PandoraPartyProject

SS詳細

面倒くさい女/面倒くさい男

登場人物一覧

レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)
蒼剣
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
嫉妬の後遺症

●猛き願いの果て
 この世界は不合理と不条理に満ちている。
『大凡、そうあれば誰も悲しむ事は無いのに。そうであるが故にそれは永遠に叶わない願いであるかのようだ』。
 その報告書に『猛き願い』という名前がついたのは、月光人形なる呪いに身を浸し、本来ならば守り導く民を扇動する事になった――己を殺して欲しいとまで願ったモーリッツ・ランゲンバッハの生き様と、彼自身を指す称号を向いたものだろう。だが、果たして理由はそれだけだっただろうか?
 その激しくも悲しい願いは、その呼び名は。『全員を救う事等、誰も傷付ける事無く終わる事等、到底出来よう筈も無いのに。そんな事は誰よりも分かっているのに、それを望まずにはいられない』。つまりは――己に解けない呪いをかけるかのような少女にも当てはまる事実ではなかっただろうか?
「……………」
 手足に巻かれた真新しい包帯が痛々しい。ランタンの明かりがゆらゆらと揺れていた。
 病室の白いベッドに寝そべり、上半身だけを夜闇しか映さない窓の方に向けた華蓮の瞳は何処か虚無的であった。
 先の仕事において、華蓮は同行した仲間に暴動に参加した貧民達は出来得る限り不殺で留めて欲しいと願った。
 チームの方針は依頼を完遂する事を最優先としながらも、『可能な限り敵対戦力を不殺とするが状況が切迫すればその限りでない』となったが、これは十分に彼女の意を汲んだものとなっていた。
 ……結果的に仕事は素晴らしい結果となったのだ。『最悪の事態』こそ両睨みする格好とはなったが、仲間達は華蓮の想いを十分に知っていた。彼等の手厚い協力を得て、華蓮自身も深手を負いながらも、実力以上の力を発揮する事が出来たのだ。本来であれば叶う以上の『数』を救えた。それも確かで、華蓮自身安堵の気持ちが無かった訳では無かった。仲間達と依頼の成功を分かち合い、大勢の命を救った戦果に喜んだのは事実なのだ。
(……でも)
 ズキズキと痛む身体以上に、華蓮は心が痛かった。
 確かに『数』を救う事は出来た。自分達が仕事をしなければより大きな犠牲が出ていたのは確実だ。
 でも。
(『数』、なんて――)
 それを口にすれば贅沢が過ぎるとの誹りは免れまい。
 夢見がちと笑われてしまうに違いない。だが、華蓮の胸の内に棘のように残された想いは。
 愛らしい少女の抱く『猛き願い』は、人を数で割り切れない。結果を善し悪しでは割り切れなかった。
「……っ……」
 華蓮の視界が不意に滲んだ。その大きな瞳から無意識の内にはらはらと大粒の涙が零れ落ちていた。
 何度目か知れない涙。目が腫れる位に泣いた時間もあったのに――医者にも、当然、どんな仲間にも見せてはいけないと取り繕う『しっかり者』の涙。華蓮はあくまで華蓮だから、それを見る事が出来たのは。或いは『見てしまった』のは――
「よう、邪魔するぜ」
 ――面会時間も終わった夜更けにふらりと病室を訪れた彼が彼だからなのだろう。
「どうしてここに」と問われれば「お見舞い。忍び込んだ」と悪びれずに答える不良だからなのだろう。
 視線をやれば病室のドアには見慣れた一人の男の姿。何時もの自信家の顔で、不敵を帯びて。
 少女が一人涙する夜の病室に当然のような顔をして現れている。
 一緒に居て欲しい――そう思わなかったと言えば嘘になる。
 もし、彼がこの病室に現れたりしたなら――甘い夢想をしなかったと言えば明らかな嘘だ。
 だが、華蓮は彼に迷惑をかけるのだけは嫌だった。
 賢く、気の利き過ぎる彼女は自分の感情よりも先に周囲の事情を慮ってしまう。
『へたくそ』は何時だって貧乏くじを引きたがるものだ。
 ローレットはてんやわんやだろうに。月光事件を受けた彼は決して暇ではないだろうに、と。
 でも、当のレオンは華蓮とは対照的な位に何時だって我侭な男だった。
『唯の検査入院』をした彼女の為に、『当然』。こんな時間でもやって来る――
「れ、レオンさん……っ」
「はいはい、レオンさんだよ。元気、じゃねえな。オマエは痛々しいし、泣いてるし」
「……っ、ちょ、ちょっと待って欲しいのだわ」
「あん? 何をさ」
「だ、だめ。今、とてもひどい顔をしてるから――」
 それ以上の問答はまさしく愚問である。入院着は仕方ないにしても、『そんな事より、この顔は』。心配をかける事もある。それ以上に乙女心からすれば大いに、大いに問題を生じる事情もあった。

