PandoraPartyProject

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リロンデル、リロンデル

登場人物一覧

チック・シュテル(p3p000932)
燈囀の鳥
チック・シュテルの関係者
→ イラスト


 リロンデル、リロンデル、空を飛ぶ。
 リロンデル、リロンデル、幸せ運ぶ。

 颯爽と風を切って飛ぶ燕は幸福の伝令。
 今日はどんな報せを運んできたのだろう。

「やあ、チック。久しぶり。元気にしていたか?」
「元気、してる。ルスティカも、元気? 手伝い……する、しに? 」

 『埋れ翼』チック・シュテル(p3p000932)は眩しそうに仰ぎ見て幼馴染みを出迎える。
 曇空のように言葉も態度もはっきりしない彼なのに、何時になく晴れやかに心躍らせて。

 ルスティカ=フェドーは同じ『渡り鳥』の一族で、チックにとっては友達と認め合う間柄。
 一族の長の子として『渡り鳥』を率いるべく、チックとは対称的に期待されて育てられた。

 美しく俊敏な燕の彼と、醜く愚鈍な白鳥の自分。
 正反対な二人なのに、何故か昔からウマが合う。

「今日は君を連れ戻しに来た」
「おれを?」
「チック、此処を辞めて共に来てくれないか?」

 眠たげな眼差しに被せた刷毛のような灰色の睫をしばたかせ、チックは舞い下りた燕の人を見る。
 その誘いは幸福の兆しなのか、それとも──

「チック、私には君が必要だ。そろそろ『渡り鳥』に戻って私を手伝って欲しい」

 人の役に立ち、人を助けることが『渡り鳥』の信条。
 『渡り鳥』の長となるはずだった青年が助力を乞う。

「話……聞かせて」

 小さい頃から何でも出来た友に出来ぬこと。
 何の取り柄もない自分に何が出来るだろう。

 チックは親友に向き合うとその手を取った。


 リロンデル、リロンデル、空を飛ぶ。
 リロンデル、リロンデル、雛鳥探す。

「見つけた。どうしてこんなところに隠れているんだ? 皆が探している。帰ろう」

 岩陰で蹲るチックの元に真っ直ぐに燕は飛んでくる。
 黒とも藍ともつかぬ羽根は光沢を帯びて真っ直ぐに。
 空色の瞳は曇り空の灰色雲のような雛を映していた。

「おれ、帰らない。帰っても、めいわく……かける……」
「迷惑? 誰がそんなこと言ったんだ?」
「みんな。うすのろ……うすにびいろ……みんな、言う……」

 チックが抱えた膝に顔を埋めると、灰色の髪と翼は大きな綿埃のように見えた。
 飛行種のみで構成された『渡り鳥』の一族の、白鳥の夫婦に生まれた灰色の鳥。
 ぼさぼさな髪ともさもさとした翼。おっとりと眠たげなのは誰に似たのだろう。

「でも君も『渡り鳥』の一族だろう?」
「おれ、ギフト、まだもらってない……。だから、手伝う、できない……」
「ギフトなら気にしなくていい。後から目覚めるやつもいる。ギフトがないと言うなら私もそうだ」
「ルスティカ、も……?」

 灰色の塊は驚いて顔を上げると、隣に腰を下ろした子どもを見た。
 『渡り鳥』の長の子は利発そうに見えて、自分と同じに思えない。

「ギフトというのは神様からの贈り物、一人にひとつ、必要な力を必要な時に与えられる。何がいいのか神様がまだ吟味しているということだろ」

 たまたま『渡り鳥』の一族が早くにギフトを得る者が多いだけと彼は言い。
 逆に早く貰いすぎると生き方がギフトに左右されかねないのだと彼は言う。

「おれも……もらえる? おれ……なまえも、ない、うすにびいろ……みんな、よぶ……」

 ルスティカは灰色の子の名前を知らなかった。

「名前、欲しいか? 私でいいなら考えてやる」
「なまえ……、……ほしい……」

 ルスティカが夜空を見上げると、そこには翼を広げた大きな鳥。

「シュテルが『星』だからな……。そうだ。チック、チックがいい」
「チック……。どんな、いみ?」
「『雛』だ。君は今はまだ雛鳥だけど、これからあの白鳥座のようにみんなから仰がれる星になるんだ」

