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狂気に染まる

登場人物一覧

赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
赤羽・大地の関係者
→ イラスト

 ――目の前で消えて行く命は、なんて小さいんだろうと思った。

 薄汚れたスラムの片隅で目を覚ました青刃は降り出した雨に溜息を吐く。
 目を覚ました瞬間というのは鼻も敏感で、普段は麻痺して感じない饐えた匂いもこのときばかりは感じてしまうのだ。環境としては最悪な部類だと青刃は吐き捨てるように悪態をついた。
「ん。青刃? 起きたのか?」
「兄さん……まだ薄暗いよ。寝てても大丈夫」
「そうか」
 それでも、となりで寝ている赤羽が居てくれるのなら、どんな場所だって生きて行ける。
 だって、青刃と赤羽は一心同体の双子なのだから。

 この街は貧しかった。
 人攫いに飢え死に、暴力が絶えず渦巻いている。
 いつもどんよりと曇っていて、彼方此方から死臭やら腐敗臭やらが漂っていた。
 川を挟んで向こう側は小綺麗な町並みがあるのにも関わらず、こちら側は地獄のような有様だった。
 貧しさは連鎖する。堕ちるのは一瞬だが抜け出すには色々な運が必要だった。
 赤羽と青刃の両親も、そんな堕ちた者に分類されていたのだ。
 元々はどこぞの貴族やらの傍系だったらしいが、そんな子供でも分かる嘘なんて信じてはいなかった。
 恨んでいさえした。
 自分と兄がこんな肥溜めで泥水を啜っているのは、両親のせいなのだと。
 両親が自分達の苛立ちを青刃たちに向ける度にその思いはおおきくなっていった。
 ――いつか、必ず兄と一緒にこんな場所から抜け出してやる。
 その思いが生きる糧となっていた。

「おいおい、お前それ盗んで来たんじゃねえか?」
 気付けば青刃は見知らぬ男たちに囲まれていた。
 手の中に抱えるパンと干し肉はようやくの思いで手に入れた食料だ。
 決して盗んだものではない。
「違う! ちゃんと買ったんだ!」
「嘘つけ! おいこいつ盗んできたぞ!」
 理不尽な言いがかりで男が青刃を掴み上げる。
「やめろ! 離せ! ……痛っ!」
 暴れる青刃を男は殴りつけた。痛みで腕の中のパンと干し肉が落ちる。
 男達にとって青刃が本当に買ってきたのだとか、盗んで来たのだとかどちらでもいいのだ。
 ただ、鬱憤が溜っていただけ。そこに弱そうな青刃が通りかかっただけなのだ。
「二度と盗みが出来ないように懲らしめてやる!」
 男達は青刃を押さえつけた。

 ボロボロになった青刃は家に帰り着く。
「何だい。そんなぼろぼろで。客でも取って来たの? だったら金でもよこしな」
「そんな貧相な子供、誰が抱いて楽しいものか」
「そりゃアンタ、そういう趣味のヤツだって居るだろうよ」
 自分の子供が明らかに暴力を受けて帰って来た時の言い草がこれかと青刃は思った。
 心の底にどす黒い感情が渦巻いて爆発する。
 転がっている酒瓶を手に、まずは母親を殴った。
 割れた酒瓶で父親の目を刺して、メッタ差しにして、殴った。
 此処では殺人なんて日常茶飯事で誰も止めにきやしない。
 むしろ、面倒事に関わりたくないと、見て見ぬ振りをするのだ。
 部屋の中が真っ赤に染まる。両親の血で汚れていく。

「青刃……っ! もういい」
「兄さん」
 気付けば赤羽に止められていた。赤羽が帰ってくるまでの数時間。
 両親を刺し続けていたらしい。青刃の手も傷だらけで真っ赤になっていた。
「ごめん、兄さん。食料取られちゃった」
「……大丈夫」
 今日は食料を買いに出かけると言っていた青刃が、ボロボロになって両親を殺していた。
 赤羽はそれを抱きしめる。
「大丈夫」
「……ごめん、兄さん。父さんと母さん殺しちゃった」
 何があったかなんて、想像に難くない。何も言わなくていい。
 赤羽はそんな思いを込めて青刃を抱きしめて眠った。

 ――――
 ――

「ねえ、兄さん。今日はこんな本を貰ったんだ」
 少年時代より僅かに向上した生活。
 見目の麗しい双子の兄弟を不憫に思った大人達が居たのだ。
 それは、川の向こう側の人間だった。
 赤羽と青刃の二人を引き取り後見人として部屋を与えた。
 時折、自分の屋敷に青刃を呼んではこうしてお金や本を与えていたのだ。
「……次は俺が行くか?」
「何で? 兄さんはアルターさん好きじゃないでしょ?」
 アルター・ロスロンドという男は多くの子供を支援する篤志家だが、その実子供を手籠めにする悪魔のような人格だった。
 スラムの子供を拾ってくるのは絶対服従を強いることが出来るから。
「僕は大丈夫だよ。それより、この本見てよ。反魂の魔術だって。面白そうじゃ無い?」
「ああ、なんだこれ。すごいな面白そうだ」

 これが、赤羽と青刃の死霊術との出会いだった――
 それからというもの人智を超えた魔術の一端に触れ、一縷の望みを得た双子は、寝食も犠牲にするほど、魔術にのめり込んだ。

 年月を重ね。実験を繰り返し。赤羽と青刃は研究に打ち込んだ。
 常軌を逸した魔術の探求の末。
「やった……ようやく完成したぞ! これで……かはっ、ごほっ」
 研究に没頭した赤羽の身体はボロボロで病を患っていた。
 最後の一手を精彩に欠ける選択をしてしまったのだ。
「青刃。俺は先に、行く」
「兄さん、待って……まだ」

 青刃の腕の中には、魂の抜け落ちた赤羽の身体だけがあった。
「兄さん……ひどいや。僕を置いていくなんて」
 しかし、不完全ながらも魂を何処かへ逃がしたはずなのだ。
 だったら、自分がそれを引き継ぎ完成させれば、いつか赤羽に会えるかも知れない。
「いや、必ず探し出してみせるよ。兄さん」
 赤羽に会いたい一心で青刃は研究にのめり込んだ。

 ――ねえ、兄さん。会いたいよ。
 僕を置いて行かないでよ。寂しいよ。
 なんで、僕を置いていってしまったの?
 僕は要らない存在だった?
 僕は兄さんが居ればそれでよかったのに。
 兄さんの為に僕は身体を売っていただろう?
 全部、全部。兄さんのためだった。
 それなのに。何で。なんで。
 僕を置いていってしまったんだよ!

 赤羽以上に長く濃厚に、禁忌に触れていた青刃の精神は狂気に埋め尽くされてしまった。
「ねえ、兄さん。僕、今まで見たことの無かった兄さんの色んな表情見てみたいな」
 喜怒哀楽。憂いも。甘いも。全て。全てすべて!
「兄さんは、僕のもの。僕は兄さんのものだ」
 誰にも奪われないように。
 捕まえて。魂さえ捕えて。絶対に、離さない――

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