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E・M・M・A~燃え上がるほどに~
登場人物一覧
●Enter
さりとてあちらこちらに動き回り、激しく動くこともある以上は幾ら喜びが鈍麻させようと疲労を身体に着実に残していく。一見すれば少女にも見える見た目の女も、燃えるような赤髪を力無く下げつつ、今日も今日とての依頼の帰りを歩いていた。
「へぇ、こんなところにマッサージ屋さんなんてあったんだ」
炎堂 焔 (p3p004727)が目にした小さな店舗、生憎と中の様子は伺い辛いが建てられた看板に「マッサージ承ります」の旨が描かれているのを見れば、小さなドアノブに手を掛け扉を開く。
もしやって貰えるならば、少しは味わってみるのも良いかもしれない――扉を開けて響く呼び鈴の音色に、愛らしい声を挙げてやってきたのは店主であろう少女だった。
『いらっしゃいませなの』
「わっ……」
彼女が驚いた声を挙げてしまったのも無理のないことだろう。
何故ならば現れたのは焔が抱く赤とはまた違う赤――髪に留まらず、その肌も含めた全てを赤きに彩られ、愛らしい少女の上半身の下には半透明な粘液に溶けたように見えた姿。
異界の然る実験によりて作られた生命体、Melting・Emma・Love(p3p006309)の姿なのだから。
『はじめまして、LoveはLoveなの』
「あ、炎堂 焔だよ。よろしくね。それで、ここはマッサージ屋さん……でいいの?」
驚いたような声を挙げた焔に気を悪くするでもなく、Loveは互いに
『疲労回復と血行促進のマッサージなの』
「へぇ……じゃあ、お願いしてもいいかな? 依頼が終わって、丁度疲れてるところだったんだ」
『ローレットの依頼帰りならサービスいっぱいするの。ゆっくり堪能していくといいの』
ごきり、ごきりと見た目にも実の年齢的にも似つかわしくない首の関節を鳴らす音響かせた焔に、粘液の身体をぷるんと震わせてLoveは笑い。
どうぞこちらへなの、とにこやかに彼女はベッドに寝そべるように焔に示す――物珍しい者からのマッサージ、今はまだそう思うだけの焔に待ち受ける一時を、この時の彼女は知る由もなく。
●Massage Start
『痛かったら言ってなの。若いのに結構凝ってるなの』
肌を晒し指し示されたベッドの上にうつ伏せとなる焔に、Loveは粘液じみた掌をじっとりと張りつけた。
粘液の湿り気と不可思議な弾力の張り付く質感、微かな冷たさも孕むそれが張り付く感触に、うぉっと変な声を挙げて震える焔に構わず、Loveはその腰に跨るように乗っていき。
赤いスライムの弾力に満ちた掌がぎゅ、ぎゅ、とまずは焔のふくらはぎを揉み解していく。
粘液で構成された身体は流石というべきか、不定形の液として余すところなく引き締まった焔のふくらはぎに纏わりつき、粘液の弾力は実体としての圧を心地よく与える。
焔の身に蓄積された疲労の色濃き硬さを粘液の弾力は柔らかく包むように癒し、不規則な弾力の刺激が凝り固まった筋肉に心地よい揺さぶりを与えていく。
「んー、最近ちょっと忙しくて無理しちゃってたから」
『無理は良くないの』
張り付きだけはそのままに、時に弾力を変えながら、Loveの手は伸びていく。
引き締まった筋肉が喜びの痙攣を返せば、血の巡りが善く流れ蓄積された疲労物質を押し流していく確かな感覚が焔の身体を巡る。
第二の心臓と称される脚を始まりとしながら、粘体の掌は不可思議なうねりと弾力の歪みを以て脚裏を這う――這うその動きが皮膚の内側に、どこか危険な震えを齎すもそれすらも心地よい。
焔の体温そのものに影響を受け、温もりを得たLoveの掌は温かいローションを思わせ、それが今度は腰を柔らかく慈しむように包み込んでいく。
