PandoraPartyProject

SS詳細

それが大人の在るべき姿だから

登場人物一覧

ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
ネリ(p3p007055)
妖怪・白うねり

●素直に頼る
『流石に一人では無理だねこれは……』
 宿の主ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ (p3p006562)が掃除の手を独力で済ますことを諦め、掃除の手を募りやってきたのは、見た目に幼き少女だった。
 白妙の長い髪を持つその少女、ネリ (p3p007055)の姿に僅かに驚く――尤も後にその驚きが別の驚きに上書きされるのも未だ知らぬが――も、彼は彼女から発せられる一種の空気に侮りを見せることなく、柔らかく笑んで問うた。
「やあ、こんにちは。清掃のお仕事に来てくれた子かな?」
「ええ。不安かしら?」
「いや、そんなことはないよ。来てくれて助かったよ」
 互いにイレギュラーであるという自己紹介もそこそこに、ウィリアムはネリに状況を説明していく。
 仮にも宿泊施設だけあって一人で掃除をするには余りにも広く、最低限のそれを覗けば手のかからぬことが多く――。
「3階は僕達が住んでいる所だからしっかりしているけど、そこから下がね……」
 幾ら自分達の居住区が清潔にしてあろうとも、肝心の客が使う場所が駄目では話にならないというものか。
 なにせ家具を動かしただけで年月の重みという洗礼埃がぶわっと舞うが来るのだからと、彼は苦笑交じりに語りながらネリをその場所へと案内していく。

●決して侮らず
 ――そして案内を経て、掃除の手が入らぬ淀んだ空気を見据える眼は、それを確実に仕留める仕事人の如くか。
「この程度ならネリのギフトで十分よ。ウィリアムは石鹸と洗剤を用意してちょうだい」
 その言葉と白髪のうねりも鮮やかに、掃除の手を伸ばしていく彼女の言葉を誰が大言壮語と笑えるものか。
 細かな隙間の汚れも一つたりとも見逃さぬ、細くも鋭き髪の切り込みが汚れを削ぎ取り、白波舞い踊るかのように鮮やかに、年月の穢れを削ぎ落し。
 ともすれば尊大に見えるこの態度が偽りではない、真の仕事人プロフェッショナルであることを強くしめす手際――彼女一人でどれだけの手が賄えるのだろうか。
 巻いた舌が一周する程に鮮やかに、通り過ぎれば魔法のように清掃と整頓の齎される仕事ぶり、磨きの音色すらも心地よきそれを見、呟きは思わず漏れる。
「手際が良すぎて僕の出番が全くないな……あ、石鹸と洗剤だね。持ってきます」
「大量の水も。あとでシャワーも貸して」
「それは勿論。とりあえず持ってくるまで、これで頑張って」
 快く水の満たされたバケツを差し出すウィリアムと、先ほどまでに空であったそれを見比べ、ネリは白髪のうねりを続けながら問う。
「ギフト?」
「そんなところだね……そうだ。昼食は出すけど、何がいいかな?」
「にんじんは嫌いよ。それ以外なら何でも。あと、デザートはクリームソーダでおねがい」
 一昔前の子供が嫌う野菜の代表格と、子供の好きな甘いものの二つが合わさったそれを聞き、このプロフェッショナルの子供の可愛らしさに心和むものを感じつつ。
 神業が走り空気の清浄――それこそ、埃が払われていくだけに留まらない、掃除の後の特有の爽やかさが増していく気配を背に、ウィリアムは与えるべき正当な報酬の準備に取り掛かっていく。
 やがて昼を回るその時には、掃除を任せたその場所が異世界と変わったと称してしまうのはまた別の話。

