PandoraPartyProject

SS詳細

コータとユータ

登場人物一覧

清水 洸汰(p3p000845)
理想のにーちゃん
清水 洸汰の関係者
→ イラスト

 積み上がった書籍。泡を立てるフラスコ。
 常人には名前すらわからないであろう複雑な機械類。
 天井は白く、僅かに見え隠れする壁も、キャスターチェアを引きずったあとの目立つ床も白。
 部屋のなかで唯一目立って動くプロペラ式の空気循環器だけが涼しげな音をたてて回転している。
 そんな部屋の中。壁際に押しつけたスチールデスクにかじりつくように、一人の少年はほんのページをめくっていた。
 イライラした様子でインク瓶にペン先を入れると、こつんと乾いた音をたてる。
 見ればインクはとうにきれていた。
「全く……」
 重いため息と共に、白衣の少年……清水湧汰は椅子にもたれかかった。
 眉間の皺がよりいっそう深くなり、頭痛でもするのかこめかみに指をあてて強く押している。

 彼がこの世界にやってきて一体どれだけの時間がたったことだろうか。
 突然知らない世界に召喚され、流れるように奇人だらけの練達へと招かれ、小さな研究室を割り当てられたまではよかったのかもしれない。
 勉強は得意だ。いや、勉強だけが存在意義だ。
 勉強をしていい高校を出て、いい大学を出て、いい会社に就職する。それが『兄の代わり』に将来を期待された自分のルートだと、固く信じていたからだ。
 それはきっとこの世界でも通用する。勉強したことは、勉強の仕方はきっと役に立つ。そう考えた。
 実施役に立ったし、期待もされた。しかし……。

 目の前に並ぶ実験リストには全て『失敗』の文字が書かれていた。
 今も新しい失敗の字を書こうとペンをとったところである。
「……」
 インクを買いに出るしかないだろうか。同じ研究棟の人間にインクを借りに行くのは、気が重かった。
 何気なく、窓の外を見る。
 ブラインドに半分ほど隠された窓の外には、異常に発展した練達の都市風景が広がっている。中でも目に付いたのは人工的に作られた『不自然公園』だった。
 均一化された人工樹木と、均一化された芝生。
 人類もみんなこうであればいいのにという皮肉の籠もった公園である。
 そんな中を、青い帽子の青年が走っていた。
「いくぞーパカお! とってこーい!」
 色の付いたボールを思い切り投げて、パカダクラにとらせる遊びをしているようだ。
 うまい具合にキャッチしたパカダクラが、まるで成果を自慢するかのようにターンして走ってくれば、青年はわざと走って逃げて見せた。
 パカダクラは表情があれば笑っているだろうというくらいに楽しそうで、青年は声をあげて笑っていた。
 その光景が、なんだか、なんだか……。
「下らない」
 湧汰はブラインドを操作して窓の光を遮断すると、インクを買うべく研究室を出て行った。

「うわー!?」
 パカダクラ。もといパカおに押し倒されて、清水 洸汰(p3p000845)は心から楽しそうに笑った。
「足が速くなったなー! えらいぞパカおー!」
 顔をぺろぺろ舐めてくるパカおの頭をわしわしとなで回し洸汰は笑う。
 思えば、この世界に召喚されてから随分な時が経ったような気がする。間にあった出来事を思えば一瞬のようでもあったし、永遠のようでもあった。
 野球少年がそのまま大人になったような彼は、まるで寄り道でもするように人々の問題に寄り添い、笑い、戦い、出会い、別れていった。
 出会った友人は数知れない。パカおもその一人だし、エマやナラやメカパカおやぴょんぴょんたろーや……沢山の仲間たちに囲まれて、この世界でも楽しくやっていた。
「ぷはー」
 芝生に大の字に寝転んで、寄り添うパカおの頭を小脇に抱えてみる。
 もふもふした頭を撫でながら、少し昔のことを考えた。
「湧汰、あっちでは今なにしてんのかなー」
 かつての世界。日本に置いてきた家族。双子の弟、湧汰。
 草野球の試合に家族に連れられ不本意そうに立っていた観客席の彼を、思い出す。
 まるで道にはえる草や遠い雲でも見るようにこちらを一瞥して、すぐに本を開いてしまった彼を、ふと思い出した。
「なー、パカおー。お前にも兄弟とかいるかー?」
「ダラァ?」
 首を傾げるパカお。
 なんでもない、といって立ち上がった洸汰に、数人の子供たちが駆け寄ってきた。
「おいコータ! 来てるんなら言えよな」
「野球やろうぜ。『日本』ルールでいいからさ」
「ブヒー! ブヒヒブヒー!」
 キャッチャーミットを一個だけ装着した八本腕のタコ人間や、木製バットを担いだ全身金属の少年や、Gの字が入った帽子を被った豚(豚!)が話しかけてくる。
「お! いいぞー! 誰がピッチャーやるんだー?」
 はねるように起き上がり、肩をぐるぐると回してみせる洸汰。
 ウォーカー仲間の子供たちは洸汰と連れだって隣の草野球場へと歩いて行く。
 そんな中で洸汰は、ふと遠い建物へ振り返った。
 真っ白な塔のような、冷たい印象の建物だ。
 そうしてふと、なぜだろうか、弟が観客席から一度だけこちらを見たあの日のことを、思い出した。
「なにしてんだコータ! お前がピッチャーやるんだぞ!」
「ブヒー!」
「おう、わかった、今行くぞー!」
 それも一瞬のこと。洸汰は再び、子供たちの輪の中へと入っていった。




PAGETOPPAGEBOTTOM