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果て無き空へ
登場人物一覧
七色の花火が夜空を彩る――
蒼穹の瞳を染める色合いに僅かばかり雫が浮かんでいた。
「ねえ、見てる?」
君が望んだ沢山の空。そのうちの一つ。七色の魔術師が織りなす光の祝祭。
ラピスラズリを散りばめた夜空に咲く大輪を『空色の瞳』は見ているだろうか。
かつて。魔種と呼ばれた少年が居た。
灰色の髪からピンと尖った兎の耳が覗く目の無い少年。
アレクシアは妖精森の迷宮で少年が魔種になってしまった記憶を見たのだ。
薄暗いスラムの片隅で暴漢に襲われ、儚く命を散らしたリコット。
肺を刺され、腹を割かれ、それでも少年は手を伸ばす。
目をくりぬかれて尚、生きようと足掻き。
たった一つの願いを望んでしまった弱い兎。
リコットが生涯追い求めた歪な三角――希望の蒼穹を知ってしまった。
本当の事を言えば、知りたくなんてなかった。
敵として出会い、その命を奪ってしまった者の記憶。
それは、アレクシアにとって正義と悪が完全に二分されないという現実を、強かに突きつけられる形になったからだ。
「君に、謝りたいと思ってるんだ」
当時のアレクシアは魔種は絶対悪で不倶戴天の敵だと思い込んでいた。
誰しもが悪逆非道で狂っていて取り返しの付かない悪なのだと。
故に、リコットと対峙した時も否定的な言葉を投げつけた。
――それに私は、あなたには見れないものを持っている。
あの妖精森での記憶を見たあとであれば、到底出てこないであろう言葉を叩きつけた。
アレクシアは唇を噛みしめる。
「君のことをもっと知っていれば……知ろうとしていれば」
魔種という存在のどうしようも出来ない末路。リコットの辿った事情。
それを鑑みればあまりに大きすぎる言葉だっただろう。
「叶うなら……」
謝りたい。もし、あの時に立ち戻れるなら、もっと寄り添った言葉を掛けたかったのだと。
花火の音が耳朶に響く。アレクシアの瞳に涙が浮かんだ。
過去を後悔して引きずられるよりは、前を向いて未来の可能性を掴みたい。
けれど、それでも。心残りはあるのだ。
『いいんだよ。仕方なかった。君はあの時、終わるはずだった僕の記憶を辿って救い上げてくれた。
それだけじゃない。こうして、願いを叶えてくれているじゃないか』
ただ、記憶の片隅や報告書だけに残る存在ではなく。生きた証を想ってくれて、一緒に旅に連れて行ってくれるアレクシアの存在にリコットは感謝しているのだ。
大丈夫だというように空色の瞳が優しく光る。
魔種という存在は世界悪だ。
特異運命座標が空繰パンドラに可能性を蒐集するように。魔種は滅びのアークを集めている。
自分たちの存在意義を掛けて相対しているのだから、世界にとっては『破戒』を司る。
されど。アレクシアは知っている。
魔種にだって記憶があり、憂いがあり、喜びがあり、後悔がある。
海洋で出会った鏡の魔種ミロワール。
彼女は。シャルロットは自分の意志でイレギュラーズを助けてくれたではないか。
それは、魔種ともいつか必ず共存出来る未来があるのではないかと想わせるには十分だった。
現状では、どれだけ心を通じ合わせようとも。
魔種の命を奪わなければならない事実は変わらないだろう。
相対する魔種にだって人間と同じようにこれまでがあってこれからがあるのだ。打ち倒さねばならない事に心が痛くなる。けれど、立ち向かう事を避けたりはしない。
なぜなら、アレクシアはヒーローなのだ。
誰かを守る為にたたかうこと。救えたかも知れない命を救うこと。
自分が何もしないで、誰かが傷つくのはもっと嫌だから。
『うん。君は間違っていない。大丈夫。もし、道に迷うことがあっても僕が傍にいる。見守っている』
だから、アレクシアが道を誤ることなんてない。
迷う事があったとしても、それはアレクシアにとって必要な道だった。
リコットと出会ったことも。謝りたいと思うほどの言葉を投げてしまったことも。
アレクシアという人間を成長させる糧となっているから。
だから、大丈夫なのだと。空色の瞳は仄かに光った。
『約束しただろう。沢山のまだ見てない空を見たいんだって。僕はまだまだ満足していないよ』
明るい緑色(スプリング・グリーン)――の花火が夜空に咲き誇る。
「ええ、まだまだ先に進まないと。立ち止まるわけにはいかない」
今日、この日に思い描いた言葉を胸に。
アレクシアは蒼穹の瞳を夜空へと向けた――