 ――ああ、いいね。オマエは笑った顔が可愛いから。そうして、いい顔してなよ。

「特に俺の前ではね」なんて気障な事を言われた事があった。
 呼吸をするように誰にでも――文字通り誰にでもそんな事を言う彼だけど。
 華蓮は誰にでも言われないし、誰に言われて嬉しい訳でも無かった。
 だから――
「――ああ、いい。今更だろ。『オマエの見せたくない顔』はもう見た訳だし。
 それで納得がいかないならこうだ。『泣いてる顔も悪くないぜ』」
 ――反射的に目元をごしごしと擦った華蓮に彼――ローレットのギルドマスターたるレオン・ドナーツ・バルトロメイは構わなかった。気にせずにベッドに歩み寄り、華蓮の頭にぽんと手を置いた。
「――――」
 無遠慮な物言いといい、年頃の女子の髪に常在気安く触れる事といい。レオンの『やくざ』は、決して褒められた話では無いが――華蓮にとって、彼に頭を撫でられるのは特別で。この時は取り分け不意打ち気味に『効き過ぎた』。
 頭の中を胸の中をぐるぐると回っていた無力感が、寂寥感が一気に頭をもたげ噴き出した。
「レオンさん、わたし、わたしっ――」
 ずっと我慢していた強い感情が爆発して――華蓮は思わずわんわんと泣き出してしまった。
 泣きながら不器用に、不本意に、救えなかった事を、後悔を、そう考える事が傲慢なのだと彼に伝える。
 誰にも吐き出せなかった胸の澱を唯唯素直に吐き出し続けた。

 ……そうしてどれ位の時間が過ぎただろうか。

 すんすん、と鼻を鳴らす華蓮の嗚咽が小さく響く。
 レオンは子供を落ち着かせるようにその胸に彼女の頭を抱いていた。
「…………レオンさん、ごめんなさい」
「ああ」
「……私、悪い子なのだわ」
「どうかな? むしろ良い子過ぎる気もするが」
「でも」
 華蓮は頭を持ち上げ、至近距離のレオンの顔を上目遣いに見上げた。
「でも――きっと、レオンさんを呆れさせてしまったのだわ。
 きっと、きっと。レオンさんに馬鹿な子と思われてしまったのだわ……」
 鼻を鳴らす華蓮は普段超がつく程の『しっかり者』である。
 弱った、まるで子供のように『ぐずる』彼女は余人が見てきた彼女の印象と一致すまい。
「弱ったね、こりゃあ」
 肩を竦めたレオンは華蓮の言葉を殊更に否定はしなかった。
 合理的な彼はこんな時、否定の言葉を重ねたとて意味が無い事を知っていた。
 同時に冷めた所もある彼だからその反応は読めていて――同時に華蓮はちくりと胸が痛むのを感じていた。
『猛き願い』とは別種の痛み、極々小さくて――それでも無視出来ない、消えない痛み。
「……レオンさん、私の話をどう思った?」
「そうだな。甘口と辛口、オマエはどっちがいい? どっちの俺が気分だね?」
「……怖いけど、辛口で」
「本当に?」
「……………お、お願いするのだわ」
 自身を見下ろす青い目が「仕方ねぇなぁ」と笑っていた。華蓮の知るレオンは優しい。だが名にしおう『蒼剣』が――海千山千のギルドを束ねる彼が優しいだけの男でない事は百も承知であった。
「そうだな、オマエは」

