産である。たった8%とはいえ相当なものでありやろうと思えば一部隊作って憎き怨敵に大きなダメージを負わせる程度の価値はもっていた。
「それが、不正に持ち出されて組織化したって情報が入ったんです」
「あの説明から誰が地下組織の始末だって思いますか」
 いい加減にするのです。とかいいながらちゃんとついてくるクーア。
 ここはカッシャ島の北に位置する小さな無人島。定住者がいないというだけで軽く別荘地になっており、あちこちに金持ちが所有していそうな攻めたデザインの家屋が建ち並んでいた。
「ケッペリン家は傭兵を集め、ご主人様を暗殺する計画を立てているらしいんです。『お片付け』を手伝ってくれますよね?」
 小さなボートで岸についたキャットは、手早くボートを固定して上陸した。
 彼女の伸ばした手を掴むこと無く、ぴょんと岩に飛び乗るクーア。
「ここまできて勝手に帰るわけないのです。帰っていいなら今すぐかえりますけど」
「またまた。いつもそういって手伝ってくれるんですから」
「ツンデレキャラみたいに言うなです。ここで帰ったら余計面倒なことになるというか……もうほぼ恐喝なのです」
 キャットはクーアの弱みを握っていた。それも小さなことから大きなことまでである。
 小さい具体例を挙げれば寝相やほくろの位置。大きい具体例をあげれば貴族の屋敷を酔った勢いで数棟焼いたこと。
 とはいえ。本当にキャットがその気になったなら、クーアをもっとどうしようもない形で従属させることもできたはずだ。
 クーアはかつて見た『地下室のおもちゃ箱』を思い出して背筋を振るわせた。
 反抗する意志どころか、人格や人間性まで奪ってしまうキャットの籠絡術をクーアは『痛いほど』知っていた。
 頭の片隅では、キャットがそういった非常識に優れた能力をもってしまったがためにそういった方法でしか人を愛することが出来ないのではということも理解できていたし、クーアへの接し方がどこか特別であったことも感じてはいたが……。
 ロープがついているからといってバンジージャンプを平気できる人間はそう沢山いないものである。
「わかったのです。やるのです。で、何人燃やせば?」

●ババア再び
「ミセス、島へ侵入した人物が二名。タコ足の女と猫耳の女です。ディープシーとブルーブラッドでしょうか」
「二人ともウォーカーだよ」
 ヒヒヒと笑う影。
 ソファに腰掛けシャンパンのコルクを開けるババアがいた。
 天井からはメイド服姿の気を失った少女(?)がロープで吊るされている。
「餌にかかったね。ヒヒヒ……」
「ミセス。なぜおびき出すのがメイドなのです。スウェイディーを直接抹殺すれば済む話だと思いますが」
 背広を着たスキンヘッドの黒人男性が、吊るされた少年(?)を見上げて言った。
 シャンパンをラッパ飲みするババア。
「わかってないようだね。スウェイディーは確かに優れた貴族さ。人格者で経営手腕も良く勤勉で誠実……だがそれだけなら山ほど居る。そういう奴はアタシの手駒にだってできる。むしろやり手ならやり手なほどいい。分かってんだろう? ボブ」
 げふうと息を吐くババアに、ボブと呼ばれた男は眉間に皺を寄せて小さく首を振った。
「何が言いたいんです」
「ベルドナント、ミシェーラ、ケッペリン……三大富豪という体裁でいかにも力が拮抗しているように見せかければ外から流入する新勢力をサイクル式に吸収していくらでも拡大できる。けど、奴が来てから出来なくなった」
「余計に分かりません。奴とはスウェイディーのことですよね」
「いいや」
 シャンパンの中身を飲み干すと、手首で口をぬぐって空き瓶を放り投げる。
 割れた瓶の音を背景に、ババアは目を左右非対称に見開いた。
「キャット・C・バルドー。奴が計画を狂わせる」
 ババアがパチンと指を鳴らすと、拳銃をもった黒い背広姿の男たちがずらりと『きをつけ』姿勢で整列した。
「野郎どもォ! 歓迎会を始めるよ! ヒッヒー!」

