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If I shouldn't be alive.
登場人物一覧
●’Tis the Seal Despair.
俺の心の中には、怪物が巣食って居る。
ひやりと氷の様に冷たい場所で丸まって、全てを鬱陶しいと、蔑む様な、憎む様な、妬む様な、そんな眼で物事の一切を見ているんだ。
色は薄汚れたにびいろで、動きは鈍重。普段は大人しいのだけれど、鋭い二本の牙と、軀中に棘を持ち合わせていて。
其奴が暴れ出すと、始末におえない。――そうなってしまうともう、痛むのだ、心が、酷く。
唸る、其れは例えば、彼処に置いてきてしまった、
吠える、ねえ
がぶりと齧り付いて来る! 皆、皆、皆、すっかり真っ赤に染まってしまった。内包する白く柔らかい綿までも穢れてしまったのだと。
ごめん。割れる様に、頭が痛い。
ごめん。息が詰まる。肺が呼吸を拒む。
ごめんよ。――でも、俺、耐え切れない。何より、自分の心の弱さに、嫌気が差すから。
一錠、二錠、三錠、頬張る。
プラスチックを強く押して、アルミ箔を突き破って出て来た其の錠剤を口に捻じ込んでは、噛み砕いて四錠、五錠、六錠。
効果は覿面。舌先に強く感じる苦味に安堵して、軈て訪れた浮遊感に蹣跚めいて右へ、左へ。蹈鞴を踏んで、まるで奇妙なダンスでもして居るみたいだ。ぐにゃぐにゃと首の座っていない赤ん坊の様に頭は揺れ、然して其の表情は幸福其の物――甘く痺れて止まない脳味噌が、『もっと』と薬を欲しがっていた。
焦点の合っていない
七錠、八錠、九錠、嚥下して。嗚呼、嗚呼! 只管に心地が良い。此の儘、溶け合ってしまえたら。
打つかった拍子にがたん、と倒れた椅子。解像度が低下してぼやけた視界では椅子だと認識する事も困難で。
だらしがなく、口端から垂れる唾液を拭うのすら忘れて、自分で染めた筈の
●'Quiet talker'
『もう、止めて』
そう、何回も云いたかったわ。でも『彼』は如何しようもなく、救いを求めていて。そして、わたしは嗚咽を漏らすあの子の頭を撫でる事も、震える背を摩ってやる事も叶わない。なんて、もどかしいのかしら。
――無力ね、其れが、悔しくて、悔しくて仕様が無い。普段、どんなに偉ぶって、お姉さんぶっても。肝心な処で、所詮わたしは役立たず。結局、唯のぬいぐるみの域から抜け出せないで居る。あのお薬の代用品にも成れないわたしなんて、痛みを間引いてやる事も出来ないわたしなんて、『お姫さま』と大切に扱われる価値も本当は無いの。
『もう、いいじゃない』
わたしのお兄さん、お姉さん。お願いです、彼を解放してあげて欲しい。懺悔だって、何度も何度もしたじゃない。其れでも尚、あなた達は赦してはくれないの? 此の儘過去に囚われ続けて居ては、何時か本当に取り返しの付かない程に――毀れてしまって、戻れなくなってしまう。
愛する彼を喪失したら。そんな
●'Elysium is as far as to'
快楽は、苦悩の鎧だ。痛い、苦しい、悲しい、怖い、そんな靄を丁寧にコーディングして心を健やかに保ってくれる。其れを装って居れば、誰かが血を見つける事も、傷ついてると余計な心配を掛ける事も無い。
十錠、十一錠、十二錠、貪った。
「そうだ、俺のお姫さまに似合いのドレスを亦、思い付いたんだ。えぇ? もう、素直じゃないんだから!
皆んな似合うって言っているよ。ふふ、恥ずかしがらないでも良いのにねえ」
ぐにゃり、ぐにゃり。驚く程に軀が軽い。まるで、骨を抜かれたかの様な、新しい生き物にでも成った心地。ごちん、と壁に頭を打ちつけてもちっとも痛まない。屹度、俺は高みへ到ったのだ、人間未満から、人間以上へ。俺の事を散々馬鹿にした彼奴らの事を考えると――笑いが止まらない。
頭が冴え渡って、ベッドに横たえた軀に何とも言えない爽快感が頭の天辺から、四肢の隅々まで迸って、然すれば。
もう、寂しくない。何故だろう、新作が次々思いつく! 新しい弟や、妹ももっと増やしてあげなくっちゃだ――。
「もう、みーんな、みんな、だいすき。
おれのともだち、どうし、きょうだい、こいびと、かぞく。
みんな、みんな、あいしてる。だからみんなも、おれのことを、あいしてね」
――パパ、大好き!
――ええ、愛しているわ!
――何時も綺麗にしてくれて有難う!
――ずぅっと一緒に居てね!
――応援してるよ!
●'A word is dead.
『嗚呼、違う。【わたし/ぼく】達、そんな事、未だ云って居ない――』