「んっ……!」
腰骨を起点に走った身体に巡った痺れのような、血管を巡るこそばゆさのようなものは何なのか。
密着した粘液の身に伝わる僅かな“揺さぶり”に密かにLoveの触れていない箇所が波打つも、それを焔は知ることもなく。
そして尚もLoveの掌は上へ、上へと這う――腰のあたりからその括れ、肋骨へ……心地よき温もりに満たされた粘液の纏わりつきと、弾力の優しい律動は疲労が産み出した有害物質を溶かすように。
やがては這っていく掌が本命の――人体で最も重き頭部を支え続け、酷使し続けた肩という重要な拠点へと辿り着けば。
「……あー、そこ気持ちいい……ぁっ、ぅ……」
脳に血液を送る頸動脈の流れを整えられながら、肩より腕、腕より指先と巡る血の停滞を解き、身体の重みを取り払っていく粘液の包み込みと、弾力を変えることにより齎された揉み解し。
粘妖の身が織りなす、奏でられるかのような“指使い”が凝り固まった筋肉を、この粘妖と同じに変えてしまうのではないかと思うほどに柔に導いていく。
そうしてマッサージが続いていけば、次第に焔の頬も徐々に血の巡りの良さを示すように赤味を差していく。
多少の驚きこそ最初はあれど、Loveの齎す弾力と粘体の身が織りなす余すところなく、甘く包まれて解されていく感覚は今や彼女を虜としていた。
――張り付いた肌に染み込まされ続けた、毒にも知らず、知らず……。
●Melting Hand
――確かに気持ちいい。気持ちいいのだが。
「んっ、はぁっ……くふぅ……」
どうして自分からこんな苦しいような吐息が漏れてしまうのだろう。
決して苦しいか、と言われれば否と答えられる。だが漏れてしまう吐息、自らが奏でる悩ましき調べ自体が脳髄より赤髪の先までを炎が焼いていくような熱に犯す。
身体から発せられる熱はマッサージによって解きほぐされた身体が、血流を増して体温を上昇させているからだ。
だがこの奇妙な感覚は何なのだろうか。見た目こそ年相応ではなくも、二十年の過ごした時間で味わったことのない、抗いがたい重力のようなものが身体に纏わりつくような。
『気持ち良さそうなの。解れていくのが、分かるの』
薄靄が掛かったような視界と、背に乗るLoveの質感は鮮明に、されど距離からすれば遠くにも聞こえたその声。
身体は確かに解れている。血の巡りは内側から音を立てているのではないかと思うほどに激しくなっているのを強く感じている。
だがそれは単に身体が解れ疲労が取れているからなのだろうか、否、それにしては――。
「……っ、ぁ……」
何か違う気がする。疲れは解けているはずなのに、身体を満たす重たい熱の心地よさが身体を動かしてくれない。
――危険に気付いた時には既に遅く、焔の身はLoveの身体より染み出した薬に侵され思考を鈍らされていたのだから。
「んぶっ!?」
それでも動けと危機感と背徳感より逃れようと動けぬ身体で藻掻いていれば、焔の口の中へと突き入れられる圧迫感。
『あ、噛んだら駄目なの』
「んぅぅぅぅーっ!?!」
口に突き入れられたそれが、Loveから生えた触手であることに気付く――滲み出す文字通りの甘き刺激が口腔の粘膜から味蕾、鼻腔に染み渡る、心地よくも本能として感じる危機感。
唯一逃げる為とし、咄嗟に歯をなりふり構わずに突き立てようとしても粘妖の身体は自在に歪み、焔の歯列を余さずに包み込み、口腔に内側から張り付いていくように広がっていく。
『ふふふふふ……ここからサービスなの。まずは落ち着いて飲んで欲しいの、Love特製のジュースなの』
抵抗も敵うことも無く、口腔を満たす粘液のパイプは迸らせる。Love自身がいう“ジュース”を。
その瞬間、焔の目の前に激しい火花が散った。
