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さよならを告げる剣

登場人物一覧

ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣



 幻想レガド・イルシオンで打たれた別れを繰り返す剣がある。彼の銘は別れるものと言う意味が込められた『特異運命座標』ヴェルグリーズ(p3p008566)。

 これは彼が精霊種として顕現する前の……過去にあった物語である。





 その時のヴェルグリーズは鉄帝ゼシュテル国で美術品として飾られていた。幻想と鉄帝は本来戦争を繰り返していた国だ。幻想のものを鉄帝が、鉄帝のものを幻想が、と言う話は歴史に刻まれていないにしても程々にあった事で。
 ヴェルグリーズは今回の戦争にて鉄帝人が手にかけた幻想人から奪い取った……所謂戦績品のようなものだった。
「この剣を見ていると……今回の俺の活躍を思い出せる。あの幻想人の恐怖に怯える顔と言ったら……!」
 鉄帝人の男は高らかと笑う。その様子を見て、ヴェルグリーズは複雑そうな思いを静かに抱いた。
(前の主をそんな風に言われると……やっぱりいい気分ではないね)
 前の主とは数十年程共に戦ってきたようだった。主が幼い頃に父親から託された剣……それがヴェルグリーズだったのだ。
(前の主はとても優しかったけど……今回の主は……どうだろうか……)
 彼の雰囲気的に乱暴に使われないか……ヴェルグリーズは少しばかり震えてしまう。
 鉄帝人の事を前の主の周りにいた幻想人は皆『力こそパワーの象徴』『脳筋の集まり』だと揶揄していたけれど。
 ヴェルグリーズもまさかその鉄帝に自分が渡る事になるとは思ってもみなかった。
(今は飾られているけど……戦闘時使われる事になったら怖いな……)
 乱暴に扱われる事は誰だって苦手だ……もっと言えば嫌いだろう。それに生ける者だろうと物だろうと差異などない。
 特に様々な主と別れを経験しているヴェルグリーズは、様々な主とも巡り会っているわけで。
(子供の元に渡った時は石壁に叩きつけられるように扱われて、折れるのではないかと心底不安になったものだ)
 他にも物を大事にしない主や、ガラクタだとゴミ出しの日に放り出される珍事もあった。ゴミ出しの日の時は、確か出される寸前のところでその時の主が迎えに来てくれたんだったか。
 思えば様々な主を見てきたとしみじみする。
(俺はただ……乱暴に扱われなければ……いや、何にしても今の主には従うんだけど)
 自分から今の主から離れる事など出来ない。出来ていたらもうとっくの昔に実行していただろう。
 けれど自分はで。ただジッと耐える事しか出来なかったのだ。






 あれから少しだけ月が過ぎた。
 驚く事にこの鉄帝人の男は乱暴に扱うどころか、ヴェルグリーズを戦に出さず手入れまで施して美術品として眺めるばかりだった。
(……几帳面な人だ)
 男の考えはまるで見えなかった。ただ印象的なのは、いつも鼻歌を混じえながら楽しそうに自分を手入れてくれる姿だ。
(どうしてこうも楽しそうなのだろう……)
 これまで見てきた主は自分を手にして、その性能に嬉々とする姿は見てきたが、手入れをする時は真剣な表情か……面倒くさそうな表情か……或いは手入れの仕方などわからないと放り出す者もいた。
 そんな作業をだ、この厳つい鉄帝人の男は楽しげにしているのだ。
(だがこうして気分良く手入れて貰うのは存外悪くないな……)
 人であろうと物であろうと、陽気に世話をしてくれる主を無下になど思えまい。ヴェルグリーズは満更でもなさそうに今日もその身を丁寧に手入れて貰っていた。

「ザハール!」
「ん?」
 この部屋にあまり人が近づかない為か、最近になってどうやらこの鉄帝人の名前はザハールと言う事が判明した。
「なんだ、俺はこの……ヴェルグリーズを手入れてる最中だが」
「相も変わらずマニアですねぇ……じゃなくて! ザハール、先の戦いの功績で勲章を頂ける事になりましたよ!」
「そ、それは本当か?!」
 ザハールは驚きつつもヴェルグリーズを手に持ちながら立ち上がる。
「本当だとも! 式典は明日だ、ちゃんと軍服を着てくるのですよ!」
「おうとも! こりゃあ先陣だった甲斐があったってもんだ!」
 喜びに染る彼の表情を見て、ヴェルグリーズもやんわり温かい気持ちになる。
(敵が前の主だったのは複雑だけど……でも高い功績を培ったのは彼の仕事ぶりなんだろう)
 厳ついのに丁寧な仕事もしてくれる。彼はきっと根っからの努力家なのだろうと伺えた。
 そして、その努力が稔る瞬間に立ち会えた事を、ヴェルグリーズは誇らしくも思えた。
 数ヶ月前までは敵だったはずなのに、こんなにも印象が変わるのかと……ヴェルグリーズはしみじみ思う。
(俺は……この部屋に置いてきぼり、なんだろうな……)
 ふと、主の式典での姿を見てみたいと思ったが……この数ヶ月に渡り、彼はヴェルグリーズ自身を持って出かけるという事をしなかった。
 大切にされているのだと思う。だがそれは剣として思うのならば、少しばかり……ほんの少しばかり寂しかったのだ。
(いつか主と出歩けるだろうか)
 主と見る世界をもっと見てみたいと……そんな思いを密かに抱きながら、ヴェルグリーズは嬉々とする主が部屋を出るのを見届けた。





