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ハートフルもっふもふ!
登場人物一覧
この
とある誰かは『貴重な素材を落とすモンスターだ』と言い。
またとある誰かは『ファミリーぐるみで敵対している生物なのではないか』と推測し。
さらにとある誰かは『単純な趣味ではないか』などと呟いた。
真実は本人を除いて誰1人知ることなく。ゲオルグ自身はといえばそんな噂に気付きつつも肯定することなく否定することもなかった。これからもそうであるはず──だったのだ。
「あ、ゲオルグ。ちょっと」
ローレットを訪れたゲオルグを呼び止めたのは珍しくもシャルル(p3n000032)だった。別に忌避されているわけではないが、特段深い交流をしているということもなく。ゲオルグは虚を突かれたように目を瞬かせると彼女の元へ赴く。
「なにかあったのか」
「いや、ないんだけど……」
そう告げて視線を右へ、左へ。シャルルは「もうちょっとこっちに」とゲオルグを人の少ない場所へ手招いた。不思議そうについていったゲオルグは1枚の羊皮紙を渡される。シャルル曰く公にしてるのかわからなかったから、だそうで。
「ヘイムダリオンの中でこういうの好きそうだったな、と思って」
羊皮紙を一瞥したゲオルグは小さく瞠目すると礼を言いつつも足早にローレットを出ていく。その後ろ姿をシャルルは小さく手を振って見送った。
彼女が示唆しているのは深緑と妖精郷を繋ぐ大迷宮『ヘイムダリオン』のとある層、にゃんことダメクッションが大進撃してきた際の話である。最後にジークを召喚してモフモフしていたことをしっかり覚えられていたようだ。
(地図だとこの辺りのようだが)
羊皮紙に添付された地図と見比べながらジークは歩を進めていく。その周りをぽてぽてと付いていくのはもっちりやわらか真ん丸なマシュマロボディを持つふわもこアニマル・にゃんたま。5匹の愛らしい混沌生物がゲオルグについていく様は何とも言えないギャップだろう。
しかし、その足が唐突に止まる。マイペースなにゃんたまのミケが3歩くらい遅れて立ち止まり、どうしたの? と言いたげにゲオルグを見上げた。
「……本当に、いたのか……!」
ゲオルグは厳つい顔に歓喜の色を浮かべていた。その視線は幻想の平和な草原へどーんと鎮座する──真っ白な大きいヒヨコへ注がれている。これこそがゲオルグのずっと探していた
それらに気付いたにゃんたまたち。まず好奇心旺盛なクロがぴょこぴょこと跳ねてヒヨコへ近づき、どでかい図体を見上げる。ヒヨコも気づいたようで小首を傾げながらクロを見下ろした。ふわもこともふもふの邂逅である。つぶらなおめめはクロから順ににゃんたまたちへ移っていき、最後にゲオルグを見て「ぴぃ?」とやはり首を傾げる。ゲオルグの全身に雷が落ちたかのような衝撃が走った。
(み、耳が、溶けそうだ……)
何だ今の声。可愛いか? 可愛いな?? こんな生物を生み出してくれた神には感謝の一言に尽きるだろう。
ゲオルグの顔は一般的に強面と呼ばれる類だが、そんな彼が近づいてもヒヨコは臆する様子を見せない。けれども何をするのかは気になるようで、ただひたすら胸キュン必須のおめめで見つめられるものだから心臓がバクバクしている。だがしかしにゃんたまたちはなんのその。クロがまずそのもふもふへ突撃し、クロが触れてもなんら危害を加えないヒヨコに人懐っこいユキもぴょんと飛びつく。
ちなみにビッグイノセントヒヨコ、とは勿論混沌生物の一種であるが、一説では精霊なのではないかとも言われている。理由としては神出鬼没な存在とその神聖さ、そして何者にも傷つけられぬもふもふボディ──侵しがたい聖域がそこにはあるのだ。
その聖域に踏み込もうとしている。ゲオルグは小さく唾を呑み込みながら手を伸ばした。白い毛並みまであともう少し。
もふん。
「……!!」
ゲオルグに再び衝撃が走った。驚くほどにフワッフワな毛並みはもはや優しさの塊である。ヒヨコもここまで近づいたと言うのにゲオルグを怖がる素振りすら見せない。
「抱き着いても良いだろうか……?」
「ぴよ!」
何の返事だ。もしや人の言葉を解しているのか。ゲオルグはヒヨコを窺いながらそのもふもふボディへ体を埋める。全身を抱きしめられるような柔らかさと温かさに思わず微笑みがこぼれ出た。指先で魔法陣を描くとぽんっと手乗りサイズの羊が飛び出し、ゲオルグの身体の上へぽてりと着地する。
「ジーク。これがビッグイノセントヒヨコだよ」
自らが埋まっている真っ白なヒヨコを紹介すれば、手乗り羊ことジークは興味深げにその毛並みを眺めた後、そちらへダイブした。ぽてん、とも聞こえないほどにふっかふかな毛並みへ埋もれるジーク。そこへもふもふと寄っていくにゃんたまたち。ここは天国だろうか?
「皆、おいで」
ゲオルグが両腕を差し出せば、にゃんたまのユキがまず飛び込んでくる。その後にジークが手へすりすりとすりよって、トラはヤンチャにゲオルグの顔面へもふんとやってくる。クロはまだまだヒヨコの毛並みを楽しんでいたいようだが、のほほんと最後にミケがゲオルグの元までやってきた。やはりここは天国だ。
「気持ちいいな」
にゃんたまにジーク、そしてビッグイノセントヒヨコのもふもふへ塗れ。さらに秋の気候で過ごしやすい日差しがゲオルグたちを照らしている。ゲオルグの倍ほどもあるビッグイノセントヒヨコもこの日差しにうつらうつらとしてしまっているようだ。
ああ、なんと素晴らしいひと時か──しかしそれはあっという間に過ぎてしまう。
コォケコッコー!!
ピィ! ピピッ!
「……? なんだ?」
思わず上半身を起こしたゲオルグはとんでもないものを見て飛び降りた。ジークを帰し、にゃんたまたちを急かし、ヒヨコも避難させねばと振り返る。
「頼む、起きてくれ!」
「ぴぃ……ぴぃ……」
だめだ、全く聞こえていない。けれどもこのままではビッグイノセントヒヨコがアレに!
けれども既に時遅し。ビッグイノセントヒヨコは──ニワトリやらヒヨコやらの群れに押し流され、運ばれてしまう。
その姿はまるで幻だったかのように、ゲオルグたちの前から消えてしまったのだった。