 ――面倒くさい女。

「……っ……!」
 残酷に響くその言葉の色が華蓮の胸を締め付けた。
 分かっていた言葉。それでも望んだ言葉である。
 レオンは大人で、自分はきっと違う。故に彼を責めるのは『違う』のだけれど――
「面倒くさい女。『だからこそ、いい女』」
 ――何時もの意地悪な表情をしたレオンは弱った華蓮を長い間、憂いに浸す心算は無いようだった。
「叶う訳ないだろう。分かり切ってるだろう。
 オマエはカミサマじゃないし、俺も違う。世の中にはどうしようもない事だらけで。
 人間は何時だって自分が生きていくので精一杯だぜ。
 俺が『パンドラ』を望むのは俺自身の事情に過ぎないし、ハッキリ言えば誰かの救済なんて手段でしかねぇよ。
 勿論、寝覚めがいいエンディングの方が好みだけど、な」
「……………」
 答えない華蓮に構わず、レオンは話を続ける。
「だけど、オマエは違う。オマエは人の痛みを自分の痛みに変えちまう。
 大半を助けてさ。女の子がそんなに傷付いて、それで望外の結果を引き寄せたってのに――
 勝ち誇るでもなく、満足するでもなく。こんな部屋で、一人で泣いてる。
 ……なぁ、華蓮。さっきも言ったがそれは呪いだぜ。
 自分で自分を呪う――これを面倒くさい女って言わないで何て言う?
 これを、いい女って言わずして何て言う?」
 傷の所為か微熱を帯びた頬にレオンの無骨な手が触れた。
 柔らかい少女の肌を壊れ物を扱うかのように優しげに撫でた彼は言う。
 青い瞳に『何か遠くを見ているかのような諦念を乗せ、まるで自嘲するかのように。慈しむかのように』。
「嫌だね、大人になるってのは。
 嫌だね、本当に――俺も『面倒くさい男』だから。
 とうの昔に諦めて――もう叶わないって理解してて、何度も傷付いて、縋って、呪って、呆れ返って。
 そんな夢を、望みを捨て切れない。まるで捨て切れていないのさ。
『蒼剣』も、ローレットなんていう玩具も同じ事。俺はオマエ達にはなれなかったし――
 その癖バグる世界は何時だって。冗談のように意地が悪い。
 だから、俺はオマエが思う程、オマエを馬鹿にしたりなんてしないよ。
 オマエがどれ程を望んでも、叶わないなんて言わないよ」
 華蓮はきょとんとレオンの顔を見た。
 彼の言葉は難しく、恐らくは半ば独白めいていて――理解すら求めていなかったのだが。
 華蓮の反応に構わず「ただし」とレオンは表情を少し厳しいものにする。
 涙が少し引っ込んだ彼女が小首を傾げると、彼は釘を刺すように続けた。
「あまり傷付くな。オマエは絶対に良くやった。オマエはオマエだから――オマエ達だから多くを助けた。
 泣くなよ、華蓮。何せオマエは――」

 ――笑った顔が可愛いから。

 あんまりに。
 あんまりにも狡いではないか。
 彼は何時だって狡猾で、まるで奇跡のように自分の世界を塗り替えてしまう。
 傷付くな、笑えなんて――そんなのきっと何の参考にもならない無茶苦茶で。
 それでも、何時かと同じ台詞を吐いたレオンに華蓮は「はい」と頷く他は無かった。
 力無く――それでも今夜、涙の代わりに微笑んだ。



「退院したのだわー!」
 ローレットの元気の良い華蓮の声が響き渡る。
「元気そうじゃん?」と笑ったレオンに「お陰様で!」と彼女は返す。
 カウンターテーブルは酷く雑多に散らかっていた。
 だらしのないレオンは片付けが下手である。ユリーカが小言を言うのだが彼女が姿を見せない今日のような日はそれはそれは周りをしっちゃかめっちゃかに――
「駄目よ、レオンさん。使ったものは元に戻しておかないと!」
「あん?」
「あれはそこ、これはあっち。ええっと、もうこれは――私に任せておくのだわ!」
 華蓮はあの夜の顔も今何処、すっかりの世話焼きモードで腕をまくる。
 肩を竦めて、自身がもたらした惨状と格闘し始めた彼女にレオンは幽かに笑っていた。

 面倒くさい女/面倒くさい男――あの夜のやり取りは幻のようで、二人の他に誰も知らない。

  • 面倒くさい女/面倒くさい男完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2019年07月17日 23時45分
  • 登場人物2人

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