 ──バンッ
 それはある日突然だった。
「ヴェルグリーズ! ああ、あった……お前を見たいと言う者がいるのだ!」
(え、俺を……?)
 何の前触れもなくこの部屋の扉を乱暴に開けたザハールが開口一番にそんな事を言った。
(今の主になってから持ち歩かれた事などないのに……何故……?)
 不思議な気持ちでいるヴェルグリーズとは裏腹に、その主であるザハールはいつにも増して興奮気味に嬉々としている。
「まさか式典に出てた姿に惚れられるとは……俺も案外捨てたものでは無いのだなぁ! ハッハッハッハッ!!」
(……ああ、女性なのか)
 人と言うものは誰にだって色めき出せる事がある。彼はきっと今がその時なのだろうとヴェルグリーズは温かく見守る。
「線の細い男ばかりが注目されるのでは無いのだなぁ! 俺のような……筋肉しか自慢がない男でも見てくれる者はいる! その者は実に良き目を持っていると思わないか?!」
 ザハールは余程嬉しかったのか、ヴェルグリーズを手入れる動作に力が入ってるようだった。
(この喜びよう……あんまりそういう人に会った事なかったのだろうか……?)
 ヴェルグリーズは彼を心配そうに見る。ザハールと言う鉄帝軍人は、これまで撃破数や突破数と結果ばかり気にしてきた軍人だった。女性に見向きもしなかったし、そも、その肉ダルマのような姿から遠ざけられていたのもあり、これまで半分諦めてきていたのだ。
 それが、だ。自分に興味があると、自分に惹かれてる等と言われてしまえば……この肉ダルマに潜む心も浮かれてしまうと言うもの。

 ──それはザハールにとってなのだ。

「ああ……このまま愛に惹かれ合ったり等と有り得るだろうか!? 否、否!! 俺がそのように浮かれては部下に示しが……否しかし……うむ……っ!」
(これはわかりやすい人だな……)
 散々嬉々としてきたのにこれで恋に落ちてないような事を言い出す。人の中にはたまにそんな弄れた事を言う者がたまに居たなとヴェルグリーズの心は穏やかだった。
(何にしても今の主はばかり磨いてる人だと思ってたから、春が来るのはいい事だと思う……剣の俺だけでも祝福してやらないと)
 そうしてヴェルグリーズは、主の幸せを穏やかな気持ちで祈る事が出来た。





 時間はあっという間に過ぎ去り
 今日はザハールが女性と初めて出かける約束をした日になる。
「当日になってやっぱり無理だと言われないだろうか……」
 腰元にヴェルグリーズを備えるザハールはボソリとそんな弱音を吐く。
(……言ったのは相手なんだろうし、男らしく待っていればいいのに)
 まぁでも不安な気持ちは分かるとヴェルグリーズは頷くように。数ヶ月間だったが、確かにこの話を聞くまで主には色めいた話がなかった。
 なれば今日という日はきっと特別な日になるに違いないのだ。ザハールが緊張で手を震わすのもわからないことは無い。汗で濡れた手を懸命に手拭いで拭き取る姿はわからないでも無い。
(……まぁアドバイス出来ない分、主のこの約束が無事果たされる事を祈ろう)
 自分は口も出せない物だから、せめて見守ろうとヴェルグリーズは何度となく思うのだ。
「ザハール様!」
「ああ、アリス殿!」
 突如女性の声が聞こえた。アリスとはまた可愛らしい名前だ、さぞかし良い子なのだろう。ヴェルグリーズはザハールの名が聞こえた方へ意識を向けた。
「約束の剣、持ってきて下さったのですね! 嬉しいです!」
「そりゃあそなたとの約束だ、ちゃんと持ってきたぞ! 手入れもしてある!」
「とっても嬉しいですわ!



我が婚約者の形見の剣でしたから──」
「ぐがっ?!」
 ヴェルグリーズはその女性を見た瞬間この目を疑っていた。だがそれとは無情にヴェルグリーズの刃はザハールの胸を突き刺していた。
「イイ声……ふふふ、ヴェルグリーズ、ごめんなさいね……あなたをこんな汚い血で汚してしまって」
(…………アリス、ティア……様……)
 アリスと言う名は偽名……と言うよりも愛称として呼んでいた名前だ。
 
「ああ、ああっ! やっとこの手に戻ってきました……ヴェルグリーズ……探したのですよ……」
 ザハールを刺した返り血で血まみれになる彼女は微笑みながらヴェルグリーズを抱きしめた。
「ジェイド様……ああ、ジェイド様!! 私、ヴェルグリーズを取り戻しましたわ!! どうか、どうか褒めて下さいまし!! ジェイド様……っ、ジェイド様……」
 アリスティアはその場に崩れ落ち、ヴェルグリーズはその狂気的な様子が信じられなかった。
(アリスティア様は……ここまでする方ではなかった)
 何がそこまで? ヴェルグリーズは項垂れた。



 ああ、またさよならだ。

  • さよならを告げる剣完了
  • NM名月熾
  • 種別SS
  • 納品日2020年10月07日
  • ・ヴェルグリーズ(p3p008566

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