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知りたいと願う男
登場人物一覧
ゆらゆらと、揺れている。いいや気のせいか。だんだんはっきりしてきた視界にはどこかの天井が映っていた。
「──目覚めましたか」
声に視線を移す。淡い金髪からのぞく尖った耳は
「道に落ちていたので拾ってきました。具合はいかがですか」
落ちていた、なんて物か何かのような扱いである。ちょっとむっとして言い返そうとした時、それよりも大きな音が鳴った。
ぐうぅぅぅう──。
「「……」」
思わず黙り込む2人。やがて男から「行きましょうか」と告げられた。
どれだけ腹が減ろうとも、睡眠欲が満たされたおかげかヨロヨロしながらも立ち上がれる。男は始めこそさっさと進んでしまったが、『俺』が置いて行かれていることに気付くとその歩調に合わせてくれた。
「ここは教会が面倒を見ている小さな孤児院です。俺はその教会に属している修道士です」
その名をブラッド・バートレット(p3p008661)。君は、と聞かれて『俺』も名乗る。しがない旅人など記憶にも残らないかもしれないが、それでも名乗られたら返すのが礼儀であるから。
「アンディ。それと、……助けてくれてありがとう」
「神の思し召しです。俺はそれに従っただけですよ」
ここです、と促された先では皆──シスターや子供たち──が祈りを捧げている。ブラッドは淡々とこの後に朝食だと教えてくれた。
悪い人物ではなさそうだが、愛想がない。それが『ブラッド・バートレット』に対する印象だった。
沢山の元気な子供たちがいる孤児院では食事中も賑やかだ。中には成長期、食べ盛りな子供もいるようで、ブラッドにもっとよそってほしいと強請っている。
「1人だけ多めはダメです」
「ケチー!」
「食べ切れない子にお願いしてもらいなさい」
これも常日頃交わされているやり取りなのだろう。ブラッドの返しに子供はすぐさまとある少女の元へ向かったようだ。アンディも彼らと同じだけの分量をよそわれる。本当は朝ご飯を済ませ、何か軽く手伝ったら出て行こうと思っていたのだが、ブラッドからは「今日はゆっくりすると良い」と言われてしまった。せめてと薪割りの手伝いをしていたアンディは、何やら教会の外が騒がしくなったことに顔を上げた。暫しして相変わらず無表情一筋なブラッドがやってくると、そちらを気にしているアンディに気付いたらしい。見ている方を振り返り、気にしているものの正体を察すると彼は謝ってきた。
「シスターがお怒りのようです」
なんでも商売に来た商人が神を冒涜したのだとか。聖職者の前でそのような事をすれば怒られるのも無理はないだろう。けれども、この男はどうなのだろうか。そう問うとブラッドは不思議そうに──表情は固まったままであるが──首を傾げた。
「俺は特に……ありませんね。どちらの意見を優先すべきか考えた事がありませんでした」
個人の自由な思想、意見の尊重か。
それとも神という絶対的存在を重んじるか。
教会に属する者であるというのに、それではまるで神すらも信じているか怪しいではないか。などと言っても彼は怒らないかもしれない。いいや、彼が何か感情を露わにすることがあるのかすらわからない。それがこの半日も一緒に居ない間に抱いた思いだった。
──この男は、何処か『欠けている』。
しかして子供たちはなかなかにブラッドの事を好いているらしい。彼は
そんな彼は元気な子供たちに纏わりつかれ、その日にあったことを次々と話されては『よくわからない』という顔をしていた。
そうして夜が過ぎ、再び朝がやってくる。子供たちも起きださないような時間だったが、ブラッドは律儀に起きだして見送ってくれるようだった。
「なあ」
再びなどないかもしれない。だからこそ問いが口から飛び出た。どうしてそんなに淡々としているのか、と。彼はひとつ目を瞬かせた。
「自分でも分かりません。複雑で、理解し難い『心』を教会の皆は感じ取ることができますが」
しかもそれを当然のように言うのだと言う。そう告げるブラッドには分からないのだろう。例えば、綺麗なものを彼は綺麗だと思わない。そう思う理由が分からない。心惹かれるという感覚も、また。
「けれど」
ブラッドが顔を上げる。夜明けの空は薄紫から鮮やかな朱へ移り替わろうとしていた。それをアンディは美しいと、綺麗だと思う。
「……知りたいとは、思うのです」
旅は一期一会。されど、無表情なこの男を忘れることはないだろうとアンディは思った。