 別荘地に立ち並ぶ無数の建築物。
 一般家庭ではまず立ち入ることすらないようなサイケデリックなそれらは、ほとんどが廃墟同然の寂れ方をしていた。
「ベルドナント、ミシェーラ、ケッペリンの三大富豪はこの無人島を別荘地にしました。避暑ができるほど離れてはいませんから、きっとパーティ会場が欲しかったんでしょうね。
 けど本当の……裏の狙いはそうじゃなかった。この土地に沢山の武器と資金を埋蔵するため。それも、三大富豪の隠し財産をある一人の人物が独占するための金庫島だったんです」
「それ、どうやって調べたか……」
 つらつらと語るキャットの後ろで、クーアがジト目をした。
 にっこり笑顔で振り返るキャット。
「聞きたいですか?」
「聞きたくないのです」
「二十人ほど地下室に」
「聞きたくないって言いましたよね」
 火の付いた松明を掲げるクーア。ただの松明ではない。
 ぱちぱちと火の粉が散るたび、小さなネコの幻影になって遊ぶ。そんな不思議な松明である。
 厳密に言えば特異性があるのは松明の方では無く、クーアのほうなのだが。
「敵影5。距離100」
 片目を瞑って呟くクーア。
 島に住んでいた野生のネコを使役し五感共有をかけたのだ。
「先制攻撃をしかけるのです。キャットは……」
「クーアちゃんにお任せします」
 一切変化の無いにっこり顔で両手をあげるキャット。
 クーアはため息をついて、身を屈め、大地を猛烈に蹴りつけた。
 民家を飛び越え、いびつな屋根へと着地。
 その様子に驚いた黒い背広姿の男たちが一斉に銃を構えるが、クーアが火炎瓶を投擲する方が早かった。
 直撃し、たちまち燃え上がる黒服。
 悲鳴をあげながら踊る黒服から飛び退きつつも、屋根から転がるように退避したクーアを追いかけて残る黒服たちが走り出す。
「回り込んで追いかけろ、数はこっちのほうが――」
 ごう、とジェット噴射の音がした。
 民家の窓と窓を貫いて飛び出したクーアが、黒服たちの眼前に現われた。
 突き出す松明。ふっと息を吹きかけただけで、炎が大きく広がった。
 まるで熱したタールを浴びせられたかのように燃え上がり、転げ回る男たち。
 いくら転がったところで炎が消えることはなく、男たちは真っ黒な塊になって止まった。動いているのは炎の揺らめきだけである。
「お見事」
 ぱちぱちと手を叩きながらゆっくり歩いてくるキャットへ、クーアは恨めしそうに振り返る。
「少しは手伝ったっていいのですよ」
「ボクはこういうの苦手なのです。荒事はクーアちゃんに任せますね」
「よく言うのです」
 松明を投げて一回転させると、ぱしりと掴む。掴んだ瞬間には、既にその場からかき消えるように移動していた。
 クーアの戦闘速度は秒速30m。時速計算で108キロ。勿論これは戦闘速度であり全速力で疾走した場合はこれに限らない。むろん50メートル走選手が走りきった後のような極度の疲労状態になってはいけないので加減はするが……したとしても、キャットの情報にあった島中央の別荘へたどり着くまでさしたる時間はかからなかった。
 窓ガラスを突き破り、火炎瓶が三個まとめて放り込まれる。
 拳銃を抜こうとした黒服たちが燃え上がり。その炎を駆け抜けて四つ足走行のクーアが屋内へと駆け込んだ。
 白い壁紙がたちまち黒く染まり、赤いソファが灰を舞い上げる。
 声を張り上げるババア。
「ボブ!」
 声をかけれたボブが懐の拳銃を抜き、ブレーキ&ターンでこちらをむいたキャットへと連続で発砲。
 銃弾は確かにキャットの身体に一発命中し、残る二発が壁と床に命中。
 クーアは小さく舌打ちこそしたものの、まるでひるむことなく飛びかかり、ボブの顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
 その勢いで跳躍。回転、火をつけていない火炎瓶を見上げるババアへと振りかぶる。
 一瞬。ババアと視線が交差した。
 不敵に笑ったババアの表情が、一瞬にして驚きに変わる。
「アンタ、アタシの魅了を――」
「そういうのは」
 瓶が、ババアの顔面をしたたかに殴りつけた。
「見飽きてるのです」

 後日談。否、今回の後始末。
 倒したババアを然るべき機関に引き渡したのち、キャットはババアが埋蔵していたという隠し財産を回収していった。
「もしかして、資金回収が目的だったりしたのですか」
「まさか」
 キャットはミミズク飛行種の少女(?)を抱きかかえたまま振り返った。
「僕の大事なオモ――後輩メイドを取り返したい一心でしたよ?」
「よく言うのです」
 クーアは帰りのボートにぴょんと飛び乗り、その背にキャットが声をかけた。
「ここに残りませんか?」
「……今更なのです」
 ボートが、港を出て行く。クーアの後ろで、島がどんどん小さくなっていった。

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