PandoraPartyProject

SS詳細

戦乙女は花纏う

登場人物一覧

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
イーリン・ジョーンズの関係者
→ イラスト
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌

 イーリン・ジョーンズはその日、「良いわ。貴女に一番似合うドレスを仕立てて貰わなくてはならないもの」と此れから起る『事柄』を考えて痛む頭を抑えてそう言った。
『文化保存ギルド』の本拠地に座する『書庫』は本来的にはギルド所有では無い。本来的には幻想貴族が治める領地である。しかし、クラナーハ家当主たるライラ・クラナーハは自身を売り込みに来たイーリンを甚く気に入り彼女にこの書庫を貸し出したそうだ。
 紆余曲折有るが、イーリンにとってライラという女は一癖も二癖もある扱いづらい女であった。何時だって面倒事を押しつけては「よろしくてよ」と朗らかに笑みを浮かべるライラ。借り貸しで言えば、借りの方が多い以上、顔を合わせるならばそれなりの準備をしておきたい――が、今日という日は頼み事行うのだ。そうも言っては居られなかった。
「イーリン?」
「……ええ、大丈夫よ。ウィズィは初めて会うのだったかしら」
 うん、と頷いたウィズィ ニャ ラァムは緊張したように表情を強張らせた。彼女は普通の町娘である。恋人であるイーリンが懇意にして居る相手だと言えども相手は幻想貴族だ。その様子にくすりと小さく笑みを漏らしたイーリンは「大丈夫よ」と笑みを零す。
「折角、海洋王国でも活躍したのよ。此れから海洋王国の社交界や舞踏会にもローレットのイレギュラーズとしてお呼びが掛かるかも知れないでしょう」
 そ、とその白い掌が背筋を撫でる。凜とし背筋をぴんと伸ばしなさいと言う様な掌にウィズィの姿勢は自然と美しいものとなる。
「性格こそ難はある相手だけれど、ドレス作製に置いては私も信頼しているから」
 安心して頂戴とそう告げるイーリンの方がどこか表情が暗かった。折角ならばウィズィとも一緒に舞踏会に行きたいと言うのが紫苑の君と海洋社交界で噂された天女の希望だった。
「私だってイーリンと舞踏会に行ってみたいよ」
「ふふ、でしょう? 今後も着る機会があるだろうし、折角なら貴女に似合う一番のものを用意させて欲しいのよ」
 恋人にそう言われればウィズィだって「うん」と頷くしか無い。この可愛い恋人は自分自身に一番似合うドレスを自身の審美眼で認めた者に作らせたいというのだから。
 メフ・メフィートはクラナーハ邸。執事に案内されて、緊張を抱いたままのウィズィと共にイーリンは庭へと足を進める。のんびりとした午後をその場所で過ごしているのだろう。茶会の準備が整えられた庭には美しい花が咲き誇り、その中心に一等誇らしげな花が笑みを浮かべている。その花こそがライラ・クラナーハ、その人である。
「ご機嫌よう。貴女が私に逢いに来るだなんてどんな風の吹き回しなのかしら」
「ご機嫌よう、ライラ。今日は貴女に紹介した人が居るのよ。それと、お願いも一つ」
 あら、と唇にゆったりと笑みを浮かべたライラへとイーリンは肩を竦める。彼女の美しい双眸が自身では無く共に此処まで来たウィズィに向いていることに気づきイーリンは「紹介するわ」と口を開く。
「ウィズィよ。……私の恋人なの」
「初めまして。ウィズィニャラァム、Within your arm……イーリンの片翼です」
 凜と背筋を伸ばして。緊張をひた隠すようにウィズィはそう言った。くす、と笑みを浮かべたライラは椅子から立ち上がり自身が身に纏っていたドレスの裾を掴んで淑女の礼を見せる。