 ルスティカは旅人を導く北の星座、夜空の渡り鳥を指差した。
 白鳥座を見つめるチックの目には希望の光が灯されている。

「なれる、かな?」
「なれるさ。なる、って思うんだ。私が教えるから」

 チックはルスティカの差し出す手を取る。
 自分を導いてくれる、頼もしい友の手を。


 リロンデル、リロンデル、空を飛ぶ。
 リロンデル、リロンデル、雛は歌う。

「ひょっとして君の歌には魔力があるんじゃないか?」

 チックの力に最初に気付いたのは、彼の面倒を見るようになったルスティカ。

 親からも仲間からも疎まれ、時には鬱憤晴らしにいじめられることさえあった。
 だけど長の子と親しくなり、人並みに物事が出来るようになるとそれも止んだ。

 蹴られるとき、気持ちが晴れるのなら役に立っているのだろうと思っていた。
 罵られるとき、それは自分が役に立っていないから当たり前だと思っていた。

 だけどルスティカはそうじゃないと言い、人を手伝う術を教えてくれた。
 彼が教えた通りに出来るようになると、皆もよく出来たと褒めてくれる。

「誰かのために歌ってみたらどうだろう? 慰めたいとか、勇気を出して欲しいとか。手伝いたいという気持ちを歌に込めるんだ」
「うん。おれ、うたう、する。手伝う、する」

 チックが歌っても世界は何も変わらない。
 だけど歌うといつもよりは上手く出来た。

 少しだけ早く飛べて手先が器用になった。
 少しだけ耳が良くなって力持ちになった。

「私はチックの歌が好きだ。夜空のように深く、どこまでも澄んで、星たちが歌うのを聞いているようだ」
「でも、おれ……まだ、うまく、喋れない……」
「それはきっとチックの嘴が歌うために出来ているからだ」

 ルスティカがそう言うと、チックにもそう思えてくる。

 ルスティカが灰色の羽根もやがて生え替わると言う。
 するとチックの羽根は親と同じ白い羽根に変わった。

 ルスティカが魔術を発動する鍵は歌声にあると言う。
 チックの歌はギフトとなり誰かを手伝う力となった。

「ルスティカは、すごい。ルスティカの、言うこと……本当、なる。ギフト、なのかな?」
「さあ、どうだろう? 予知能力ではないみたいだから。私の予想が当たったのは君だけだ」
「おれ、だけ」
「ああ、君だけだ。こうして長の子としてではなく付き合えるのは」