●誠意には誠意を以て
「お疲れ様。今日の分はこれまでってことで。簡単なものだけど、召し上がれ」
 木のテーブルの上にことりと小さな音を立てて置かれた木皿と、そこに豪華絢爛に、ともすれば虚飾寸前にも見えるハンバーグプレートだった。
 中央に鎮座する肉厚のハンバーグにはトマトの煮込まれた甘くも食欲を揺さぶる旨味のヴェールを纏い、それを彩る目玉焼きの白と儚く揺れる黄金が輝く。
 そこに添えられたるはキャベツのコールスローと、バターの香り甘きコーン、そして小さく山のように巻かれたシンプルなパスタのボンゴレ・ビアンコ。
 本来ならばここに甘く煮たキャロットグラッセのオレンジを添えて、より映えさせるのであるが代わりに口の油を切るオレンジを置いていた。
「「いただきます」」
 祈りの声が重なれば、ウィリアムの用意したハンバーグ・プレートにネリはナイフとフォークを突き進ませる。
 狙いはデミグラスという旨味のヴェールを纏ったハンバーグ、食べやすく一口に切られたそれが肉汁という透明な雫を溢れさせ、旨味の香をより強く立てる。
 口に含み、挽肉の柔らかくも肉そのものの上等な弾力を噛み締めればその旨味の香と、デミグラスと共に動植物の複雑な旨味が味蕾に幾つもの落雷を浴びせていくそれは一言で――。
「おいしい」
 時々箸休めのように口に運ぶコールスローの酢の刺激と、歯触りを残したキャベツの刺激は濃密な肉の旨味を清め、ボンゴレ・ビアンコの滑らかな麺のつるりと入り込む官能的な刺激、噛み締める貝類の肉とは違った旨味がまた飽きというものを与えず。
 フォークで掬い上げながら粒の幾つかが零れるコーンも、バターの香と歯を立てて弾けるコーンの甘い果汁はまたハンバーグを口に運びたくなるように食欲を煽る。
「ぱぱとままが作ったのも美味しいけど、ウィリアムのはまた違った美味しさだわ……」
 どちらが美味しいか、という問いを投げられれば恐らく答えは出ないだろう。
 それでいい。どっちも美味しい、それでいい。
 半熟の卵を崩し、黄金の蕩けたマントを纏ったハンバーグを口に運べば、旨味が旨味を更に引き立て口の中より幸福という感情を引きずり出し、食事の手をもっともっとと進めていき。
「おかわり」
 ――故に瞬く間に掃除たべきった空となったプレートを手に、この言葉を要求するのも無理からぬことであり。再び運ばれたプレートを程なくして掃除たべ進めていけば。
 添え物の最後のシメに、そのまま食べられるようにカットされたオレンジに口の中の油を清めつつ、ウィリアムはネリの待ち望んでいたデザートを差し出した。
「君もイレギュラーなんだよね?」
「ええ」
 デザートとして差し出されたものはご要望通りのクリームソーダであった。
 わざとらしさも感じられるメロンの香りは爽やかに鼻につき抜け、小さな匙で救いながら運ぶアイスクリームの冷たくも滑らかに溶ける舌触りは心地よく。
 舌に纏わりつく濃厚なクリームの甘味を、メロン炭酸の香りと弾ける気泡の刺激が洗い流し――また炭酸に溶けかけながらも、微かに炭酸の刺激纏ったアイスを口に運ぶ。
 時折氷の冷たきが微かに頭を内側から強く突き上げるようなこの痛みもまた一興か。
 互いにイレギュラーであることを改めて確かめるように、クリームソーダに夢中になるネリを微笑ましく見守りながら、ウィリアムは饒舌に語り出した。
「だったら……」
 特にどうということはない。
 只管に、ただ思いついただけのことを語っているだけだが、クリームソーダを口に運びながらもネリは目を更に輝かせてウィリアムを見つめていた。
 しきりに頷き、語られる考えの一つ一つを頭に刻み込みながら、ネリはふと首を傾げた。
「なるほど。……先生っていうのかしら、こういうの」
「かな?」
 もしかしたら、この父母にもどこか似た彼をいつしかそう呼ぶ未来が来るのかもしれない――純粋にの話に耳を傾けながら、炭酸の抜けかけた僅かな刺激をクリームの残滓と一緒にネリは吸い上げて。
「あ、おかわり」
「はいはい」
 口の周りを僅かに白く染めながら、氷だけとなったグラスを差し出して無邪気に笑う姿をどうして断れるか。
 気をよくグラスに緑を鮮やかに満たしながらその上に満月のように浮かべた美しいクリームソーダを作るその背に、ネリは身を乗り出しながら問うた。
「他には何かないのかしら?」
「そうだね、他には……」
 ――時計の針はチクタクと音を刻んでいく。
 昼の日差しの滾りも既にピークを過ぎ去った晩秋の昼下がり、青年と少女の話は溶けた氷がグラスの内側を響かす音にも気付かせぬ程に進んでいくのだった。

●それが大人の……
 後日――まだまだ終わらない宿の掃除を頼んだのは良いが、広がってきたのは驚きの光景だった。
(また速くなってる……凄いなあの子)
 昨日に比べてより速く動くネリの掃除にウィリアムは僅かに口を開いた。
「適当に思いついたこと言っただけなのになぁ……」
 にも拘らず、それを見事に活かして無駄なく、より手早く髪を動かして的確に掃除を行ってくれている。
 髪が踊り掃除の手が伸ばされれば埃の穢れは取り払われ、僅かに光を反射する床の照りを、窓の透き通りが導く太陽光がより鮮やかにそれを映し出す。
 優れ過ぎた技術は魔法と区別がつかぬと誰がいうたか、彼女の掃除は正にそれだろう。髪<神>技に文字通り磨きが掛かっていると言って良い。
「ん? 何か言ったかしら?」
 ウィリアムの呟きにきょとんと首を傾げながら振り向いたネリに対して、それを誤魔化すように少し顎に手を添えてからウィリアムは誤魔化しの言葉を口に出した。
「いや……今日のお昼は何にしようかなって」
「クリームソーダは忘れないで」
「はいはい」
 よっぽど気に入ってくれたのだろうか。髪の揺らぎがまるで喜びを示したようで、動く掃除の音色がより軽快に、心地よいものに変わっていくような錯覚すら受ける。
 磨かれて僅かな輝きすら見せる床の美しきことは、昨日の食事の喜びに顔をほころばす姿を彷彿とさせつつも、この仕事人の将来性は何とも末恐ろしく、そして頼もしきか。
 だったらせめて、今日のクリームソーダに乗せるアイスは二段重ねとしてくれようか。それでもおかわりと口の周りを白く染めながら言う微笑ましい姿が想像できるのもご愛敬。
 正当な働きには正当な報酬を――それが大人の在るべき姿なのだからと、一先ずは今日の分の掃除を済ませてからだと思うものの。
 それも程なくして終わってしまいそうだと、ネリの掃除を見ながら思うウィリアムであった。

  • それが大人の在るべき姿だから完了
  • NM名表川プワゾン
  • 種別SS
  • 納品日2020年11月12日
  • ・ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562
    ・ネリ(p3p007055

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