「ようこそ我が家に。クラナーハ家が当主、ライラ・クラナーハでございます。
 貴女が我が屋敷に来てくれた事、光栄に想いますわ。さあ、おかけになって? イーリンの『おねだり』も聞かなくてはなりませんもの」
 うっとりと微笑んだその美貌。流れるようなピンクブロンドの髪を揺らした乙女にイーリンは溜息を吐き出して椅子へと着いた。ティーカップに注がれた紅茶はニルギリ。ミルクも良ければと勧めてくるライラの調子にすっかりと飲まれてしまっているとウィズィは彼女の整ったかんばせをちらりと見遣る。
「それで? 貴女はどのようなところが好ましく思って、彼女を娶ろうと思われましたの?」
「―――ッ」
 突如としてウィズィへと投げかけられた質問にイーリンが思わずミルクティに咽せる。ナプキンで口元を拭いたイーリンの傍らでウィズィは「どのような所?」と思案顔をしてみせる。
「ライラ、娶るではないわ」
「あらあら、娶ったら結婚ですものね。失礼しました」
 くすくすと笑うライラにイーリンは全く、と息を吐く。真面目に質問に答えるために悩ましげなウィズィは「あ」と思いついたように意地悪く笑った。
「……強情なところかな? そういう人、好きでしょう? ライラさんも」
「……勿論」
 にたりと笑う彼女にウィズィはどうやら彼女の満足いく返答が出来たのだと胸を撫で下ろす。此の儘では一向に本題に進まぬとイーリンは「ライラ」と名を呼んだ。
「貴女に頼み事をするのはほんっとイヤなんだけど――だからこそ、貴女に一着仕立てて貰いたいわけよ」
「一着?」
「そう。ウィズィが舞踏会へ行くためのドレスを。ほんっとイヤだけど、貴女だからこそお願いしたいの」
 貴女に頼み事はしたくない、けれど、貴女だから。その言葉にライラはくすくすと笑い続ける。
「折角ならばイーリン、貴女のドレスも仕立てれば良いじゃない。愛しい片翼に合わせた――如何?」
「ライラにしては素敵な提案だけれど、その前に『貴女に認められ』なければならないでしょう?」
 挑発するようなイーリンの言葉にライラは「まあ」と小さく笑みを浮かべた。こうして微笑んでいれば穏やかな貴族令嬢だ。しかし、代々、クラナーハ家は武闘派で通っている。そして現当主なるライラは『空を駆ける』と称されるほどの高機動を誇り、重ねられる手数の前では幾人もが彼女のドレスに泥一つ付けることが出来ないのだ。
「ならば話が早いわ。貴女にもキチンとルールを説明しておきましょう。
 私は衣服には強いこだわりがありますの。デザイン画を起こすことも出来ますわ。仕立て屋とも懇意としておりますの。きっと、貴女の満足の行くドレスをご準備することが叶います」
「はい」
「けれど、私は先程も申し上げた通りに、とても強い『こだわり』がありますの。強く、美しいものが好ましい。だからこそ、闘いの中で貴女の魅力を引き出したい――私と模擬戦を行っていただきます。
 ご覧になって。このドレス、とても美しいでしょう? このドレスは戦争用。私は一度地を蹴り戦えば泥に汚さぬ自負がある。それ故に私はこのドレスを我が唯一無二のものであると認識しておりますの」
 す、と立ち上がったライラの笑みが深まった。美しい、闘いになれた女の笑みだ。
「ですので、其方は二人がかりで構いませんわ。海洋王国の――伝説に認められたイーリンの片翼。
 その実力、私に魅せては頂けません事? ……丁重におもてなし差し上げますわ」
 くすりと笑み零す。成程、ドレスが欲しくば自身を倒せと言うことなのだろう。ウィズィはイーリンへと視線を送る。頷く彼女の紅玉は「出来るでしょう」と語っている。その燐光迸った眸を見て、怖じ気着くわけも無い。
「必ず満足させてあげましょう!」