 チックにとってはルスティカしかいなかった。
 ルスティカにとってもチックしかいなかった。

 親の期待、一族の期待、裏切れない運命。
 親が選び、自分では選べぬ、敷かれた道。

 重圧を苦にしたことはないけれど、家から抜け出しチックと過ごす自由な時間が好きだった。

「私こそ君の存在に救われているのかもな」

 ルスティカは岩陰で隣り合う少年の手を握る。
 チックがその手を握り返してくるのが嬉しかった。


 リロンデル、リロンデル、空を飛ぶ。
 リロンデル、リロンデル、雛は育つ。

「最近忙しそうだな。私といるのが嫌になったか?」

 変化が訪れたのはチックに弟が出来た頃だった。

 両親からクルークと名付けられた子はチックと全く似ていない。
 兄の分も賢くあれとクルークには『賢い』という意味があった。

 チックは自分と比較されることも気にせず弟を溺愛した。
 彼が子守すると馬鹿がうつると罵る者もいたが気にせず。

 自分のようにはしないという決意、愛される子に対する羨望もあったのだろう。

「父さん、母さん、手伝う、してる、あいだ……おれ、おとうと、せわ、する。あ、いっしょ、いや、なる……なった、わけじゃ、なく……」

 とってつけたように言う友人のこと。
 彼の興味関心の中心が弟なのは明白

 小さな子を世話するチックはルスティカの目に雛の世話を焼く親鳥のようにも見えた。

 いつの間に彼は親になったのだろう。
 いつの間に彼は親離れしたのだろう。

 彼にとっては自分だけ、自分にとっては彼だけという構図が崩れ始める。

「ルスティカは、ともだち。だから。ずっと」

 ともだち。そう、ともだち。
 何時からだろう。彼を子のように思っていたのは。
 何時からだろう。自分を親のように思っていたのは。

「お前は一族のあぶれ者を『渡り鳥』にふさわしい者となるよう導いた。だがこれ以上深入りしてはならない」

 ルスティカの父、『渡り鳥』の長は跡取り息子に釘を刺す。

 長である者は一族の者を下に見てはいけない。
 長となる者は一人の者に固執してはいけない。

「目を覚ますのだ。お前はあの子に構い過ぎて、他との付き合いをおろそかにし、周りが見えなくなっている」

 ルスティカはチックと親しくするなと言われたのが悲しかった。
 チックが弟をとって自分から離れていくのを見るのが辛かった。

 誰かを愛して夢中になれば孤独も不安も紛れる。
 だけど誰かを失えば愛した分だけ引き裂かれる。

 依存。そう、依存。
 いつからだろう。親子のような友人関係に身を委ねたのは。
 いつからだろう。彼無しではいられぬ程に求め始めたのは。

「チック。君は私では駄目だったのか?」

 空の上から見る彼の家を見れば、灯りの点った部屋に彼が見えた。
 あの岩陰で星灯りの下、二人だけで語り合うことはもうないだろう。

 ルスティカは独り言ちて拳を握りしめる。
 握り返しても貰えず、差し出すことさえ出来なくなったその手を。


 リロンデル、リロンデル、空を飛ぶ。
 リロンデル、リロンデル、雛は死ぬ。

「チック! 何をしてるんだ! 早く、こっち!」

 どれほど彷徨っていたのだろう。
 それは親友が迎えにくるまでの短いとき。
 だけど最愛を失ってから覚えてはいない。

「くそ……やはり嵌められたか。何かおかしいとは思っていたが……」

 『渡り鳥』の一族に持ち込まれたのは、貴族の令嬢の誘拐という狂言。
 幼馴染みに騎士が令嬢を救い出し、令嬢と騎士は結ばれるという筋書。
 だけどそれは『渡り鳥』を捕縛し、処刑して一掃するための罠だった。

 ルスティカの父、『渡り鳥』の長は無実を訴えて貴族の元へ乗り込んだ。
 だが他の者達同様に囚われ、今は一族を根絶やしにする為の狩りの最中。
 次期長としてルスティカには残る一族を探しだし、逃がす役目があった。

「チック、しっかりしろ! 捕まったら殺されるぞ。クルークはどうした?」
「クルーク……いない……」
「捕まったのか!?」
「おれ、殺した……クルーク、守りたくて……うばう、される、前に……」

 チックは己の両の掌をじっと見つめると、声を震わせてルスティカに打ち明ける。

 弟と共に屋敷から逃げ出したこと。
 弟を誰かに奪われると思ったこと。
 傷つかぬように守ろうとしたこと。
 奪われぬようにとこの手にかけて。

「クルーク、まもろうと、した……クルーク、わかる、言った……。気付いたら、クルーク、息してない……。おれ、クルークの、首……手が……」

 何が起きたのかルスティカは理解すると同時、奮えるチックの手を握る。

 強く、強く、私は此処に居ると教えるように強く。
 強く、強く、弟ではなく私を見ろと叫ぶ代わりに。

「チック、君が奮えるならいつまでもこの手を握っていてやる。君が彷徨うならいつでも君の標となろう。君のこの手がどんなに血に汚れようが私は構わない。私は君の親友……そうだろう?」
「とも……」
「ああ、そうだ。私たちは親友だ」
「しん、ゆう……」

