PandoraPartyProject

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黒猫のアリス

登場人物一覧

赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
赤羽・大地の関係者
→ イラスト

●悪辣を内包する
 朝の幻想もにぎやかなものである。
 学校などはないから、気ままに過ごすことができるのは、嘗て日々を、日常生活を送っていたあの世界との大きな違いでもあるだろう。
 冬の足音は徐々に大きく。自由図書館のポストを開けて、新聞を読もうと考えていた、その時だった。
「げっ」
『なんだァ?』
「……また、だ」
 ポストの中に入っていたのは鼠の死骸。通算五匹目である。
 今日もまたスコップで埋めてやる必要があるだろう。はぁ、と肩を落としたのは赤羽か大地か、どちらが先だろうか。
 その亡骸を見て考え込む大地に、
『……オマエ、何か恨まれるようなことしたんじゃねえノ』
「ガワは俺だけど、どちらかというとお前の方が恨まれそうだろ」
『確かに』
 はぁ、と悪態をつきごみを見るような目でそのを見るのは赤羽。
 やれやれと肩を竦め、辺りに不審者がいないか確かめるのは大地。
 二人で一つの身体を共有しあっている、謂わば協力者のような二人である。
 こちらを見ていた黒猫が意地悪く弧をゆがめたのを、二人は知らない。
『最近こういうの多くねえカ』
「同じことを考えてた。奇遇だな」
『辺り見とこうゼ。もしかしたらこっちのこと見てるかもしんねーシ』
 キィ、と小さな門を手で開けて、石畳の通路を歩く。二人には少し大きな家だと思った日を覚えている。
 けれど、近くにいたのは黒猫と近くに住んでいるであろう少女、そして顔馴染みのご近所さんだけだった。
 馴染みのない顔である少女は、猫を撫でていた。
「あの子に声をかけてみてもいいか?」
『やばかったらすぐ逃げるゾ』
「ああ」
 ざっざっざ、と足音を鳴らし歩み寄る。
 猫は二人の家の方へ駆けていき、必然と、その少女と目が合った。
「……あ、猫が」
「驚かせてしまっただろうか……すまない」
「……いえ。それで、ええと」
 長い髪を揺らして微笑んだ彼女の声に含まれていた密かな棘に、大地は気付くことがなかった。
「……さっきまでに、この辺に変な奴は居なかったか? なんか、鼠持ってたりとか……」
(そんな直球で聞くやつがあるかヨ)
(だって……ごめん)
(へたくそ)
「ね、鼠? さぁ……私は散歩で通りすがっただけですので」
「だ、だよな……すまない」
 明らかに不愉快そうな顔をする少女に大地は頭を下げた。
「じゃあ、俺はこの辺で失礼するよ……いい一日を」
 ひらりと手を振って、大地はその少女の前から立ち去った。
「なあ、やっぱりおかしいんじゃないか。防犯カメラとか練達にあったかな……」
『いや、』
「ん?」
『その必要はないかもしれねえゾ、大地』
「……どういうことだ」
『あの女。あいつが犯人で間違いなイ』
「え?」
 大地が思わず振り返った先。少女はそこにはいなかった。
「……赤羽」
『あア。行くゾ!』
 二人は少女の背を追って、自由図書館から駆け出した。

 にゃあん。
 猫の鳴き声が、どこか遠くできこえたような気がしたけれど。
 今はそんなことに構って居る余裕などなかった。
「捕まえたらどうする?」
『殴る』
「あのなぁ……もう少し優しく」
『許せんのかヨ』
「……微妙」
『やっていいことと悪いことってモンがるだろうがヨ』
「じゃあせめて、手は出さないようにな」
『善処すル』

●純なるおもい、絆の味は
 朝の幻想はまぶしくてうざったい。
 もう少し日光が減ったらいいのにだとか、人の数を減らしてほしいだとか、そんな実現不可能だとわかっていることばかりが頭の中をよぎって、『アリス』は内心で舌打ちをして。
 けれどもああ、愛おしい兄の姿を見つけたのだから、今日も贈り物を受け取ってもらわなくては。
 自由図書館と名付けられた、恐らくは肉体の方の趣味の家のポストに鼠の死骸を投げ入れる。
「兄さんは僕を覚えていると思うかい?」
「にゃあん」
「あは。鳴くだけじゃわかんないんだけど」
 そんあこと言われたって仕方ないじゃあないか。
 動物疎通を持っているからこそ理解はしているけれど、それでも猫と会話しているなんて頭のおかしい娘だと思われたなら、人々の記憶に残らない作戦は大失敗なのである。
「兄さんの様子を見ておいてくれる?」
「にゃあ」
 わかった。と。
 たったったとかけてその視界を共有する。一方で『アリス』は、このあたりの観光客だとでも言わんばかりにクレープを頬張って。
 装いは天義風にふりふり。こいつは重くてやってられない。あいつらはどういう思考回路をしているんだ。
 悪態。悪態。悪態。
 けれども兄さんの為なら、ば。
(ああ、)
『……オマエ、何か恨まれるようなことしたんじゃねえノ』
「ガワは俺だけど、どちらかというとお前の方が恨まれそうだろ」
『確かに』
(兄さん……ッ)
 昂り。
 怒り。
 憤り。
 なぜあんなにも美しくないごみのような人間とつるみ、あろうことかその身体に入っているのだろうか。
 その美しい魂は僕のモノだというのに。
 にゃあん。
「うん、よくやってくれたね。いい顔だった」
 その感覚こっちにまで伝ってきたんだよ、青葉。
「ああもう、ごめんったら。だって兄さんがあんな顔するもんだから」
 ねえ、近づいてきてる。中をのぞいてきても?
「ふふ、かわいいこたのんだよ

 にゃあん。きたよ、かわいいアリス。

 ここからは演技力の勝負だろうか。
「……あ、猫が」
 暗い影。漂う兄の魔力。間違いない。
 上がる口角を戒めて、演技に集中した。
「驚かせてしまっただろうか……すまない」
「……いえ。それで、ええと」
 困惑しているように。良好、だろうか。
「……さっきまでに、この辺に変な奴は居なかったか? なんか、鼠持ってたりとか……」
 思わず、吹き出しそうになったけれど。
 こらえて。
 不愉快そうに眉根を寄せれば、出来上がり。
「ね、鼠? さぁ……私は散歩で通りすがっただけですので」
「だ、だよな……すまない」
 醜い顔面に謝罪の色。興味はない。内側のモノを返してくれさえすれば。
「じゃあ、俺はこの辺で失礼するよ……いい一日を」

 にゃあん。
 成功だ、アリス。

 にゃあん。
 けれど、アリス。

 にゃあん。
 追われているようだ。気を付けて。

「あっは。わかった」
 今日はようやく、兄さんに気が付いてもらえたような気がする。
 あんな器は早く壊して兄さんを取り戻そうか。
 わくわくする。
 無邪気な子供のように微笑んだ『アリス』は幸福な乙女のような顔をしていて。
 だからこそ、誰も気づくことはなかったのだ。
 内側に秘められた、狂気に。

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