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SS詳細

転輪穢奴

登場人物一覧

新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの

 ――唸りを上げた巨大な拳が、眼前に迫る。
 纏う気は爆発的な怒りと狂気に満ちている。
 新道風牙は、あえてその暴風ただ中へと一歩踏み込んだ。
 頭よりも大きな拳が視界いっぱいに広がった時、風牙は愛槍烙地彗天を軸に大地を蹴りつける。
 地が蜘蛛の巣のように割れ、彼方まで木霊する地響きが耳の奥を掻き毟り続けていた。
 散弾の如き飛礫が風牙の頬に一筋の紅を引き――
「キサマヲ、殺ス!」
 ――咆哮と共に巨体が振り返る。
 跳んだままの風牙に、避ける術はない――そう思われた。
「悪いが、当たっちゃあやれないぜ――ッ!」
 風牙は拳をたたき込まれる瞬間に、敵の巌のような背を蹴りつけ一気に距離を離してやる。
 暴風を伴う裏拳が空振り、鬼は俄に姿勢を崩した。
 絶好の距離だ。逃す訳にはいかない。
 眉を寄せた風牙は裂帛の踏み込みと共に間合いを詰め、一迫彗勢。
 槍が天を走る彗星のごとく、鬼の巨体を貫いた。
 憎悪の塊とも思える程の、澱んだ思念が大地へと飛び散る。

 ぐらりと傾いだ巨体の鬼は、実のところ人の範疇にあった。
 魔物や怪異の類いではない。風牙達は彼等を獄人ゼノポルタと呼んでいる。
 それにこの男には、崔渦と云う歴とした名さえあった。
 この峠を拠点としていた山賊であり、通った幾人もを残忍に殺した罪人なのであった。
 依頼内容も生死こそ不問ではあったが、殺害を期待されていたものだ。
 この男を、或いは助ける術はなかったのか。自責の念が胸の奥底を鷲掴みにする。
 だが本気でなければ、勝てたろうか。勝てたとしても、あるいはより長く苦しめていたかもしれない。
 第一に捉えたところで打ち首は免れまい。
 だからといって割り切れるほど、簡単な話でもなかった。
 風牙が己に課した使命はである。
 即ち普通に生きている人々を護る事に繋がる。
 魔物であれば、その線引きは容易いことが多い。
 しかしこの山賊――崔渦が人の世に仇為したのにも訳というものがあるのだ。
 神威神楽の地において、獄人は様々な制約を課せられている。つまり被差別種族であった。
 崔渦が行ったことは、結果として万死に値する所業ではあろう。
 しかし賊となった切っ掛けはどうだろう。生活への困窮や絶望等があったことは、想像に難くない。
 それに崔渦は、明らかに理性を手放していた。
 ならばなぜ崔渦は狂ってしまったのか。
 賊となり狂気に染まったのか。狂気に染まったが故に賊となったのか。
 考えても為ようのない事ではあるけれど。
 呼吸を整えた風牙が、崔渦の目を閉じさせてやろうとした――刹那。

「おやおや、復讐ならず、ですか。可哀想に」


 全身に悪寒が駆け抜けた。
 鼓膜を嬲る声音は、漆黒の淀みであった。
 それは不浄、汚泥、穢れそのものであった。

 ――ひふみ いむなや。

 其れはを無くす者。

 ――こいつは絶対に存在を許してはならないだ!

 極度の疲労状態にある身体に、アドレナリンが駆け巡る。
 其れへと、弾けるように槍を向けた風牙が見たものは、月を背負う雑面の何かであった。
「されど命は巡る物……喪われ然るべき物」
 其れは男とも女ともつかぬ肢体と声音で詠う。
「アンタが何者か――なんて、聞く必要はねえよな」
 風牙の授かり物、その視界に見える相手の感情は、尋常ならざる様相であった。
 総ゆるを飲み込むほどの、うねりをおびた、どす黒い――
 恐怖とも憎悪とも付かぬ戦慄の中で、風牙はほとんど直感的に理解した。
 これは、この存在は、このばけものは――不倶戴天の大敵であると。
「近づいたら怪我するぜ」
 強がりが口を滑る。無為に挑発してしまった。師匠に見られたら、なんと云われるか。
 脳裏に過ぎる師の顔が、風牙の平静を辛うじて支えていた。
「おお、恐ろしや。己は貴殿と諍う心算はないのであります、が……いただくものはある」
 其れは肩をすくめると、漂う闇に腰を下ろす。
 闇は徐々に広がり、崔渦の遺体へ向かって這いずり始めたではないか。
「やらせねえよ! そんなこと、好きにさせてなるものかよ!」
 あれは間違いなく崔渦の魂を、命の尊厳を穢すものだ!
 滑り込んだ風牙は、遺体を担ぎ上げる。
 風牙は速度を生かす戦士だ。小さな身体に崔渦の巨体は余りに重い。
 それでも風牙は歯を食いしばり、脚に力をこめて土を蹴りつける。

 風牙は走った。
 我武者羅に駆け抜けた。
 自身が命を奪った獄人の、最後の尊厳を守り抜く為に。
 草の間に踏み込み、小石に脛を切られ、それでも止まらなかった。

 気付けば風牙は峠を抜けていた。
 そこにはもう、は居なかった。

 罪人であった崔渦が弔われたのは、翌日のことだ。
 棺を前にして「死すれば仏」と僧侶は述べ、風牙と共に手を合わせる。
 結局、崔渦の葬儀を行ったのは、この僧侶の他に風牙ただ一人であった。
 風牙は崔渦の棺に、そしてこの国の人々に、あれを必ずや討滅すると誓った。

  • 転輪穢奴完了
  • GM名pipi
  • 種別SS
  • 納品日2020年10月04日
  • ・新道 風牙(p3p005012

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