 ルスティカはチックの手を握ったまま、耳元に口唇を寄せる。
 癖のある灰色の髪を掻き分け、彼もまた秘め事を流し込んだ。

「君がどんなに強く握ろうが、俺は壊れたりしない」

 常ならば冷静なルスティカの声が、今宵はどこか甘く響く。

 ルスティカは察していた。
 チックが弟を思うそれは、弟がいなくなるのを許さぬほど苛烈なものだと。
 傷付いた自尊心は無条件に慕う弟の存在によって崩壊を免れているのだと。

 雛はいつか親から巣立つ。
 だからこそ父である『渡り鳥』の長は息子が依存しすぎぬようにと忠告した。
 ルスティカもまた期待から逃れ孤独を埋めるため、チックを求めていたから。

 だけど自分だけが知る秘密は甘美な麻薬で、手のぬくもりは恍惚に身を委ねさせる。

「クルークのことは忘れろ。死んだ可愛い弟がいた、それでいいだろう? 私は君の側にずっといる。君を決して一人にはしない。君は──」

 親にはなれない。

 ルスティカが囁くとチックが目を見開く。
 幸福を運ぶ燕によって『雛』と名付けられた男は、その瞬間『雛』であり続けることが宿命付けられる。

「おれは、おやに、なれない。だから、くるーく、おとうと……死なせ──」

 白鳥の目から涙が零れた。
 燕の嘴が雫を啜り上げる。

 だけど握った手は再び引き裂かれる。
 召喚による転移という天命によって。


 リロンデル、リロンデル、空を飛ぶ。
 リロンデル、リロンデル、雛のまま。

「君がいなくなってから『渡り鳥』が嵌められたあの依頼についてずっと調べていた。そうしたら囚われて死んだと思っていた一人が未だ生きていることが分かった」

 ルスティカはチックと手を握りあったまま、彼が去った後に発覚した事柄を話す。

 令嬢の狂言誘拐の依頼を持って来たのは『渡り鳥』の一人の青年。
 一族の者が処刑死する中、彼だけ羽根を削ぎ落として生き延びる。

「それ、まさか……」
「恐らく、令嬢とあの男とで仕組んだことだろう。誘拐された令嬢は『渡り鳥』に傷物にされて後に子を産んだ。人間種の子たったが」
「でも、貴族……死んだ、きいた」
「ああ、令嬢も、令嬢の父親である貴族も死んだ」

 殺された、とルスティカは言わなかった。
 チックは察して問いただしはしなかった。

 ルスティカは分裂した『渡り鳥』の、《中立派》と呼ばれる従来通りを貫く派閥の長となった。
 チックは『渡り鳥』を離れて特異運命座標イレギュラーズとなり、人々を手伝っている。

 道を違えたはずの二人の運命が、今ふたたび交差する。

「子どもは今私の元にいる。あの男は必死になって消えたその子の行方を探しているようだ。子に罪はない。私はその子を守り、事件の真相を明かして『渡り鳥』を再び一つにしたい」

 ルスティカの元にいる人間種の娘。
 揺籠から消えた人と鳥との間の子。

「それともう一つ。クルークを見た、という者がいる」

 チックの手の中で息耐えた賢い子。
 細い首を握りしめたあの脈の感触。

 ルスティカはチックの手を強く握ると、片腕で奮える親友を抱き寄せる。

「君に罪があるように、俺にも罪がある。償って生きるにも助け合いか必要だ。だから君の手を貸して欲しい」
「ルスティカ、おれ……もどる、できない。でも……てつだう。ルスティカは、しんゆう、だから」

 チックが言うと答えを予想していたのか、ルスティカは微笑んでチックの身を離す。

「私も君を手伝う。離れていても私たちは友達だ」

 リロンデル、リロンデル、ツバメの子。
 リロンデル、リロンデル、どこまでも。
 リロンデル、リロンデル、いつまでも。

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