 ―――――
 ―――

 場所を変え、微笑み立つライラをその両眼に移し込んだイーリンはウィズィの名を呼んだ。
 その手には紅い依代の剣を。流星描くラ・ピュセルを握りしめる掌に力が籠められる。戦乙女の紫苑の髪は夢見るような夜空の色彩を称える。
「ウィズィ! 2トップで行くわよ! こいつの手数は『ブロックなんてできない』わ!」
「ははっ、私達はいつだって2トップさ! ──さあ、Step on it!! 見せてやるよ、比翼の力を!」
 小さく笑う。ラヴリラ。抱えるために開けたその片腕は愛しい人と在る為に。両手が塞がれば抱き締める事も叶わない。だからこそ何時だって二人で翔る。
 眼前に立ちはだかるは美貌の乙女、ひらりと揺らす絹のドレスが淡く揺れる。穏やかに淑女の礼を一つ取るライラは舞踏会に赴くように笑み零す。
「さあ踊りましょう。我が舞空、目で追うことさえ叶わぬならば、かぶる泥が灰になりましょう」
 地を蹴った。その刹那、イーリンは「ウィズィ!」と彼女の名を呼んだ。
「オッケー!」
 只の町娘なら、貴族様に刃を向けるなどと怖じ気づいたか。それでも、冒険者として突き進むウィズィ ニャ ラァムはハーロヴィット・トゥユーを握りしめる。
 地を踏んだ。降り注ぐは拳。両の眼で映してもライラの動きは常に追い続ける事にしかならない。
 女の拳を受け止めた腕がびりりと震える。影が如く、夢まぼろしの用に翻弄することも叶わない――強い。
 ウィズィは確かにそう感じた。風雅にして苛烈。特別な魔術など必要は無いと実用域にまで高めたその攻撃は只の少女が得た唯一無二の自身の力。
 地を踏み締めたウィズィと擦れ違うように旗が揺れた。高めた戦闘技術は重戦車と呼ぶに相応しい。粘り続けることに特化したイーリンの血色の瞳に力が籠められる。その魔的な気配がライラの体を僅かに蝕んだ。
 然し、その足を縺れさせることも無くライラが身をぐるりと反転させる。ウィズィへとぶつかった拳の重さに僅か、その足が血を擦った。
「イーリンが『ブロックなんかできない』って言うわけだよね」
 小さく呟く。痛みに痺れた腕とは逆に持ち替えたハーロヴィットを握りしめる。筋肉が悲鳴を上げようとも関係は無い。その足に力を込めて飛び込む攻撃にライラがひらりと避ける。
 波濤魔術(偽)――寝物語で聞いた技法を、長らく側に居たその魔術を生かすようにイーリンは自身の鼓動が起こす波を聞く。
「ライラ、甘く見ていると痛い目を見るわよ」
「ふふ、ダンスは何時だって真剣に。そうでしょう、イーリン?」
 声が降る。そして、攻撃。しかし、それを受け止めたイーリンは膝をつくわけには行かぬと魔術を練り上げ回復魔法に転換し続ける。流れる紫苑の髪を揺らして、紅色の眸が光の尾を引いた。
 その体全てを駆使した高い。ライラの実力は計り知れない。『アンダードッグ』はドレスに困る素振りも見せずにその身を使い戦い続ける。
 一方は粘り、耐える戦法を。そして、もう一方は逆境こそを力に変えて。底力、突き進む、迷わない――だからこそ、ウィズィは叫んだ。
「イーリン!」と。自身と共に戦場を翔る少女へと降り注いだ攻撃を受け止める。
「ええ、分かったわ。ウィズィ」
 そこに言葉など必要は無かった。ライラの拳を受け止めた.たった、一度。追い詰められた少女の底力を発揮するようにがしりと受け止める。その背後――魔力蓄積体質を生かした流星の燃料に、導火線に火が付いた。
 髪に、眸に、指先に、全ての魔力が一点に集まり続ける。
 もう、二人とも限界だった。これ以上の継戦とてもじゃないが耐えられない。足が震え、腕が痺れ、体が言うことを聞かなくなる前に。
 最大の出力を――自分たちの出来る今一番を、ぶつけてやると魔力がうねりを上げた。
「残念ね、ライラ。そのドレス少し汚れてしまいそうよ」
 髪は紫苑へ、精気は幽世へ。まるで死を象徴するが如く。しかし、眸は輝き称えて生を感じさせた。
 魔力塊を剣とする。握りしめた切っ先が――宙を穿つ。
 溢れる燐光が追い縋る。それを追い求めたのはウィズィとて同じ。
 イーリンの奥の手、最大出力。しかし、それで『終わりじゃ無い』
 何故、この二人だから。言葉なんて無くても相手の行動は最早手に取るように分かっていた.目を伏せていたって、理解出来ない事は無い!
 有り得るはずだった自分を纏う。可能性が降りてくる――ライラを圧倒する自分をイメージして。

「はぁ――っ!」

 砂煙が立つ。確かに、今、自身の獲物は何かへ触れた。
 肩で息をし、ウィズィが真っ直ぐにその向こう側を捉える。気付けばラ・ピュセルは魔書の姿へと戻っていて、イーリンは「ライラ」とその名を静かに呼んだ。
「……どうかしら?」
 確かめるイーリンの声に、ライラはふと足下を見下ろした。美しい絹のドレスに僅かに着いた泥。肩で息をし膝をつかん勢いのウィズィとは対照的にまだまだ戦う事は出来る素振りを見せたライラはぱちりと掌を打ち合わせた。
 よく見れば、真白のドレスには僅かな泥が跳ねている。舞空、一度駆ければ泥も付かぬ鉄壁なる乙女は「まあ」と大きく瞬いた。汚れぬ故の一張羅。それでも、それが汚れるほどの実力をその目で見れたことを喜ぶようにライラは笑みを零す。
「お見事ですわ。よくぞ私のドレスに泥を付けました。
 ええ、勿論、此の儘続けても良かったのですが、ドレスを作るならばこれでいい。これで、貴女へ素敵なドレスをプレゼントできそうですわ」