口の中に流れ込んだ液体の質感はお世辞にも心地よいものではない。一つの飲み物として見れば、耐え難い滑りは出来の悪いゼリー……そうした飲み物として味わうにも半端。
温度も増した体温を心地よく冷ますものではなく、さりとて熱を更に煽るものでもない、一言でいえば生温いと形容する他ない。食感と温度、その二つは最悪――にも関わらずだ。
口腔粘膜と鼻腔、味蕾を犯していた危険にして甘美な香気を更に濃厚にしたような、胸焼けを起こすという例えも生温い濃密にして危険極まりない甘味。
既に接触している口腔の内側から染み込んでいく分であっても、真っ当な思考に薄紅色の靄を被せるそれは。
「っっ……!?」
飲んでどうなるか分かっている――この目の前を真っ白く明滅させる絶え間ない刺激を増幅させるのだと。
にも関わらず飲んでしまった。
そして次の瞬間、焔の眼に映ったのは熱の位相の最高位、白き炎が盛って自らの身を焼き尽くす光景であった。
無論、その炎が齎すものは苦痛に非ず、胸の膨らみを押し上げ下着めいた淫靡な様相を為し、感じるだけでも淫靡な光景なのだろうとぼやけた思考で思う。
其処から快楽を齎す白炎は焔の身体を踊る。
細腰を腕のように熱く激しい悦楽が抱くように回り、女性特有の括れをなぞり上げながら、その白き炎の”熱”は臍のくぼみを起点としながら、その臍の――ほんの僅かな下の部位の、その裏側より火照る様な熱を引き出した。
(……なに、こ、れ)
今までが炎に煽られ燃え続ける
肌と筋肉が罪のように甘く激しい業火を放った反動に絶え間なく引き攣っても尚、彼女に纏わりつく炎は彼女が灰となることを許さぬ程に、その肢体に纏わりつき
何とも心地よくも、そして何処までも恐ろしき灼き尽くされん程の白き炎が身体を甚振り舐めまわす
――尤も、その
……果たしてこの天国にして地獄は何処まで続くのやら。
「ぁ、ああぁっ……ああっ……あ、あ、あ……!」
『ふ、ふふふ、ふふ……』
気が付けば自らの分泌する汗も、肌の境界線も何処か分らぬ程に火炎と愛は蕩け合う。
誰も通ることもなき秘されし店の中に、熱く激しく、未知に燃えて盛る高き声は何時までも響き渡っていく――。
●After Service
『ご利用ありがとうございましたなの。またのお越しをお待ちしてるの』
時間は果たしてどれだけ過ぎたのだろうか。
長ければそれはそれでよくぞ濃厚に過ぎ去ったと言いたいし、短ければそれもそれで(あれだけ濃厚で)たったのと
「……あ、ありがと……」
故にLoveの言葉にも引きつった、としか言いようのない笑顔を顔に張りつけながら焔は答える他なかった。
もうこんなところにいられるかとは、分かり易い新たな危機の訪れの
『あ、待ってなの』
――背を向けた彼女に掛けられる声は、それを縫い付ける楔にも似て。
油の切れた機械の如く振り返る焔に余分な金を返却すると同時に、Loveは小さな硝子の小瓶――薄紅色の粘度の高い液体の満たされた――を差し出した。
『特製ジュース、サービスなの』
「ひぇっ……」
勿論Loveからすれば善意でしかないだろう。
しかし善意は常に地獄への道を舗装しているとは誰がいうたか、小瓶に詰められた妖しい液体から発せられる気配というか桃色めいた何やらをどうするか。
……出てしまった声は知らぬ行為への怯えか、燃え上がる様な一時を思い返したが故の昂ぶりか。
ぎこちなく引きつった笑みを浮かべながらLoveに手を振り返す焔が、二度と来ないという選択をするか、忘れられぬ快楽に引き寄せられてリピートするか。それは正に神のみぞ知るのだろう――
そして今日も秘められたマッサージ店には、粘妖の愛らしい声が響く。
その愛に訪れた者がどうなるか――それもまた、神のみぞ知る。
『ようこそいらっしゃいましたの。ローレットの依頼帰りのあなたに特別なマッサージをお届けするの』