86400、正体不明

登場人物一覧

　過去現在未来、貪り尽くしても害悪は殺し憑くせない。
　――玉虫色の球体が不可解な運命を照らしている。
　此れは月かと問答すれば、魔術師は生きていると言うべきだ。
　此れは陽かと回答すれば、魔術師は殺されないか？　と問うべきだ。
　がさりとツイタ赤色が地を染めている。
　――いつかの書籍を反芻して、魔術師は満腹と踵を返すのか。

　鵺の正体を暴く際、人々は『動物』で思惟するだろうが『此処』は不愉快にも混沌で在り、腐乱死体の積み重ねも『貴婦人』と称されても仕方がない。ぺらりと捲れる音もなく自由図書館の主はのんびり・くらりと内部の点検を行っていた。清掃の為の道具を傍らに真っ赤な目玉を動かして『きりきり』と呆けように続けているのか。そんなにも静かな時々に紛れ込んだ一人。もしくは独り。白髪交じりの老体がぐんにゃりと闇を運んできた――おや。珍しい――人間種だろうか旅人だろうか。猫のような鋭い目で『背』を丸め、何処か『若々しく』も思える鬼視感。あの紋章から観て信仰者か何かの類だろう。分厚い背表紙を撫でた老人は丁寧に扱っている。ならば問題は無いだろう。しかし如何にも『近付いている』ような。おそろしくユックリだった脳味噌が『凍土』に投下された感覚――むんず。捕まれた。掴まれた。何処を？　肩だ。此処は肩の筈だ。されど思考回路そのものに突っ込まれた、皺くちゃな拳……覗き込まれた。睨み付けられた。奥へ奥へと『目』を入れ混まれている。ゆれる世界は老体の仕業だ。ああ。今、彼は幾つなのだろう押し負けている気がした――赤羽は危険だ。今すぐ排他しろ。秩序が無秩序に帰していく。理想が真逆の貌を取るのだ。私を見ろ。私の『脳』を『目』を『言葉』を知るのだな。これは忠告だ。警告だ。鐘の音を聞くのは恐ろしくて仕方がない――厭な予感を覚えたのは本能からか理性からか。カラカラと渇いている咽喉・首を押さえながら『腕』を振り払う……除けたのは誰かと問われたら『屍』と記すのが相応しい。突き飛ばした骨と皮は軽かったのだが、こびりついた錘は退けられない。ああ。鼠か？　鼠ではないあの目玉は『魔』の領域だ。悪意よりもグロテスクな本物の『意志』だ。たとえば円形窓をぶち壊したような不快感――夜がいよいよ鳴いていた。まだ夕方だった筈ダろウ――走る。走る。走る以外に出来ないのだ。足がもつれ始めたのに気付いたのは数十分後だった。いいや。もしかしたら一時間は経っているかもしれない。内臓がひくひくと大笑いしているが硝子の『殺し方』は上手くなった。にじんでいる赤は疲弊からの幻だろう。意思を留めるな止めた瞬間に暗黒へと落ちるような『予知』じみた悪寒――な。なんだ。なんだったんだ、あの人……大地に罅を容れた『言の葉』の衝撃。あんな耄碌ジジイの言うことなんかほっとけヨ。脳内で繰り返す魂々の交わり。危険だ・危険だ・危険なのだ――今直ぐに現直ぐに即刻――々と迫り来る根源からのおそれ形。なア、ここは墓地だったのカ？　何かに導かれたのか。何かに誘われたのか。自らで『終い』を選んだのか。狗の遠吠えは『風の音』に決められている。
　異分子を嗅ぎ取ったかの如く『腐肉』が土竜を模った。違和感を抉り取ったかの如く『死体』が蟻を模った。狗のフリした怪物が『ひと』の死生観を嘲った。発いた罪を擦り付けるが『為』にも思える、亡者の群れがケタケタ踊っている。誰かの不穏が招いたのか。不穏が故に起こしたのか。何方にしても『話を聞かない』連中は薙ぎ払わねば成らない。そう。貴様自身で彼等は『邪悪』だろう――裁きの時だと掲げれば光輝、呪いの詩が根元を砕いていく――ああ。触れるが好い、向こう側は忌々しくも『秘宝』の波だ。もまれ呑まれ喰われ啜られ、正しく正しく正しく……正道極まって『気分が悪イ』。大預言者の真似事は何者にも赦してはならないのだ。初めまして腐乱死体、二度と起き上がるな使者の演技ども。熱く推せ。熱く捺せ。熱く圧せ。おしつぶせ。頭に熱が宿っていく。
　ばらばらと崩れ落ちた骨と肉と皮が『地面』を融解させている。肌の一部が火傷じみてあつく、焚かれた本の頁と化した思いだ。並ぶ事も出来ず還って逝った魂を見送ると『改めて』周囲を見さまよう。現実なのか幻想なのか。成程。あの老人は不在していない。己の錯乱ではないだろう。あの人はいったい何者なんだ――かわいた咽喉は死者の臭いで潤々成されていた。あいた口が塞がらないのはきっと『冷静でいられる』側面の能か。どうセ、あれはあのジジイの配下か何かだロ。だから「あんなジジイは知らねぇ」と説いている。何面倒な事してくれてんダ――月は出ていない。ぽっかりな虚空が貴様等を咀嚼したがっている……ぐるん、と、一回転したのはオカシナ理だ。何か必要じゃない『もの』が混濁している。ひりつく。のたうつ。ねばつく。つく。付く。吐く。憑く……？　毒々しさが貴婦人の衣じみて切断面を疼かせている。もしも殺されていたとしたら、どんな真相を得たと異う。

