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武器商人とリリコの話~百物語その後
武器商人とリリコの話~百物語その後

登場人物一覧

リリコ(p3n000096)
無口な雄弁
武器商人(p3p001107)
闇之雲

 百物語の後は流れ解散になった。
 講堂に光が灯されると、怖い雰囲気は霧のように吹き飛ばされ、あとにはイレギュラーズさんとの会話を楽しむ和気あいあいとした話し声が響いていた。黙々と敷物を片付けていた私は、ふいに二つの影が落ちてきたから顔を上げた。
「ほほう、これが最近の『お気に入り』か……」
「お初にお目にかかります」
 二人のイレギュラーズさんに挟まれて私は首を傾げた。
「仲良くしてあげてくださいね。ああ見えて意外と寂しがりなんですよ」
「主人のこと、よろしく頼む……」
 誰のことを言っているのだろう。二人は急に背筋を伸ばすとなにやらごまかすように咳払いをして去っていった。
 振り向くとそこには商人さんが立っていた。両の拳を腰に当て、口をへの字に曲げている。
「余計なことを言うもんじゃないよ。眷属だからって」
 けんぞくってなんだろう。今の二人は友だちか何かだったんだろうか。私がそのまま商人さんを眺めていると、商人さんはいつもの調子に戻ってヒヒヒ……と笑った。
「今日はもうおねむかな」
 私が首を振ると、商人さんは片付けが終わったら庭の散歩に行こうと誘ってくれた。私はそれを楽しみにしながら敷物をくるくるとまるめていった。石畳の床が現れ、その上に長椅子が並べられる。講堂が元どおりになると、私はシスターにいってきますを言って商人さんと外への扉をくぐった。
「今日の催しはおもしろかったね」
 私はうなずいた。本当におばけが出るなんで思ってなかった。それも二匹も。
「驚いたかい?」
「……ちょっと」
「それが強がりでないとすれば、もしかしてキミは『視える』クチなのかな」
「……視えるときと視えないときがあるの。だからみんなには言ってない」
「ヒヒヒ……それは賢明だねェ。視えすぎるとつまらないことばかり起こるものさ」
 私たちは裏庭にまわった。今夜の月は夜空に爪痕を残したかのようにかぼそく、星明りが家庭菜園の野菜たちを彫像のように見せていた。みずみずしく豊かな色彩を持つはずのトマトやきゅうりたちが、まるで大理石でできた作り物のようで、私はそっと指先で触れて感触を確かめてみる。つるんとした皮とずっしりと中身の詰まった野菜の重みが伝わってきて、命の濃さを思わせた。
「それが君たちの糧になるのかい」
「……うん。商人さんにもいつか」
 そこまで言って私は言葉を止めた。商人さんは食事をとらない。気を悪くしたかしらと商人さんを見上げたら、商人さんは興味深そうに野菜を手に取って観察しているところだった。
「形は不ぞろいだけれど、色艶ともに申し分ないね。これは美味しいよ」
「……わかるの?」
「商売柄ね。目利きは果物のほうが得意だけれど。この間の遠足で配ったジュエリー・イースター・プリンはなかなかのものだったろぅ?」
 あのすばらしい甘味を思い出して、私はほわんとした。
「……とっても、美味しかった」
「それは何より」
 商人さんの口調に得意げな響きが混ざっていたから、私もつられて微かに笑った。
「今日も何か持ってこようと思っていたんだけれどねェ、怪談に甘いものは似合わない気がしたからまたの機会にしたんだよ」
「……怪談」
 そういえば商人さんは結局、どんな話をしていたんだろう。あの時商人さんは私たちにはわからない言語でしゃべっていた。だけど商人さんが話すほどにどんどん不穏な気配が濃くなっていったから、私は何かが起こると確信してじっと暗闇を見ていた。そして”あれら”がやってきた。だからきっと、怪談には違いないのだ。
「……ねえ、もう一度お話聞かせて?」
「おや、存外キミは怖いもの知らずと見える」
 商人さんは驚いたように前髪の下から透けている紫の両目をまたたかせた。そしてぐるりとあたりを見回す。
「そうだね。ここは物影が多くて危ないから、あっちのはらっぱのほうに行こう」
 私たちは家庭菜園を抜けて広場に出た。講堂にはまだ明かりがついていて、長く伸びた光が影の濃さを強調していた。その光から逃れるように商人さんはさくさくと芝生を踏んで「ここならいいかな」と足を止めた。そして上着を脱いでふわりと芝生の上にかけ、そこへ座った。私も座るよう促されたから、ちょっと悩んで、靴を脱いでお邪魔した。商人さんの上着は上等なシルクで織られていて、すべらかで肌に気持ち良かった。
「さてどこから話したものか」
 商人さんは腕を組んでしばらく首をひねっていたけれど、糸口が見つかったのか腕をほどいた。
「これから先は内緒の話だよ。いいね?」
「……うん」
「ならば語ろう。"キミがそれを望むなら"、我(アタシ)はキミに応えよう」
 商人さんの雰囲気が、がらりと変わった。
「「テケテケに殺される呪い」が『テケテケの首』の本質、その呪いのカウンターとして記憶を食う存在が後付けされた。それがキミも見た黒い犬の正体だ。
 黒犬が怪談の記憶を食うのは、語られる怪談そのものが呪いだからだ。ゆえに、『テケテケの首』というタイトルなら「何を語ってもいい」。なにをどう語ろうと、それは呪いの怪談に変わり、黒犬に食われるのだから。
 そこで我(アタシ)は考えた。黒犬は「テケテケの首」のカウンター。だが、それが「テケテケの首」の怪談の一部としてモノガタリに取り込まれてしまえばいったいどんな事が起こるんだろう? ただ黒犬を変質させるのも面白くないから、それならミンナが認識しにくい言語にしてみて「理解はされなかったけど言の葉によって噺はこの世に紡がれた」状態を作り出し、どちらが優先されるか試してみよう、と。
 結果は御覧の通り、既存のモノガタリが優先されてしまったね。やはり語り手と聞き手、双方の合意がなくては怪談は成立しないということが証明されたわけだ」
「……うん」
「前置きはこのくらいにしておこうかねェ」
 商人さんがにたりと笑う。私はなぜか正座してしまった。