 ―――――
 ―――
 汚れてしまったでしょうから、休憩をなさっていてと空室を明け渡されて束の間の休息を得ていた二人のところへと笑みを浮かべたライラが「出来ましたわ」と微笑んだ。
「出来――えっ!?」
 ぎょっとしたような顔をしたウィズィに「どんな速度よ相変わらず……仕立て屋死ぬんじゃないのかしら」とイーリンが肩を竦める。並々ならぬこだわりのあるライラに振り回されることにもはや仕立て屋も慣れてきただろうか。
 それにしても早すぎる。アフタヌーンティーと戦闘を終え、シャワーとディナーをと準備された後、ソファーで談笑を行っていた二人が時計を見ても半日も経っていないはずなのだ。
「仮縫いまで4時間。ふふ、最速記録を更新してしまいましたわ」
 うっとりと笑う彼女が用意したのは一着のドレスと数個のデザイン画であった。完成品である一着はウィズィに是非着用して欲しいとライラが準備したものであるそうだ。
 その他のデザイン画は気に入るものが有れば仕立てようと提案し、着用するウィズィを思い浮かべたようにうっとりと笑みを浮かべる。
「ドレス、着用なさいます?」
「え、ええと……」
「ええ、お願いするわ」
 試着も必要でしょうから、とイーリンが告げれば良くおわかりでと言わんばかりにライラがくるりと振り向いて一つ手を叩く。
「折角ならば化粧も全て行いましょう。イーリン、彼女をお借り致しますわ」
「ええ。とびきりのレディーにして頂戴」
 こちらへ、とメイドによって引き摺られていくウィズィの鮮やかな陽の色の金の髪は短く切りそろえられているが毛先を編み込み、花のティアラを飾りとアレンジが行われていく。
 その引き締まった体であれば個性的なデザインも着こなせるとライラは言った。背も高く筋肉質ではあるが、それ故にスタイリッシュにドレスを着こなせる素質がある。華やかなリバーレースをあしらいチュールを積み上げて作り上げられたドレスのカラーは淡い紫苑。胸元には細かな刺繍が施されており、可愛らしさよりも美しい大人の女性を想わせるデザインだ。
「私、愛おしい人の色に染まるのも良いと思いますのよ。勿論、気に入らなければ貴女の瞳に合わせたシンプルな青いドレス案もありますし、リクエストはまた後ほど織り込んでも良いのですから。
 舞踏会の一張羅と仰っていましたけれど、恋人との二人だけの舞踏会のためのドレスならば何着あってもよくってよ?」
 うっとりと微笑むライラの手元には童話のヒロインの如き黄色のドレスのデザイン画が存在している。ティアラには鮮やかなサファイアが嵌められる。此方は花の意匠も私用されているが揃いの刺繍が施されている。このデザイン画が今、ウィズィが着用するドレスと対になるものであることは一目で明らかだった。
「それは?」
「貴女の色に合わせたイーリンのドレス案ですわ」
 先程の闘いで昂ぶって数個もデザイン画を準備してしまいましたの、とうっとりと微笑んだライラは魔法を掛けましょうとウィズィの唇にルージュを引いた。
 いらっしゃい、と手を引いてエスコートをする彼女に緊張が僅かに高まった。この姿を見て――彼女はなんと言うだろうか。
「ウィズィ?」
「ええ、イーリン。お連れ致しましたわ」
 微笑んだライラの声にイーリンは顔を上げ、「わあ」と小さく声を漏らした。
「イ、イーリン……」
「……あ、うん。ふふ、うん。素敵」
 笑みを抑えきれないと、口元に手をやって。何時もはエスコートを行う側の愛おしい人が愛らしい令嬢のようにめかし込んでいる。
「私の色なのね? 似合うわ」
「似合う? えへへ……もっと見て、もっと見てよ、イーリン」
 綺麗よ、と頬にそうっとその白い掌が寄せられる。ティアラの赤い宝石は彼女のその眸を表しているとライラはうっとりと微笑んだ。
 今は、戦乙女であることも忘れて、その美しさに酔い痴れて。
 プリンセスは少し気恥ずかしそうに「また今度、踊っていただけますか?」とその海のような青い瞳を細めて微笑んだ。

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