　――正体不明の怪物がおそろしげに失せていた。

　盗もうとしたのか。掴もうとしたのか。戻そうとしたのか。おそるおそるの戸叩きが『なに』を齎したのかと『問えば』拍子抜けだ。おともなく帰ったと思惟するのが妥当だろう。正解だろう。あの脳裡にこびりついた『猫背』と『ローブ』は居ないのだ。どういう事かと面を合わせても『理解』出来ない。または『赤羽』は半ば解いている……？　ぐんらりと傾いた血肉を元に戻して卓上、先程の騒動が『本物』だと物語って在る……一枚の紙。誰の置き土産かと確かめるまでもない――おい。ちょっと待テ――口を閉ざす。虚を望む。ノウをしめる。

　――赤羽は危険だ。
　――今すぐ排他しろ。
　――ノイズ音。
　――緑色の炎が見えている。

　深淵――留まっていたのは幸いで在った。覗き込もうとしない『貌』は本能からの響き渡りで在った。全部を巻き込む事は出来ないが『この筆跡』は知っている『気がした』のだ。何かしらに修正されて『近い』という事だけは紐解けただろう。牢屋を破るのにワザワザ鍵を使うと登場人物はいうガ、なるほど、その軌道は悦ばしいだろウ。ウしろ向きの脳味噌は時に『発狂』を免れ、連結する流れに乗せられるのカ――カアカアと鵺が啼くなど在り得ない。だから『この』一致は虚無なのだ。つまり『俺』達は未だ正気で在れ――ざ。ざぁぁ。ア。超自然と自然の狭間で脚を絡ませた、二重の人間の他重……そうかい【正体は見抜けなかった】

　――痕跡を拭ったのは無意識だった。
　――赤羽ハ危険ではなイ。
　――誰が為の物語だ。貴方のための物語。

　ぺらり。ぺらり。ぺらり――無気味な『一夜』が去った次の日、誰が見ても退屈そうな『机と椅子』の主は捲る。今日の仕事は清掃と点検だ。日にやけたような肌色が『何か』を訴えているのは嘘だろう。しかし如何しても届かないのだ。何か【※※な事を】忘れている気がする――魂の底無しで震えているのは心の臓。増幅するおもいは恐怖に似て好奇心、ただ赤羽が綺麗な布を持っていた――悪辣が極まってビブリオ病んでいる――眠りに落ちろ。シャット・ダウンだ。もがいてもあがいてもその『後』の夢はない。死にたくないのは皆同じだ。

　踵を返したのは三人の内、誰だった。譲れない『もの』がある。
　86400の栄養が不足している。