「「テケテケの首」とは、

 とある黒き犬にまつわる怪異である。

 黒き犬の名をてけてけ。
 てけてけは大層可愛がられた犬であり、人間に憧れる犬であった。
 どうしても人間に成りたいてけてけは、主人の留守に入った盗人を此れ幸いと喰ろうてその盗人に成り代わった。
 しかし、その様子を主人に見られーーむべなるかな、その首、刎ねられて殺されてしまった。

 主人はその亡骸を墓へ埋めたが……てけてけは土の中から出てきて恐ろしい怪異と成り果てたという。

 さて、この噺を聞いたら必ず君たちの前にてけてけが現れる。
 己の噺にいちばん恐怖を抱いた者には、首を喰ろうてその人間に成り代る。そして秘密が見つからないように、それ以外に対しては己の噺の記憶について喰らう。
 無惨に噛み裂かれ、首を引き千切られるがそれはその魂に起こる事。全てが終われば哀れな犠牲者には「黒い犬が自分の傍をうろついていた」という認識だけ。

 残るのは、てけてけの首という名とーー成り代ったてけてけだけ。

 はて、さて。

 この噺の後。

「てけてけ」と成り果てるのは、キミかな?

 はたまたキミかな?

 ーーキミか」

 商人さんがすっと手を持ち上げ、私を指さした。冷気が心臓の裏側を撫で上げ、私は両の拳を握りしめた。
「……」
「なんてね。これが我(アタシ)の噺だったのさ」
 緊張から解放された私は、息を止めていたことにいまさら気づいた。長く深く呼吸を繰り返し、恐怖の余韻に跳ねる心臓をなだめすかす。
「……さっき、語り手と聞き手、双方の合意がなくては怪談は成立しないって言ってたよね」
「うん」
「……私が、聞いちゃったから、成立しちゃったんじゃない? この場合、どうなるの?」
「さァ、どうなるかなァ? 新しい「テケテケ」が生まれるんじゃないかぃ?」
 商人さんは明日の天気の話でもするようにそう言った。私は心臓がきゅっとして、胸を押さえた。
「……どうしよう」
「だから内緒の話にしておけばいいのさァ。我(アタシ)はもうこの怪談に興味はないし、キミがしゃべらなければ済むことだとも」
「……あ、そっか。そうだね」
「何かあっても、キミ「は」確実に守るから安心するといいよ」
 商人さんがけらけらと笑った。そ、それって。うーん。でもうれしかったから、私は商人さんへありがとうと言った。肩の力を抜いて顔をあげると、見上げた先で星空がきらきら輝いていて、怖さが嘘のように逃げていった。
「今宵は天の川を天蓋にして芝生の寝台で眠るかぃ?」
 商人さんが、ごろんと横になっておいでおいでと手を動かした。私は気後れしながら隣へ行き、腕枕をしてもらった。目を開けていると商人さんの言ったとおり天の川が見える。
「あれと、あっち、それからあの星を結ぶと、夏の大三角形だよ」
「……そう。きれいだね」
 商人さんといっしょに星を眺めているうちに、私はゆったりと眠りの世界へ揺れ落ちていった。

 

「――と、いうわけでねェ。この子をおまえにやるつもりは、からきしないんだよ」
 武器商人は寝転がったまま”それ”の頭をつかんでいた。ざくろのように真っ赤な目に武器商人とリリコの姿が映っている。するどい牙の合間からよだれを垂らし、漆黒の毛を逆立てる”それ”は、大人ほどもあるどす黒い犬だった。
 その黒犬――テケテケは悔し気に唸り、武器商人の手から逃れようとするものの、鉄の枷をはめられたように動けない。武器商人はナイフのような無関心をその犬に投げつけ、頭を握りつぶした。ざあっと音を立てながら黒犬は砂と化して闇に消えた。
 そして武器商人はすやすやと眠るリリコを見てつぶやいた。
「さて、あとはこの子が約束を守るだけ。まァこの子は嘘はつかないと思うけれど、ヒヒヒ……人の口に、戸は立てられないからねェ」
 じっとりと暑い真夏の夜、武器商人の忍び笑いがぬるい風にさらわれていった。

  • 武器商人とリリコの話~百物語その後完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2019年07月12日 17時15分
  • 登場人物2人

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